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8.逃れられないお願い

 王妃が近づいてくる少年の姿を見つけると、わずかに眉をひそめながらしばらくその姿を見続けていた。そして声が充分聞えるほどに近づいたところで、一転して満面の笑顔になって優しげな口調で彼に声をかける。


「まぁ、ソージュ。今日は随分早い到着ですわね。いつもはこちらから誘ってもほとんど姿を見せていただけないのに」


 その声も表情も随分と優しくて、今までサラサと対面していたような表面的なものは存在しない。それだけに本当に王妃がこの王子のことを愛おしく思っていることがわかった。

 うん。自分にとってのジュリアンと一緒で、王妃もソージュケル王子が大切なのね。思っていたとおりだわ。

 サラサは立ったまま心の中でなんども頷いていた。表面上は軽く口元に仮面の笑みを浮かべているに過ぎないが。

 そんなサラサには眼にも止めずに、ソージュケル王子は一番奥の王妃のそばまで優雅に歩み寄って座っている王妃の片手を取り、軽く唇を寄せる。


「今日はなんとか母上と、楽しく過ごせれる時間を作ることができました。それは今日のこの時間に開催してくれた母上のおかげでございます」


 王子の挨拶に本当に気をよくしたようで、嬉しそうに王子に微笑を返していた。


「あなたは本当に多忙ですものね。今日来てくれただけで私はうれしいですよ。こちらはあなたがぜひ会いたいと言ってたアルンバルト公爵家のサラサ嬢ですよ。彼女で間違いないですか?」


 ゆっくりとサラサのほうに視線を移しながら王妃が王子に訊ねている。二人ともがこちらを見ている。別々に見ているときはそれほど思わなかったけれど、こうしてみると色彩だけでなく顔の形もよく似ている。

 王子は大げさなほど大きく頷き、今度はサラサのほうに近づいて挨拶をするために彼女の手をとる。


「この前は怪我の手当てをしていただき、本当にありがとうございました。貴女の姿が忘れられずにこうして母に我がままを言って、この場を設けてもらったのです」


 頬を赤く染めながら純粋な眼差しを向けて、ゆっくりとサラサの手の甲に唇を寄せてくる。

 しかし、一瞬だったのにサラサは見逃すことができなかった。唇をつけた後にサラサの瞳をくる眼差しが玩具を見つけたように楽しげで、甲に付けている唇が面白そうに口元を上げているのをである。

 サラサの中で確信にも似た危険信号が頭に響き渡る。

 やはりこの王子は相当な猫かぶりだ。実の母の前ですら大きな猫をかぶっている。

 ぞっと身体を震わせそうになるのを必死に抑えながら、頭をさげて挨拶をする。


「こちらこそ、王子とは露知らずにご無礼な態度をとってしまい申し訳ございません。大したこともしておりませんのにこのような名誉ある席に呼んでいただき、誠に恐縮でございます」


 余計な迷惑という本音を覆い隠すように、令嬢としては申し分ないであろう挨拶をかえす。


「まあ。あなたは王子とわからずにこの子に接していたのですか?」


 王妃は私の言葉に驚きを隠さずにそう聞いてくる。その表情はとても優しげだが、眼は疑惑一杯の眼差しだ。

『王子と分かっていながら近づくために、わざとらしく手当てをした女狐め』と眼が語っている。

 この方は感情を隠す気あるのかしらと、サラサは思わず考えてしまう。

 自分がそういうことにかなり鋭いという自覚はあるけれど、ここまであからさまだと自分以外でもわかることだろう。それは上級のそれもこの国で一番位の高い王妃として、決してよいことではないだろう。そういえば、この王妃は隣の国から嫁いできたもと王女であった。もともと位が王族だったために、そんなに腹芸まで必要なかったのかもしれない。なぜなら誕生してから今まですべての者が彼女に合わせていただろうから。

 ああ。正直敵意むき出しの彼女にこれ以上関わりたくない。それ以上に息子である目の前の王子にはもっと関わりたくないが・・・。


「はい。お互い名乗らずにいたものですから・・・。ソージュケル王子様がわたくしのことを分かられたのにも本当に驚いております」


 間違ったことは一つも言っていない。

 サラサは座る許可を頂いていないために席の前に座ったままだ。だから王妃を上から見下ろさないために頭を下げながらそう言う。

 それに対して、王子は席に座るように手でサラサを促しながら、彼女にあくまでも無邪気そうな笑顔で力強く言ってくる。さきほどの邪悪な笑顔をみなければ、それが仮面を被っているとまったく判らなさそうなほど見事な豹変ぶりだ。


「そなたのような美しい方を忘れるはずもあるまい。我が国の秘宝の一つのレッドスターと名高い、アルンバルト公爵家のサラサ嬢であると周りの全ての者がすぐに答えたからね」


