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ゆれる―――裏


ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

いつつ、むっつ、ななつ、やっつ。


―――ここのつ、とお。


指でつついた水面が、気遣わしげにゆらゆら揺れた。




自らによって、自らを、自らの為に殺す。

自殺とは、言い得て妙というか、正しくそれだと桜木綾はぼんやりと思った。

何度も数を数えなおした白い錠剤と、コップについだ水だけを置いたテーブル。見回した部屋の中は、今までにないくらいすっきりと片付いてなんだか無機質で、誰も住んでいなかったみたいだと、静かに息をつく。それもそうだ。綾が自分で片づけたのだから。わざと、生活感がなくなるように。


「いーち、にーい…、」


何とはなしに唇が動く。吐息のような言葉を紡ぐ。意味もなく白い粒を積み上げて、微かに口角を上げた。


「ここのつ、……とお」


睡眠薬の致死量は、適正摂取量の11倍らしい。ネットで調べた“睡眠薬”の文字に、“自殺”“致死量”のワードが続いた時は、思わず笑ってしまった。


馬鹿みたい、馬鹿みたいだ。日本中で誰だってこの程度のことは考えていて、だけど大抵の人間は怖じ気づいて途中で止めてしまう。そんな中で本気になる自分は馬鹿みたいだと、綾はまた吐息のような笑みを漏らした。



勉強は普通か少し下、運動はやや得意。手先はあまり器用ではなくて、期待されてきた部活では、スランプの真っ只中で。性格は、


「…――良くない事なんて、自分で一番分かってるっつーのぉ」



“信じられない”


あの人に言われた言葉が頭の中で木霊する。ぐわんぐわんと眩暈がして、唇から乾いた声が零れた。


「あ、は、」



“上手ければ何でも許されるわけじゃないからね?”



「あはっ、………あははははははははは!」


可笑しくて仕方が無くて。馬鹿みたいで。笑いが止まらなかった。



「あはっ、あははははは……、はぁ、あは…は、」

口元を抑えてうずくまる。耳を手で覆って、小さく身体を丸めれば、色んなものから身を守れる気がした。




――――もう、だめだ、と。

我慢出来ないと、あの日、そう、ぼんやりと思ったのだ。漠然と生じた不安は消えてはくれずに今に至り、それでもそれが間違いだったとは思っていない。だから構いはしないのだと小さくつぶやいた。


振り向いて、膝だけでローテーブルににじり寄る。ガラスに写った顔をそっと指先でなぞる。相変わらず哀しげな色を滲ませる顔に、綾は思わず辟易した溜め息を吐いた。それでも、そのまま見つめ続けると、透明過ぎるガラスの向こうに、ちらりとよぎる横顔があった気がして…――慌てて首を振って、それから苦笑する。


ちらりと頭を掠めたのは何の根拠もない考えで、らしくないと呑み込んだ。



言葉の代わりにそっと手にした錠剤は小さく、本当にこんなもので死ねるのかと、だんだん不安になってくる。長々と眠りに落ちるだけで終わるのではないかと。―――なんて、綾が睡眠薬を選んだ理由はそこにもあるのだと、言ったら誰か笑うだろうか。もちろん、死に今更怯えなどさらさらないけれど。臆病で打算的な自分は、自らを嘲る声を聞こえないフリをして、もしも自殺に失敗したら……なんて、下らない未来の想定すらしているのだ。睡眠薬なら、例え「二回目」があったとしても。失敗して、もう一度薬に手を伸ばすことになっても。綾が死のうとしたなど、悟られることはなかろうと。長々と眠っていたと思われる、だけ。


それでも他の手段など選ばない……選べない自分を嘲るように微かに笑って、10粒全て、手のひらに乗せる。進化し過ぎた文明とは恐ろしいものだなと、くだらないことを考えながら、ゆっくりと天井を見上げた。



―――ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。


いつつ、むっつ、ななつ、やっつ。


ここのつ、とお。



ひらひらと赤く染まる穴へと落ちてゆく様は、きっとまるで白い桜のようで。あぁせめて、桜を見てからにすればよかったのだと、少しだけ後悔する。


「…とおまーでぇかーぞえたーらー代わりましょうね。―――――なあんて、ね」



ガラスが隔てた、小さな海を呑み込んで。やがて傾く世界を思って、綾は久しぶりに、安堵と共に微笑んだ。




(ゆら、ゆら、ゆらりと)

(視界が揺れる)

(怠惰な眠りへ堕ちて行く)

(優しく、残酷に)

(あぁ、私のアイした世界よ―――サヨウナラ)




――……もし、もっと早く君と出会っていたら、なんて。考えるべきでは、無いのだから。





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