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少女との出会い1

 シェーンバルト共和国は、ようやく暑さが和らぐ紅の節一月の半ばを迎えた。木の葉が紅に染まるのはまだ先のことだが、ほどよく乾いた空気が気持ち良い時期でもある。そして、この気持ち良い空気と日差しは、眠気を誘うのに一役買っていた。


 隣を歩く男が大きな口を開き、気の抜けた声を出す。


「はぁ~。それにしても寝みぃな」

「町の外に出ているんだ。少しは気を引き締めろ」


 リサとウィルの二人は、シェーンバルト共和国の東に位置する小さな田舎町エルラントの周囲を徘徊していた。


「冒険者ってのは、いうなれば何でも屋だよな。こんな退屈な仕事を押しつけられるとは考えてもみなかった」


 徘徊とはいえ、ただ目的もなくうろついているわけではない。ウィルが言う通り、これは依頼された仕事のひとつだ。


 世界の守護者たるレヴェリスがアークの人類を滅ぼそうとした騒動から一年と七ヶ月が経った。アーク滅亡の危機を救った二人は、その後外界で冒険者となった。

 冒険者とは外界特有の存在だ。七百年前の大戦で星は傷つき、人類の生存可能領域は極限られてしまった。しかし、長い歳月の中で星の傷は癒えつつある。冒険者は、再び人類が生存出来るようになった地を再開拓、調査しているのだ。


 冒険者は、望めば誰もがなれるわけではない。七百年間誰もが足を踏み入れることのなかった地は、凶暴な野生の獣たちが生息する危険な地だ。実力なき者が冒険者となることは出来ない。逆をいえば、実力があれば誰もが未知の地へ踏み出す権利を得られるというわけだ。

 冒険者の認可は国ごとに行われるが、彼らはあらゆる国家に所属しないと定められている。それは、所属が決められると、新天地を巡る領土問題に発展しかねないからである。


 現在、一般人の定住が許された大陸は、ここ中央大陸と北方小大陸、冒険者の活躍により踏破目前となった南方大陸、そしてアークが存在した閉鎖大陸だ。数年前には東方大大陸への上陸が許可されたが、一般人の定住までは許可されていない。


「この間みたいな攻略が日常茶飯事だと思ってたんだけどな」


 ウィルは冒険者の証であるブレスレットを指先で弾いて見せる。


「あんな激闘が毎日続いたら、さすがにきついだろう」

「まぁ、違いねぇ」


 二人は数週間前に参加した大規模な攻略を思い出し、小さな苦笑を漏らした。


「踏破目前っていっても、まだ時間は掛かるんだろうな」


 蜘蛛の巣のように大陸中に張り巡らされた地下水路の攻略は、数ヶ月を要した。戦闘狂と称される二人でさえ、激闘だったと思い返すほどだ。途中で脱落した冒険者も、命を落とした冒険者も存在した。

 しかし、実際には魔物との戦闘よりも厄介なことがあった。それは、闇に包まれた水路の構造がまったく判らなかったことである。照明魔法や松明の明かりを頼りに、冒険者たちは地図を描きながら足を進めたのだ。


「この中央大陸にも、あるかもしれないな」

「地下水路はもう勘弁だ。あんなところに引きこもってたら、カビが生えちまうよ」

「それはごめんだな」


 ウィルの冗談に、リサは小さく笑う。隣を歩く男を注意しておきながら、自らも無駄話に興じてしまうとは、何とも緊張感に欠ける。それだけ、現在二人がこなしている依頼が退屈なものだということだろう。


「一ヶ月くらい先にクラヴィス地下遺跡の攻略があるみたいだが、暇な仕事が嫌ならばさっさと終わらせて東方大大陸へ行こう」


 ウィルが精悍な顔に不敵な笑みを浮かべた。


「だな。ここらの魔物駆除もけりがついた。あとは報告するだけだ」


 そう言って両の拳を突き合わせる彼の表情は、実に活き活きとしていた。


 人類唯一の生存可能領域とされていたアーク出身の二人は、冒険者となる前は軍人であった。二人は行動を共にする機会が多かったのだが、当時と比べてもこの男は活力に満ち溢れている。どうやら、自由気ままに旅をする冒険者という職は、彼にとってこの上ない天職だったようだ。

 とはいえ、リサも彼のことばかり言えない。冒険者は彼女にとっても天職だといえた。だからこそ、この男と未だ行動を共にしているのだ。


「エルラントに戻るぞ」


 リサとウィルは魔物の駆除が完了したと報告するため、依頼主がいるエルラントへの道を戻った。


 シェーンバルト共和国は森の国だ。国土の大半は木々に覆われている。首都と繋がる森の街道は、昼間ならば人や馬車が絶えずに行き交う。行き交う者たちは、冒険者や商人など多様だ。特に、馬車で商品を運んでいる商人は必ずといってよいほど、護衛の冒険者を連れていた。護衛の依頼というのも多いのだ。


 ほどなくして二人はエルラントの門を潜った。寄り道もせずに依頼主の元へと向かい、報告をして報酬を受け取る。

 受け取った金額は決して多くはなかった。エルラント周辺の魔物は危険性が低い。報酬が弾まないのも仕方なかった。しかし、二人が依頼人の前で文句を口にすることはない。不満があるのなら、当初から受諾しなければよいのだ。


「東方大大陸のキャンプへ行くなら、一旦シェーンブルクに戻るけど、どうする?」


 首都へと向かう街道を歩いていると、ウィルがそう問うた。

 シェーンブルクにはリサが妹のソフィアと暮らす家がある。無論、借家ではあるが。彼の問いは、家に一泊していくのかということだ。


「久しぶりに、顔でも見に帰るか」


 シェーンブルクに家を持つのは、リサとソフィアだけではない。隣を歩くウィルと、ソフィアの婚約者であるジュード・ルーカスも集合住宅の一室を借りている。だが、リサとウィルは度々シェーンブルクを訪れることがあっても、家に帰ることは滅多になかった。前回帰ったのはいつのことかと記憶を探り、すぐに数えるのを諦めてしまうほどだ。


「きっと怒られるだろうな」


 怒られることを想像しているというのに、ウィルは喉奥で笑っていた。何とも説教のし甲斐がない奴だと思うが、リサも僅かに口元を緩める。


「ああ。きっと説教が待っている」


 二人の脳裏には、憤りに頬を膨らませて、腰に手をあてるソフィアの姿が浮かんでいた。


「妹に怒られるなんて、甲斐性なしだな。俺たちは」

「それだけあいつも大人になったということだ」

「それか、俺たちが成長してないだけか」

「その両方かもしれない」


 どちらにしても、甲斐性がないということに変わりはない。説教が待ち構えていると判っていてもなお、反省した様子など微塵も見せないのだから。


「まぁ、怒られた方が帰ったって実感があっていいだろ」


 ウィルの言葉に、リサは思わず笑ってしまう。

 ソフィアは短気なわけではないし、激情家でもない。怒ることは滅多にないが、逆鱗に触れても怖くないというのが正直なところだ。だからこそ、二人はこんなにも余裕綽々なのである。


「そうだな」


 かくて、リサとウィルはシェーンブルクの家へと帰ることになった。


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