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プロローグ

 目の前で動く四足の大きな影に、冒険者たちは息を呑んだ。

 どすん。どすん。

 巨大な影は頑丈な床を揺らしながら、ゆっくりと冒険者との距離を詰める。影が距離を詰めた分、冒険者は後退した。それを何度も繰り返す。


 冒険者の先頭に立つ女――リサ・ディオンは上階の通路を一瞥した。そこには小さな影が幾つもある。

 彼女は目の前の大きな影に視線を移し、位置を確認した。上階の通路の位置は、ちょうどリサと影との中間だ。


 ――もう少し。


 じりじりと後退を続け、半円状の広間から通路へと入る。通路といっても幅がある。大きな影も充分に侵入が可能だった。

 しかしそれでいい。冒険者たちは巨体から逃げたいわけではないのだ。


 巨体が一歩、また一歩と近づく。巨体と冒険者の距離は徐々にだが、着実に詰められていた。

 そして、また一歩巨体が近づいた時だった。


「今だ!」


 リサの隣で剣を構える男――ウィル・レインが床を蹴った。それと同時に、リサや他の冒険者も走り出す。さらには上階の通路から複数の影が飛び下りて、巨体の背に乗った。


「リサ!」

「ああ!」


 ウィルと目を通い合わせ、顎を引く。次の瞬間、二人はまるで打ち合わせたがごとく同じ動きで巨体の前足を斬りつけた。

 上段からの袈裟斬りを放った後に、腰を捻って回転斬りを食らわす。さらに、首を目掛けて剣を振り上げる。


 その間に、巨体を囲った他の冒険者も各々の武器で巨体を攻撃した。背に乗った者たちは、雄叫びと共に刃を突き立てる。

 地下空間に魔物の悲鳴がこだました。鼓膜を裂くような悲鳴に顔をしかめるが、次なる指示を出す。


「離れるぞ!」


 激痛に暴れる巨体から離れると同時に魔道士たちの声が響く。攻撃魔法の呪文だ。近距離で戦闘する冒険者が離れた瞬間、待機していた魔道士たちが一斉に攻撃を仕掛けると打ち合わせていたのだ。


 床から突き出した鋭利な岩が、巨体の腹部を抉る。傷口から流れ出した液体が床に落ちてびちゃびちゃと音を発した。

 魔物が一層大きな悲鳴を上げるが、どれも致命傷には至らなかった。激痛に首と尾をうねらせて暴れる巨体から守るため、リサは魔道士の少女を背に庇う。


「もう一発やってやれ」


 背後の少女に言いながら、顎で魔物を指す。


「りょーかいです!」


 少女の声が響く。間を置かずに、新たな攻撃魔法が魔物を襲った。さらに、前に立つリサが呪文を唱えると、魔物の下に魔法陣が展開される。そこから、紅蓮の炎が巻き起こり、魔物の巨体を包み込んだ。


 空気が熱い。生き物が焼ける異臭が鼻を突く。

 断末魔の悲鳴が、耳を打った。直後、巨体が倒れると同時に、魔法陣は跡形もなく消えた。


 リサは一息つき、手にしていた片刃の曲剣を鞘へとしまう。


「やりすぎだろ」


 隣のウィルも剣をしまいながら呆れた声を出す。


「まったくですよ」

「うるさいぞ」


 背後の少女を振り返りながら言う。すると、ローブ姿の少女――エルナ・サージェントは、あどけなさが残る顔に揶揄の笑みを浮かべて見せた。


「いやいや、まったくリサさんは手加減というものを……」


 ごち。

 生意気な態度に腹が立ったので、拳を少女の頭に落とす。


「いったぁい!」

「大袈裟だ」


 腹が立ったと言っても、相手は十六歳の子供だ。手加減を知らないと言われるリサも、程度というものは弁えているつもりだ。故に、拳を落とされた本人が涙目になって見上げるような強さのげんこつではなかったはずである。


「おいおい、目の前の敵を倒したからって、気ぃ抜いてんじゃねぇぞ」


 傍にいた鎧姿の厳つい男が苦笑を漏らした。

 その風貌から、彼が熟練の冒険者だということは容易に察せられる。事実、彼はここに集まる冒険者の中で最年長者であり、冒険者歴も長かった。冒険者となって、一年と八ヶ月経つリサとウィルをひよっこ呼ばわりするほどに。


