4月1日Ⅰ
ああ…。
とうとう、四月一日なんだな。
これで二ヶ月間、こんな場所で働かなくて済む。
「おい、争火カノン!!
何をボサっとしている!!
働け、働け、働け、働け!!
それがお前の存在する意味だ、何度言わせる!!」
「はい。」
私は短く返事をして箒で床を掃いていく。
「何だその態度は!!
まるでアキホのようで、俺は不愉快なんだよ!!
何か言われれば、はい、はい、だ。」
「すみません。」
「お前っ!!」
「カイト、いい加減にしろ。
カノンにあたるな。」
相変わらずだ。
ここにいるとカイトに八つ当たりをされてばかり。
カイトの元カノのアキホに私が似ているから、腹が立つんだと。
笑えるな、ほんと。
それに比べて、アシヤは良い奴だ。
私はアシヤのことが好きだ。
私より四つも違うが、年齢なんて関係ない。
アシヤはいつも私を助けてくれる。
こんな使えない私に優しく手を差し伸べてくれる、唯一の人間だ。
「チッ。」
そうこう考えながら箒を動かしていると、カイトがすれ違いざまに舌打ちをしてきた。
「ばーか。」
誰にも聞こえないくらい小さい声でカイトを罵った。
そんなことで私の心は折れないんだよ。
………。
そろそろ、十二時じゃないかな?
これで、この薄汚い場所とはしばらくおさらばだ。
この『サテラの試し』を教えてくれたのもアシヤだった。
まったく、良い奴はほんとどこまでも良い奴だなーって思う。
あれ、日本語おかしい?
まあいいや。
「カノン、そろそろ十二時じゃない?
十二時に迎えがくるんだよね?」
「はい、そうですね。」
「今十一時五十五分だから、そろそろ店の前に出といた方がいいかもね。
しばらく会えないのは寂しいけど、カノン、頑張ってね。」
優しい。
「はい。
頑張ってこんな場所、おさらばします。
そして、お金で人生をエンジョイします。」
「うん。
じゃあ、また。」
「はい。」
私は箒をその辺のカビだらけの机に立てかけて、店の前に出た。
やっぱり、この店はカビ臭い。
臭いが半端じゃない。
自分のボロいワンピースみたいなのを匂ってみる。
臭い。
当たり前か。
こんな場所で毎日働いてれば、店の臭いもうつる。
早く、普通の生活を普通の町の普通の家で送りたい。
普通に服着て、普通にご飯食べて、普通に寝たい。
「ん?」
ざく、じゃ、じゃり、ざく、ざく。
この辺りの道特有のガラスの破片や割れた陶器を踏む足音が聞こえた。
人が通るなんて、珍しい。
「争火カノン。
例のブツです。」