 ああ。こんなところでもこの派手で怖い容貌が仇になるなんて・・・。

 ディランにもすぐばれると言われていたけれど、嫌いな自分の外見を恨みたくなる。べつに自分の顔が整っていないとは思っていないし、そのことは大いに感謝している。しかし、ここまで周りに誤解をふりまくような、きつい顔立ちでなくてもよかったのではないかと思ってしまう。 

 うらみます。アルンバルト公爵家の血筋。


「さすがですね、ソージュ。些細な恩であってもきちんと礼の心を持って、相手を探し出してまで感謝を述べるなんて。王族として見事な姿勢ですわ」


 王妃が息子を誇らしげに褒めている。その言葉にサラサに対しての棘も決して忘れない。

 些細なことで王族に恩を売るなと暗に言っているのだ。

 サラサがいい迷惑だと思っているなど、微塵にも判ってないのだろう。


「いえ、母上。期待していただいて申し訳ないですけど、私はそれほど出来た者ではないですよ。ただ、純粋に彼女のもう一度お会いしたくて、感謝を口実に母上にこの場を設けていただいたのですから」

「そうですか。たしかに秘宝などと言われるだけあって、サラサ嬢の美しさはすばらしい物ですものね。サラサ嬢、どうぞ我が息子と仲良くしてあげてくださいね」


 王妃は息子の言葉を聞いてサラサに微笑みかけた。しかし扇で押さえられている口元はかすかにひくついたままである。息子が面と向かって仲良くしたいと言っているのを彼女はいくら不本意でも、本人を目の前にして断ることができないようだ。


「身に余る光栄でございます」


 サラサは頭を下げながら短くそう言う。色々と言うべきかとおもったけれど、言えば言うほど王妃の機嫌を損ねてしまうことを悟っていたからだ。


「母上。せっかくこうして出会うことができたのです。ひとつ彼女に我がままをお願いしたいことがあるのですが、してもよろしいでしょうか?」


 これ以上に何を言うのだ、この少年は。サラサは死刑宣告を待つように、内心の動揺を必死に隠しながら次の言葉を待つ。


「それは何ですか?」


 王妃もわざとらしくゆっくりと王子に問う。内心では聞きたくないのだろう。

 だが、そんな二人の気持ちなどまったく気に掛けることなく王子は落ち着いた口調で爆弾を落とした。


「サラサ嬢に舞踏の練習のパートナーをお願いしたいのです」


 サラサは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 ダンスの練習のパートナー?

 王子はあくまでも王妃に眼を向けて説明を続ける。


「私も来月には15になり社交界に正式に、デビューすることになります。ですが私はいまひとつ舞踏に自信がありません。もちろん、先生方はすばらしい指導をしてくださります。しかし、社交界をよくご存知な令嬢相手に踊ったこともございません。だから彼女にそれをお願いしたいのです」


 なぜだれでも手を挙げるような申し出をよりにもよって私にしてくるのかしらと、サラサは頭をひねってしまう。

 王妃も同様でその疑問を口にしようとしたのだが


「判っております。母上を始め、彼女以外にもすばらしい舞踏をたしなむ令嬢やご夫人方は数多くいらっしゃるでしょう。ですからこれは本当に私の我がままなのです。サラサ嬢にお会いするまでは、母上に良き相手を紹介していただく予定でした。ですが、こうして縁ができたのであればぜひお願いしてみたいと思いまして」


 自慢の息子が頬を赤らめながら言う言葉に、王妃は貴婦人の仮面を一瞬だが脱いでしまう。

 サラサのほうを思いっきり眉をゆがめて険悪な表情で睨みつけたのだ。サラサはなんとか王妃のその表情に気が付かない振りをする。こうすることが一番無難に済むことを知っていた。

 王子の演技はまるで初恋をしてしまった純朴な少年のようである。

 本当に何を考えてこんなことをするのかサラサにはまったく見当もつかない。

 いくら些細な恩であっても仇で返すなんてひどいと思います。

 心の中でサラサは泣きそうになる。

 これでもともと無いに等しかった女性社会での地位は、地を這うぐらいに急落したのは確実である。

 王妃にここまで嫌われてしまったのだ。当然そうなるだろう。まあそんなものに未練もないけれど。


「そうですか。でもサラサ嬢はどうなのでしょう?この前の舞踏会も本当に久々だったようですし、何かと多忙そうですから」


 王妃はサラサにそう尋ねてくる。その眼は『断れ!』と大きく書いてある。

 サラサも断る口実を探そうと必死に探す。しかし、その前に王子がサラサに熱いまなざしを向けてお願いしてくる。


「そなたの都合があるのはわかっている。だが、ぜひ引き受けてほしいのだ。週1回でも構わない。なんなら貴女の屋敷まで足を運んでもいい」


 王子自らここまで乞われている状態で、一端の貴族令嬢が断ることが出来るわけがない。

 こうしてサラサは王妃に睨まれたまま、王子の要望に表面上は快く引き受けることとなった。


                    

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