「とりあえず、この階の安全は確保したが、まだ攻略が終わったわけじゃねぇ。他の班と合流するぞ」


 厳つい男の指示に、リサは顎を引いた。ここに集う冒険者を纏め上げる役目が、この男の仕事だ。それを邪魔するつもりはない。


「まぁ、そうかたいこと言うなって。あんまり緊張してると身がもたねぇぞ、おっさん」


 こんな時に緊張感の欠片もない声を出せるのは、ウィルしかいない。外界に来ても続く腐れ縁に、リサは溜息を漏らしたい気分だった。


「どうやら、おまえもげんこつを食らいたいようだな」


 不敵に笑っていたウィルの顔が一瞬にして引き攣る。厳つい男の方が、ウィルよりも上手だった。


「いや、物騒なことはやめとこうぜ。子供も見てるしな」

「その子供は、さっきげんこつをもらったばかりです」

「おまえが余計なことを言うからだ」


 三人のやり取りを見て、厳つい男が呆れたとばかりに肩をすくめて見せる。


「三人にげんこつをくれてやりたいところだが、生憎俺ぁふたつしかない」

「俺がひとつ貸してやるよ」


 二十代半ばと思しき小柄な冒険者が意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「待ってくださいよぉ。そんな頻繁にぶたれてたら、私の頭がたんこぶだらけになっちゃうじゃありませんか!」

「そうなっても自業自得だな」


 エルナの頭をぽんと叩く。すると、彼女は納得出来ないと口をへの字に曲げた。


「ほら、さっさと行くぞ」

「おぅ」


 武器をしまった冒険者一行は、やって来た通路を戻って行く。しかし、その足取りは間もなくとまってしまう。幾重にも響く足音の中に、悲鳴が混ざったのだ。


「何だ?」

「他の隊の連中じゃないか?」

「この先からだ!」


 リサとウィルは互いにうなずき合い、そして真っ先に走り出した。


「おい待て!」


 制止の声を振り切り、二人は通路を疾走する。先程、魔物を倒しながら進んだ道を戻るのだ。それほどの危険はない。それよりも、悲鳴を上げた者たちが心配だ。


 通路を抜けて、円形の空間に入る。そこから左右に伸びる狭い通路に出て、二人は息を呑んだ。

 吹抜けになった大空間で、冒険者たちが大型の魔獣兵器と戦闘になっていた。何人かが負傷しているようで、隊列は乱れ切っている。


 二人がいる通路から床まで、その高さは三層分にも及ぶ。飛び下りれば、怪我ではすまないだろうが、昇降機まで向かう時間はなかった。


「ウィル!」

「おぅ!」


 二人は躊躇わなかった。手摺りを飛び越えて、着地と同時に転がって衝撃を和らげる。そこから一連の動きで立ち上がり、走りながら抜剣する。


 先に攻撃を仕掛けたのはウィルだ。魔獣兵器と冒険者との間合いに割込み、袈裟斬りを放った。四足の獣の太い脚に刃が滑り、赤い筋を刻み込んだ。

 獣が鋭い牙を剥き出して、唸り声を発した。突如として足下に飛び込んできたウィルを、突き飛ばそうと前足を振り上げる。


 リサは振り上げられた前足とウィルとの間に躍り込んだ。片膝を着き、刀身を肩口で押さえて攻撃に備える。

 次の瞬間、刀身に衝撃が加わった。弾かれそうになるのをぐっと堪える。


 その間、ウィルが獣の前足に飛び乗り、さらに首筋へと飛び移る。彼は剣を獣の首に突き立てた。

 しかしながら、厄介なことに魔獣兵器という生物はただの魔物ではない。その名のごとく、魔物を兵器として転用、強化した存在だ。皮膚は鱗のように堅い。ウィルの突きは厚く堅い皮膚に阻まれて、思ったようには突き刺さらない。仮に人間相手なら致命傷になり得る深さでも、この巨体には浅手だった。


