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少女との出会い2

 紅の節に入ったとはいえ、森の都シェーンブルクは未だ緑に囲まれている。澄んだ空気と木々の緑は心を落ち着かせる。どことなく故郷に似通った雰囲気も、心を落ち着かせる要因のひとつかもしれない。

 とはいえ、一国の首都であるシェーンブルクとアークの辺境都市クレムスとでは、町の規模が違う。建物の数も大きさも、クレムスを遥かに上回る。確かに、ここもクレムスに似てはいるが、北に位置するアウクスベルクという町の方が共通点は多いだろう。

 森の都は段丘により上段街と下段街に分かれている。町の中心には滝を囲う広場がある。それがシェーンブルクの特徴だ。


 リサとウィルは街道から上段街へと入った。そして、あまり帰ることのない家へと入ると、案の定ソフィアの説教が二人を待ち構えていた。


「もう、どうして二人とも連絡してくれないかなー。何回も言ってるよね? たまには連絡ちょうだいって」

「気をつけるよ」

「それは何回も聞いたよ」


 む。妹の言葉に返す言葉が見つからない。

 リサはリビングのソファーに座して口を噤んだ。反論が浮かばないと同時に、ここは何も言わないことが正解だと理解しているのだ。


「まぁ、ソフィア。そんなに怒んなって」

「ウィルにも言ってるんだからね」


 ソファーの背もたれに浅く座したウィルが顔を引き攣らせる。彼も口ではソフィアに勝てない。誤魔化す言葉を探して明後日の方向へと目をやるが、どうやら見つからないようだ。人差し指で頬を掻いている。

 リサは短く息を吐き出した。こうなっては話をかえる他ない。


「ソフィア」


 振り返りもせずに背後の妹を呼ぶ。すると、ソフィアはすっかり機嫌を直したように可憐な声を発した。


「なぁに、お姉ちゃん?」

「今日は、休みなのか?」


 アークを出てから、ソフィアはシェーンバルト共和国の国立学校教授の助手を務めるようになった。昼間のこの時間なら、家にいるはずがない。


「冒険者さんには関係ないかもしれないけど、今日は一般的にはお休みの日なの。明日も休みだよ」

「そうだっけ……?」


 ソフィアの言う通り、冒険者には関係のないことだ。冒険者に休日はない。裏を返せば、毎日が休日でもある。故に、リサとウィルは忘れていたのだ。


「そうなの。だから、ゆっくりしていってね」

「んじゃ、遠慮なく」


 ウィルがにやりと笑って見せる。その笑みを見た瞬間、リサは肩をすくめた。言葉通り、この男は無遠慮にも、今夜ここに泊まっていくつもりなのだと悟る。食事の用意が面倒なのかどうかは判らないが、自身の家に帰る方が珍しい。迷惑この上ないが、何を言っても無駄だ。


「ソフィア、あまりこいつを甘やかすな」

「いいじゃない。もう家族みたいなものなんだから」

「――だとさ」


 何故か勝ち誇ったように笑うウィルを鼻であしらう。

 確かに、ウィルの存在はディオン姉妹にとって家族のような存在になっていた。否、リサにしてみれば家族以上の存在なのかもしれない。それほどまでに、ウィルとの腐れ縁は強固なものになっていた。


「……そうだな」


 家族以上の存在だからといって、それを言葉や態度には表さない。互いに腐れ縁と割り切っている以上、そのような面映ゆいことはしない性分なのだ。


「どうせなら、ジュードも呼べばいいんだ」


 ウィルの提案にソフィアが笑みを溢す。


「そうだね。ジュードも二人のこと心配してたから」

「ジュードさんは元気にしているのか?」


 リサの問いに、ウィルがこれ見よがしに長い溜息をついた。


「義理の弟になるんだぞ。好い加減、呼び捨てにしろよ」

「そうだよ。お姉ちゃんがそれじゃあ、ジュードだっていつまでも気を使うでしょ?」


 ソフィアは冗談めかして言うが、その言葉は本心だろう。リサも自覚しているのだが、しかし一歩踏み込めない。

 結婚は認めている。ジュードならば、ソフィアを幸せにしてくれるだろうと信じている。ただ、一歩踏み込めないでいるのは何年も前からだ。元上官という柵もある。


「……気をつけるよ」

「またそれ?」


 揶揄の笑みを浮かべるソフィアにリサは肩をすくめた。やはり口では勝てないのだ。


「そんで、ジュードのこと呼ぶのか?」


 ウィルが返答に窮するリサに助け船を寄越した。思わず心の中で、たまには気が利くなと呟いてしまう。


「うん。一応言ってみるけど、最近忙しそうだからね。多分、今日も仕事」

「エリオットの奴に扱き使われてんのか?」

「エリオットさんには頭が上がらないから」


 アークから出た彼女たちの世話役を買って出てくれたのは、エリオット・セジウィックという男だった。家や仕事を用意してくれたのも彼だ。だからこそ、定職にありつけたソフィアとジュードは頭が上がらない。

