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KAMITUKI

ピピピピピ、と、機械的な音がした。



それに小さくため息をついて、男は鳴りやまぬ小型機械を手に取る。


「……もしもし?」

『ヴァンライド様でございますか?』

「ええ、そうですが。」

『初めまして、私皇子付き秘書のトガネと申します。お噂はかねがね。』 

「…どうされました?」

『いえあの、…実は…』

少し戸惑いを含んだ声で秘書が伝えてくる話に相槌を打って、もう一度ため息をついてから男は返事を返した。


「…了解しました。すぐにそちらへ向かいます。」

『ご面倒をおかけいたしまして、申し訳ありません。――ところでヴァンライド様、』

今まで関わらずには来たものの、よくよく振られてきた話臭い切り出し方に男は小さく首を振る。


「…悪いですけど、政治的悪だくみには俺は協力できかねますよ。…ではこれで。」

『あ、ちょ…』


引き止める秘書の声を振り切るようにブツリと通話を切って、男は機械をテーブルに放り投げた。予想より早く時期が来たことにイライラと髪をかき乱すと、ふと違和感を感じて手をおろす。


「―…はぁぁ…、」


右手に絡まった茶黒に、男は深くため息を吐いた。






月の美しい夜だった。


部屋の中央の椅子に座り機嫌良さげにふんふん、と鼻歌を歌うは…金髪の青年――帝国第二皇子リトアイルである。月を見上げて目を細め、何かを待つように目尻を撫でてうっすらと笑う様は明らかに異様であった。けれどそれを指摘する者は既に人払いされたこの部屋にはおらず、青年の小さな笑い声だけが響く。



――青年は機嫌がよかった。何事も全力で楽しむきらいのある彼はそれが常ではあったが、それでも久々に“存在して”いられることに心が浮き立って仕方がない。月の光だけではない…。大いなる力が次第に増しているのを感じる。だからこそ、自分はいつもより早く顕現出来、そして…



「―…おや、思ったよりお早いお越しだ。」


「…わざわざ待っていて頂けるとは光栄だな。」





かの高名なる黒騎士殿が、発現に気付けなかったのだから。



感じた気配と聞こえた声に青年は椅子から優雅に立ち上がり呟いた。振り返った先にいたのは、予想通り憮然とした表情のもう青年とは言い難い見た目の男で、青年はにっこりと微笑んでみせる。


「君はボクのお客人だからね、歓迎するのは当然さ。」


「―…長居する気も、長居してもらう気も全くない。さっさと皇子の体から出て行け。」


剣呑な表情で、殺気を出しつつ青年を睨みつける男。同時に抜かれた剣は月の光を反射して眩しいほどに輝き、青年の顔を微かにゆがめて映し出していた。しかし青年はそんな脅しにも全く頓着せず、呑気に揚げ足をとる。


「それは正しくない言いようだよ?ボクはこの身と完全にリンクしている…一時的に封印することは可能なれど、出て行くなど無理だね。」


そして、と続けながら、青年はふわりと笑い、向かってきた銀の切っ先を交わした。かすかに音を発した空気に揺れた金髪が数本、はらはらと床に着地する。



「――もうすぐ“僕ら”はそれぞれの宿主の体を支配する。それは、…どんなときか分かっているのだろう?大騎士シェル。“僕ら”に唯一対抗しうる男よ。」



歌うように言った青年に男は歯噛みした。相手にすらされていない。その事実ももちろんあるが、それよりも青年が言った言葉に焦りを感じていた。


「…やはり、…」

「ふふふ、そう、時は近い。その時事実に最も近い君はどうするのか、ボクは今から楽しみで仕方がないよ。」

「…余計なお世話だ。」

「あはは、そうだねぇ。―…それにしても、シェル。」


楽しそうに笑った後微かに不思議そうに首を傾げ、いきなり話題を変えた青年に男は眉を寄せる。


「君、本当にマメだよねぇ。」


「…は?」

「いやいや、そこまでヒトが好きなわけでもなさそうな割に、随分とマメにボクの封印に来るよなぁと思ってね。」

「仕方がないだろう。…対抗出来るのは、俺だけなのだから。」


ため息を吐きつつそう言い捨てると、男は一瞬きょとんとした後すぐに吹き出した。――一体何が起きた。というか、どこか面白い所があったのか。


「ぷ、く、ははは…!」

「何が可笑しい。」

「いやいや、――…君には、これから起こり得る事態を見過ごす、という手はないんだなぁ、と思ってねぇ。」

「…黙れ。」

「くくく、…じゃあ今日は、君のその愛国心に免じて大人しく帰るとしようかな。」


「……別に愛国心なんかでは、…というか、は?」


二度目のは、である。笑う青年が自分から帰ると言い出すことなど、これまで一度もなかったことだ。そんなに俺の発言がツボだったのか、と男は眉をひそめた。


青年はそんな男に構わず椅子に腰を下ろしたが、ふと思い出したように顔を上げる。


「あぁ、そうそう…ボクは楽しければ何だっていいからね、これだけ穏和に行くけれど、」


何が穏和なものか、初対面で力試しと嬉々として襲いかかってきたくせにと男は思ったが、表情には出さない。元々鉄面皮で通っているし、青年は気付かなかったようだった。



「――他の連中はこうはいかないよ。彼らは忠誠心に満ち溢れてるからね。……ま、精々、」


頑張ることだと言った怪しい気配が、段々と霧散していく。男はゆるゆると溜め息を吐いてから部屋からきびすを返し、秘書だと言ったトガネに魔法で文を飛ばした。さすがにあの会話の後で平気で話せる太い根性はしていない。




ギィと音を立ててドアが閉まり、そこに寄りかかって男――シェル・ヴァンライドは静かに笑った。


「―…言われなくても、」


“精々”頑張って見せるさともう一度笑って、男は王宮の長い廊下を歩いていった。


つ ☆ づ ☆ く



…みたいな。


続きはありません(きっぱり)。

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