9.踊りながらの内緒話
サブタイトル・・・カメレオン王子(笑)
王妃を証人にするという強引な手法をもちいて目の前の少年は、週一回舞踏の授業のときにサラサを招くことに成功した。
サラサにしたらソージュケル王子が何を考えて、自分を呼ぶのかまったくわからない。
だが、王族に乞われて断れるはずもなく、現公爵である兄のガイヤも苦い顔をしながら了承してきた。本日第1回目のお呼ばれとなり、仮病を思いっきり使いたい気持ちで泣く泣く王宮に足を運ぶ。さすがに王族に屋敷までわざわざ来ていただくわけにもいかない。よって必然的にサラサから通う形になる。
ああ。また色々な噂をされてしまうのかしら・・・。
サラサは王妃の険悪な表情を思い出して、ますます自分の悪評が高まるだろうと確信していた。
『年若い純粋な王子を誑かす悪女』というレッテルも上乗せされるのか・・・。
そんなことを内心で考えながらメイドに案内された部屋には、そもそもの元凶である殿下と年配の男性と女性が一人ずつで恵に3人が話をしていた。
紹介されて年配の男が舞踏の講師で女性が竪琴の弾き手であることがわかる。
挨拶もそこそこでさっそく王子と肩を組んで舞踏の練習がはじまった。
14歳のわりには背が高くて、女性にしては長身のサラサと同じぐらいある。サラサはそれなりに足底の高い靴を履いているので実際はサラサより高いだろう。
・・・・だれが舞踏に自信がないって?
王子にリードされながら1曲踊り切ったサラサは、抱きかかえられるような形で身体を密着している少年に対して、思わず舌打ちをしたくなった。さすがに無作法で無礼に値する行為なので心の中だけで止まったのだが。
今まで数々踊った紳士たちの中でも十分上位に入るぐらい上手だった。
「すばらしいですわ。さすが王子です」
「サラサ嬢もさすがです。パーフェクトです」
講師である男性と弾き終えた女性が手を叩きながら褒め称えてくれる。サラサも上級階級に生まれた宿命として幼いころから一流の講師によって舞踏を教え込まれ、持ち前の運動神経も手伝って文句のつけようもないほどの技術はある。王子もこれほど踊れるなら今日で役目ごめんでは?
そういう言葉を期待していたのだが、目の前の金色の髪の少年は頬を染めながらこうおっしゃられる。
「ありがとう。サラサ嬢が上手なので私もなんとか踊ることができただけだ。彼女と何度も踊って慣れないと本番に失敗してしまいそうでこわいな」
見るからに純情そうな表情だ。そんな彼をみて講師たちは目に涙を浮かべんばかりの熱い表情を浮かべる。
「なんて謙虚ですばらしい心がけなのでしょう。さすが、ソージュ王子です」
「サラサ嬢も王子にそこまで言われてなんと幸せなことでしょう」
いえいえ、不幸としか思えません。
本音はそうであっても正反対のことを口にする。
「わたくしなど、大したことございませんわ。でも僅かなりとも殿下のお力になれることを幸せに思っております」
さすがにいつも持っている扇がないので、手で口元を押さえながら軽く笑みを浮かべる。
サラサがあまり微笑んだりすると周りの者が固まってしまう経験をいつもしているので、できるだけ小さく微笑むくせがついていた。
「ありがとう。そなたがそう言ってくれるなら私も頑張れるもんだ。よかったら週1と言わずに2回きてくれるとうれしいのだが・・・」
う!社交辞令が過ぎてしまったかしら?これ以上増やされたらジュリアンとの甘い時間が減ってしまうわ。
「ありがたいお言葉ですが、さすがに身に余るこの光栄な役目を、わたくし1人で週2回も受けるわけにもいきませんわ。舞踏の達者なお方をわたくしも数人存じ上げております。もしよろしければご紹介させていただきますが・・・」
なんとか頭を精一杯動かして、お断りを口にする。うん。これなら無礼にならないはず。
正直令嬢の知り合いなんぞほとんどいないけれど、こういう話ならみんな喜んで立候補するはず。
「いや。それには及ばない。好意で付き合ってくれているサラサ嬢に、負担をかけるようなことを言ってしまって申し訳ない。それほどそなたの舞踏がすばらしかったので・・・」