 一方、リサとウィルが冒険者となれたのもエリオットの計らいがあってこそなのだが、二人は頭を下げることをしなかったので上げる頭もなかった。


「あいつ人相はいいけど、性根が悪いからな」

「ジュードさんの苦労が目に浮かぶ」


 現在、ジュードはエリオットのもとで働いている。頭が上がらない人間の下で働いているのだから、おそらくは毎日のように雑務を押し付けられていることだろう。


「仕事は大変だけど、エリオットさんは差別意識を持っていないから助かるって笑ってたよ」


 差別という単語を耳にし、リサは眉を曇らせた。


 世界には、カンヘルとアスクルの二種の人種が存在する。二種に大きな外見的差異はないが、カンヘルは総じて翠玉の瞳を持っている。ここにいる三人も、翠玉の瞳を持つ者――純血のカンヘルだ。

 大きな外見的差異はない。それにもかかわらず、何故差別という単語が出てくるのか。

 答えは実に簡単だ。外見に差がなくとも他に差がある。カンヘルは竜を祖とし、生身ひとつで魔法が使える。一方のアスクルは、魔導石がなければ魔法を使用することは出来ないのだ。


「ジュードさんはアスクルの血を引いていても、魔法が使えないわけじゃない」

「うん。けれど、外界こっちの歴史とアークの歴史は違うから」


 魔導石がある以上、カンヘルとアスクルに差はないという者もいる。しかし、七百年前の戦争と、七百年間の歴史が偏見を生み出してしまった。

 七百年前、カンヘルとアスクルが衝突した。人類が繁栄を謳歌していた時代に勃発した大戦だ。大量の破壊兵器は人類ばかりでなく星さえも深く傷つけ、やがて先に攻撃を仕掛けたアスクルが滅亡の危機に瀕した。


 アスクルを滅亡の運命から救ったのは、三の守護者の一体――アストルムからアスクルの守護を依頼された竜の御霊ザインだった。

 彼の者は自らの魂と引き換えに、結界で覆われたアークをつくりだした。暴走する兵器や大気を穢す瘴気が唯一一掃された地だ。数を減らしたアスクルはアークに集められ、そこを安住の地とした。

 だが、アークに集められたのはアスクルだけではなかった。再びアスクルが過ちを犯さぬよう、一部のカンヘルが監視者として送り込まれたのだ。アークはアスクルに与えられた安住に地であると共に、彼らを閉じ込めておくための監獄でもあった。


 そして、一年と七ヶ月前の騒動後に、アークは解放された。


 カンヘルの中にはアスクルを七百年前の戦犯だと考える者や、滅ぶべきだったと考える者が少なからず存在する。長い歳月の中、アークという監獄に閉じ込められていたアスクルは外界のカンヘルに反論の余地も、和解の機会も与えられずにいた。カンヘルがアスクルに対し偏見を持つには充分すぎただろう。


 ジュードは純血のカンヘルではない。アスクルの血を受け継いでいる。魔法は使えるが、外界において差別を受けてもおかしくはなかった。


「ジュードは相変わらず人がいいよな。そんなこと言ってたら、エリオットの思う壺だ」

「機会があったら、注意しておく」

「一発くらい殴ってやればいいんだ。おまえの拳は効くぞ」

「そんなことしたら駄目だからね」

「やるわけないだろ」


 まったく、ソフィアもウィルも人を何だと思っているのか。


 玄関の呼び鈴が鳴らされたのは、呆れて溜息を漏らした時だった。


「誰だ?」


 この家に来客が訪れるのは珍しい。ジュードが仕事だというのならなおさらだ。


「ちょっと出てくるね」


 リビングから出て行くソフィアの背を見送り、リサは短く息を吐き出した。その気配を感じ取ったのか、ウィルが穏やかな声を発した。


「ソフィア、元気そうでよかったな。外界でもそれなりにやってるみたいだ」

「ああ……」


 ソフィアはレヴェリスの器とされた過去を持つ。彼女はその際に、アークの首脳陣を殺害しているのだ。


 守護者は現界する際にカンヘルを器とする。器とされた者は身体の自由を奪われ、そして死ぬ。

 ソフィアは一度死を経験した。殺したのは、他の誰でもない。リサとウィルだ。

 彼女がもう一度生を受けたのは奇跡だった。カンヘルの守護者リオンと偶然が起こした奇跡。

 しかし、いつまでもその奇跡に酔っていることは出来ない。ソフィアは軍人でもないのに人を殺してしまった。レヴェリスの器とされて身体の自由は奪われても、その間の記憶は残っていた。リサたちは、それが心の傷になることを心配していたのだ。