 魔獣は首筋に乗ったウィルを振り落とそうと後ろ足で立ち上がる。リサはその瞬間を逃さなかった。獣が暴れ出す前に、脚の腱を断つ。片脚だけでなく、もう片脚も。


 獣が悲鳴と共に地面に倒れる。首筋に乗っていたウィルは、巻き込まれて下敷きになるのを避けるために一足早く飛び下りていた。


 立ち上がれなくなった魔獣が前足と尾を床に叩きつけて威嚇する。金属の床が波打つようにへこんだ。


「「終わりだ」」


 リサとウィルの声が重なる。

 二人の剣が皮膚の薄い魔獣の急所を捉えた。直後、魔獣は暴れるのをやめ、前足と尾が力なく床にだれる。


 リサは短く息を吐き出し、剣を一閃する。鞘にしまうと、隣にいたウィルが拳を突き出した。彼女は無言のまま、突き出された拳に己の拳を軽く突き合わせる。


「この野郎! 勝手に動くなって言っただろ!」


 頭上から降って来た怒鳴り声に、二人は顔をしかめる。見上げると、先程彼女たちが飛び下りた通路から厳つい男が鬼の形相をのぞかせていた。


「俺たちだと思うか?」

「先に勝手な行動をしたのはあいつらだ」


 リサは先に魔獣と戦闘になっていた冒険者たちを顎で指した。幸いなことに、死者はいなかったようだ。だが、まだ怪我人の手当ては終わっていない。


「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ! おまえら込に決まってるだろ!」


 二人はうんざりと長い溜息を漏らした。


「はいはい、わかったよ」


 ウィルが面倒だとばかりに片手を何度か振って見せる。反省した様子も見せない彼に、頭上の男性は一層声を荒げたが、二人は無視を決め込んだ。相手にすると疲れるのだ。


「怪我人の手当てをするぞ。エルナ、さっさと下りてきて手伝え」

「はいはい、今行きますよー」


 厳つい男の隣にいた少女に声を掛けると、緊張感のない声が返ってきた。何とはなしに、エルナを見上げ、リサは息を呑んだ。


「ば……っ!」


 何と、エルナは手摺りの上に立ち、そしてその身を宙に投げ出したのである。


「きゃ――、死ぬぅ――――!」


 慌てて走り出すリサとウィルだが、どうやっても間に合いそうにはなかった。

 エルナが直立の状態で床に吸い寄せられる。誰もが次に起こることを想像して、彼女から目をそらしたことだろう。


 しかし、想像したような音が耳に届くことはなかった。代わりに届いたのは、相も変わらず緊張感のない少女の声だ。


「――っと、死ななかったー」


 床に吸い寄せられていたエルナの身体は、まるで羽毛が落ちるがごとく静かに着地した。

 彼女はリサとウィルにふてぶてしく微笑み掛ける。


「どうですか、私の華麗なる着地は? 私の魔法の腕をもってすれば、お二人のように痛くて危険な――」


 ごち。


「いったぁい!」


 言葉の最中にリサのげんこつが落とされた。さらには、げんこつをぐりぐりと捻じ込まれ、少女は目尻に涙を浮かべる。


「この悪ガキが」


 続けてウィルの拳がエルナの頭を襲った。本日何度目か判らぬげんこつに、彼女は抗議の声を上げる。


「痛いですよ! 私も負傷しました。さっさと治癒魔法で治してください」

「もう一発欲しいのか?」

「ごめんなさい。冗談です」


 ウィルの脅しに、エルナは手のひらを返す。不満は払拭出来ないが、何としてもげんこつは避けたかったようだ。


「それよりも、早く治してあげましょうよ」


 リサはエルナが指差した方へと目を向けた。視線の先には、先程の魔獣兵器によって負傷した冒険者たちが横にされて手当てを受ける姿があった。

 これだけ怪我人が出てしまっては、今日はこれ以上進めはしないだろう。安全が確認されれば、ここで野営になる。野営といっても、クラヴィス地下遺跡と呼ばれるここは屋内ではあるのだが。


「そうだな」


 三人は怪我人のもとへ歩みを進めた。


 冒険者と呼ばれる彼らは、見ず知らずの者たちと共闘する機会が多い。今回のように、大勢で危険な遺跡攻略に乗り出すこともしばしある。言うなれば寄せ集めの集団だ。その中で協力し、互いの安全を確保しなければならない。故に、作戦を無視した身勝手な行動は慎むべきとされていた。

 負傷した者たちは作戦を無視した。次の階層へ進む際には、昇降機のある広間に一度全員が集まり、安否を確認すると決められていたのだ。怪我をしたのは自業自得だと言えるが、それでも放っておくことは出来ない。何故なら、彼らは今、攻略を共にする仲間だからだ。


「さて、さっさと治して夕ご飯にしましょう。お腹がすきました」


 軽快な足取りで負傷者のもとへと走る少女の姿を見て、リサは短く息を吐き出した。


 ――寄せ集めの仲間、か……。


 心の中で独白し、腕を組む。

 思い出さずにはいられなかった。一ヶ月前、目の前を行くこの少女と出会った日のことを。


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