思っていた通り、王子はサラサの申し出を断ってきた。
本当に何をかんがえているのかしら、この王子。
サラサはそう思いつつ、もう一度踊るために彼の手を取って肩に手を回す。彼もそれに合わせてサラサの腰に手をまわして彼女の身体を引きよせた。そしてサラサの耳元に顔を近づける。
「なかなか手ごわいな。さすがは、アルンバルト公爵の妹だけある。だからこそ面白いのだが・・・」
「!」
耳元でサラサにしか聞こえないほどのつぶやきは、先ほどまで聞いてた穏やかな口調とはがらりとかわってひどく楽しげである。
面白いってやはりこの王子はサラサで遊んでいるのか・・・。
思わず彼の腕の中から逃れようと肩に置いていた手を離してしまうが、腰に手をまわされて身体が密着しているために離れることは不可能だった。
顔の仮面は外さずにすんだが、身体のびくつきは隠すことができなかったために王子にそれは伝わったはずだ。
「そう怯えるな。何も取って食おうと言うわけではない。ただ退屈でしかたなかったこの時間に付き合ってほしかっただけだ」
相変わらず耳元で話しながらも王子は流暢にサラサをリードしながら踊っている。
今回はゆっくりとしたペースの曲なので話できるのだろうけど、こんなに余裕がある彼にどうして練習が必要なのか!
と、八つ当たりだが満足げに二人の踊りを眺めている講師二人に怒りが向いてしまう。
彼は退屈しのぎのためだけに私とジュリアンの時間を奪い取ったと言うの~?
サラサは舞踏会の帰りに出会ってしまった自分の不運を心の中で恨む。サラサ自身トラブルを呼んでしまう体質であることを重々自覚していたのだが、こうも防ぎようのないものばかりだと嘆きたくもなるものだ。
「言いたいことがあるなら何でも言うがよい」
回転してこの部屋にいる他の二人から死角になったところで、ソージュケル王子はあの甲に口づけするときに見せたような邪悪な笑みをサラサに見せる。
「・・・なぜわたくしなのでしょうか?自分で言うのもなんですけれどわたくしの評判は最悪ですわよ?」
サラサは表情を変えずに端的にそう訊ねることにした。王子と違って講師に丸見えだからだ。
「それを聞いて余計にそなたに会ってみる気になったが?なんでもあの愁いの騎士を弄んでいるとか言う話はおもしろかった」
愁いの騎士と言われて一瞬だれだか分からなくなったが、幼馴染みのディランがそう呼ばれているのを思い出す。どこが愁いなのかさっぱり分からないが、特に女性の間ではそういうあだ名がついているらしい。
「ただの幼馴染みにすぎませんわ」
遊ばれているのは自分のほうだと言いたいのを、サラサはぐっと抑えてそう言う。それに対して、王子は無邪気な笑顔に変えながらも、口調は今まで通りサラサに耳打ちしてくる。おどりながら回転したので、今度はサラサが死角になったからだ。
本当にこの王子は器用だわ。
サラサは死角になりながらも表情は変えることはしない。いつ回転するかわからないし、王子のように瞬時に変えるほど高度な技術がない。
「この前見たときは少なくてもディラン・ウイデリーは違う感じだったがな」
気のせいだと言うべきか迷うが、サラサのことになると過剰に反応するディランの姿を見ていたのなら何を言っても嘘に聞こえてしまうだろう。サラサが黙っていると王子はほんのわずかに口元に笑みを浮かべながら、話を続けてきた。
「まあ彼のことは別に興味はない。それよりも噂と違いそうなレッドスターの本性を知りたいと思いついただけだ」
サラサは自分が彼の本性を本能的に感じ取ったように、王子もサラサの仮面を容易くみやぶっていることを悟る。と、同時に天敵の猫に見つかってしまったようなネズミの気分になる。
この王子、デビューもまだの子供のくせにお兄様やディランと同じぐらい本性が真っ黒だわ。外見が優しげで清々しい印象なだけにたちが悪すぎる・・・。
サラサはすくなくてもこの一カ月の間は絶対、彼から逃れられないであろう自分の宿命を予感せずにはいられない。
だが、一ヶ月だけでなく長い間、それが続くとまでは彼女は知る由もなかった。
14歳なのに偉そう・・・。書いてからそう思っちゃいました。王子だし、まぁいっかw