「やっぱ、おまえの妹だけあって逞しい」

「どうしてか、おまえが言うと褒め言葉には聞こえない」

「褒めてないからな。おまえに関しては」


 腹が立ったので傍にある大きな背を手の甲で軽く殴ってやる。


「いてぇな」

「嘘つけ」


 くだらない会話を続けていると再び扉が開き、ソフィアが姿を現した。リビングへと入ってきたのは彼女だけではない。招き入れられた人物は、リサとウィルもよく見知った顔だった。


「久しぶりだな、二人とも」


 薄茶色の髪にダークエメラルドの瞳を持つ青年。この人こそが先程話題にあがっていたジュード・ルーカスだ。


「おぅ。久しぶりだな」

「久しぶりだ」


 ジュードは元上官だ。敬語で答えそうになるのをぐっと堪える。


「ああ……。元気そうで何よりだ」


 二人のぎこちない会話に、ウィルは呆れた様子で褐色の前髪を掻き上げる。一方のソフィアはくすくすと笑っていた。

 見世物ではないと文句の一言も言ってやりたいものだが、言ったところでなおさら面白がるだけだろう。リサは無視をすることに決めた。


「今日は仕事じゃないのか?」

「その仕事のひとつだよ」


 ジュードの言葉に、リサは眉根を寄せた。視線でどういうことかと問い掛ける。


「二人を呼びに来たんだ」

「誰と誰を?」


 ウィルが意地の悪い笑みを浮かべて問うた。すると、ジュードは肩をすくめて見せる。いかにも、判っているだろうと言いたげな表情をしていた。


「ウィルと……、ディオンを」

「ディオンはここに二人いるぞ」

「やめろ、ウィル。私のことだろ」

「そう。ディオン姉の方だ」


 ジュードに助け舟を出すが、揶揄の笑みを浮かべたソフィアが舟を引き離す。


「その呼び方はどうかと思うなー」

「そうだぞ。結婚も認められて、これからは姉貴になるんだ。そう呼んでみろ」


 厄介なことに、ウィルとソフィアは変なところで気が合う。昔からそうだ。ウィルと共にクレムスに配属となって以来、からかわれることが多々あった。

 そして、もうひとつ厄介なことがある。それは、ジュードという人が変に真面目だということだ。


「……そうだよな。判った。これからは、お義姉さんと――」

「――やめろ」

「おまえら面白いな」


 ジュードがすべてを言い終える前に遮ると、ウィルが愉快そうに頬を吊り上げた。何とも腹立たしい奴であるが、相手にすると調子に乗る。リサは短く息を吐き出し、話を本筋へと戻す。


「それで、どうして私とこいつを?」

「エリオットさんが用事があるみたいなんだ」


 リサとウィルが渋面をつくったのは、ほとんど同時だった。


「あいつのねぇ……」


 冒険者となって、エリオットに呼び出されたことは幾度もある。彼はシェーンバルト共和国の中枢にいる人間だ。信頼性の高い情報を与えてくれることもあり、二人も助けられたことがないわけではない。だが、それと同時に面倒事を押し付けられることも多かったのだ。


「何で俺たちの居場所知ってんだよ」

「まったくだ。それに、態々ジュードさんを寄越すあたりが嫌らしい」


 旧知であるジュードを使いにしたのは、二人が逃げるのを防ぐためだ。つまり、今回の呼び出しも面倒事を押し付けられる確率が高いということでもある。


「俺たちはここにいなかったことにしてくれ」

「馬鹿言うなよ。そんなこと言ったら、何日間エリオットさんの嫌味を聞かなくちゃならないんだ」

「嫌味聞くくらいならいいだろ? 俺たちは絶対に面倒事押し付けられるんだぞ」

「俺のために引き受けてくれ」


 ジュードが深々と頭を下げる。やはり逃げだすことは出来ないのだと悟り、リサは溜息を漏らした。


「ウィル、行くぞ」


 端的に言い、ソファーから腰を上げる。彼女が動き出せば、ウィルも動かずにはいられない。彼はいかにも仕方なくといった風情で立ち上がった。


「仕方ねぇな」

「すまない、二人とも」


 重たい腰を持ち上げた元部下に向かい、ジュードがもう一度頭を下げる。上官と部下という関係が成り立っていたころでは、おそらく文句を言うなの一言ですんだはずだろうが、今はそうもいかない。それだけ、関係が変わったのだ。


「ソフィア、急に押し掛けて悪かった」

「仕事が終わったら、また来てね。久しぶりに、お姉ちゃんとウィルも帰ってきたんだから」


 ソフィアの言葉にジュードは穏やかな表情を見せた。互いの顔を見て微笑む姿が、二人の距離の短さを物語っている。

 リサは静かにリビングを後にした。その背後で、ウィルが頭を掻く。


「先行くぞ」

「おいて行くなよ!」


 慌てたジュードの声が、狭い家に響いた。


 それから三人はとりとめない話をしながらエリオットのもとへと向かった。


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