奴隷市場と不良品
ここにいるヒトは大きくふたつに分類することができる。
ひとつは購入者。
そしてもうひとつは商品。
そう、ここは奴隷市場。
ヒトがヒトを買い求める場所ーー。
今日も今日とて奴隷市場は盛況だ。毎日足繁く通うヒトも入れば、たまにしか来ないヒトもいるが、今日賑わっているのは月初めだからだろう。
月初めに一月分の商品をまとめ買いするヒトが大多数を占める。だから我々販売者もそれなりの準備をしなければならない。商品もたくさん入荷した。
たくさんの商品があれば自ずと不良品も出てくる。今日も例に漏れず、不良品が発見されてしまった。
ここにおける不良品とは、すなわち売られることに対して異常な抵抗を見せる商品のことだ。
市場に並ぶまでに多くの選別がなされ、大抵の商品は無抵抗で、従順なものだ。しかし時として選別不足、鑑定不足でこのような不良品が売り出されることになる。
「いやだ!俺はあんたのためになんか生きたくない!」
「俺は今の俺のために生きるんだ!」
そんな叫び声が聞こえる。一種の断末魔のようでさえある。
もはやヒトではない、獣のように叫ぶ続けるその姿は、哀れを通り越して、感心を覚えるほどだ。
よくやるなあ、という感じ。
だが私もやるべきことがある。
不良品はただちに処理されなければならない。
もし万が一お客様に迷惑をかけるようなことがあってはならないからだ。今も、これからも。永遠に機能しないように処理する。
不良品が叫び、私がその不良品を処理する様子を、周りの人は見向きもせず物色を続ける。
徹底的で、見事なまでの無関心。
それは彼らが、無関心でいることが最も賢い対処だと知っているからだ。怒りもせず、おもしろがりもせず。まるで汚いゴミが落ちているだけのように振舞う。
いや、実際彼らにとってはゴミでしかないのかもしれない。
価値を失ったもの。役に立たなくなった不要なもの。
まさしく、そんな存在だ。
だが私はこのようなゴミが嫌いじゃなかった。
彼らに抵抗したら、処理されることがわからないほど馬鹿ではないだろう。それでも選別をかい潜り、彼らに抵抗しようとしたことだけは評価できる。
まったくもって賢くはない。
だが、そこに輝きがある。美しさがある。
そのように思うのも、おそらく私だけなのだろう。その証拠に、彼らは買い物をやめない。やめる素振りすら見せない。
ゴミが目に入ることを恐れるかのように、ゴミを認識することを恐れるかのように。
商品を買い求める。
そしてまた、商品たちもゴミを見ようとはしない。
ゴミになりたくはないから。
異物になりたくはないから。
独りになりたくはないから。
リスクを負いたくはないから。
無難な道を外れたくはないから。
今日も奴隷市場は平和だ。
気味が悪いくらいに、平和だーー。
ここにいるヒトは大きくふたつに分類することができる。
ひとつは、購入者。
もうひとつは、商品。
そう、ここは奴隷市場。
ヒトがヒトを買い求める場ーーーー。




