4.お節介は身を滅ぼします。
「さて、サラサ。僕は今から馬車の手配をしてくるけどここで待ってられる?」
舞踏会会場から出て、宮廷の出口近くの廊下でわざわざディランは聞いてくる。
あえて会場から出口への道をはずして、入り組んで誰もいないこの場所を彼が選んだことをサラサは分かっていた。
ディラン的には余計な虫がサラサに近寄らせないためだ。サラサとしてもこれ以上トラブルに巻き込まれるのは勘弁願いたいので、異論することなく素直に頷く。
「すぐに戻ってくるから大人しくまっていてね」
そう言うと、従者の詰め所がある方向に彼は向かっていった。
のちにディランはここにサラサを置いて行った自分に対して深く後悔するのだが、この時は最善の虫対策だと疑わずにいた。
これで帰れる!それに一度こうして参加したんだから、しばらくは厄介な舞踏会やらパーティーを欠席してもお父様もお兄様も許してくれるはずだ。
サラサはそんなことを考えながら思わず緩んでしまった口元を扇で隠す。
その時だった。
ガサッ。
舞踏会の耳障りな・・・もとい、優雅な音楽も聞こえず静かだったこの場に突如起きた音。サラサは思わず反応して身を強張らせる。
な、なに?
ゆっくりと音の鳴る方を振りかえる。だが、その方向にあるのは生い茂った庭園の草木しかない。
ガサガサッ。
気のせいだと期待したサラサをあざ笑うかのように今度は長めに音がする。
動物かしら?
そう思って音の鳴る方の草を軽くかき分ける。そこは軽くかき分けることができ、小さな通り穴になっていた。
これは、自然にできた道ではなくだれかが人工的につくった隠れ道だわ。
サラサは好奇心からそこを通りたい気持ちになるが、軽装をしているならともかくひらひらのボリュームたっぷりのドレスを来てこんな穴に入れるわけがない。
でも、どんな感じなのかだけは見たくてその穴に軽く頭を突っ込んだ。
「え!」
思いがけないモノを見てしまって瞬時に頭を引っ込める。
「ばれてしまいましたか。申し訳ございません、レディ」
そう言いながらその草木の穴から見てしまったモノが出てくる。
そこに居たのは10代半ばぐらいの金色の髪の少年であった。美しい金色の髪は襟足辺りで真っ直ぐに切りそろえられた髪型をしている。服装はずいぶん軽装でそれこそ平民のようなカッコをしているが、サラサは貴族の子であることを見抜いていた。
「い、いえ。わたくしのほうこそいきなり顔を出してしまってすみません」
人がいるとは思わなかったからの行動であって、いきなり草の間に頭を突っ込むのは上級階級の令嬢として決して褒められた行動ではないし、普通ならしないだろう。とは言ってもサラサの場合、10回同じ場面があったとしたら10回とも同じ行動を取っているが。
それでも表面上は謝罪の言葉を発する。
「このような場所で如何なされましたか?舞踏会への道に迷われましたか?」
それはこちらのセリフだと内心で思う。ずっとその場にいたのであればディランとの会話も聞いているだろうから、こちらがここにいる理由など分かり切ったものだろう。
それなのに、目の前の少年はあえて聞いてくるのだ。その真意はなにか。少し考えてすぐに思いつく。
彼がここにいる訳や素性をこちらから聞かないように先手を打っているのだ。
こんな社交界にもデビューしてないような少年がそういう言葉の攻防を行っていることに、彼の取り巻く環境が普通でないように感じる。
・・・・詮索はやめておきましょう。触らぬ神にたたり無しですわ。
サラサは目の前の少年のグリーンにもブラウンにも見えるヘーゼルの大きな瞳を見ながらそう決意した。とても礼儀正しい言葉とあどけない表情をしていながら、その瞳はまったく笑っていない。
社交界で親しくない者に接する兄さまと同じ感じだ。
それだけにこの少年の油断ならない内面を瞬時に悟ったのだ。事なかれ主義であるサラサには危険予測の能力が備わっていた。
だから、あえて何もわかっていない令嬢を装い聞かれるがままにこたえる。
「いえ。もうお暇させていただこうと馬車を待っているところですわ。わたくし、人が多いところは苦手ですのでこの静かな廊下で待たせて頂いているのです」
「それは失礼いたしました。私はすぐにこの場から退散いたしますので、せっかくの出会いということで挨拶だけさせてください」
そう言ってサラサの手をとり軽く唇を寄せる。うまい対処方法だ。そう思って甘んじて受けていたが、サラサは彼の手の甲に一本の切り傷があるのを見てしまった。
引っ込めようとしていた彼の手を思わず手に取って、その傷をじっくり見る。
思ったより傷は深そうで血がにじんでる。おそらく隠れていた木に引っ掛かってしまったのだろう。本当は水で消毒して薬を塗りたいのだけど、生憎ここにはない。
胸もとに隠していたレースのハンカチを取り出してすばやく結ぶ。
うん。これなら部屋に戻るまでは大丈夫かな?
その出来栄えになんとか自分の中で及第点を与えながら顔を上げると、あっけに取られたという感じで少年はこちらを見ている。
あ、つい手を出してしまった。でもこんな傷は見過ごせないわ。
自分の性分を思い出しながら心の中でため息を吐く。外見から想像もつかないが、サラサは生粋の世話焼きである。だからこそ、母親のいない甥を自分の子のように可愛がっているのだ。そんな彼女が自分より若い少年の傷を見てしまって放置しておくことなど不可能だ。
「このような小さな傷であっても化膿して大変なことになる場合がございます。ですからお早い目にご自分の部屋にお戻りになって手当てをしてくださいね」
サラサはそう言うと少年の手を離そうとするが、逆に逃がさないとばかりに少年のほうからサラサの手を握ってきた。
「失礼ですが、貴女は私をご存じなのですか?」
少年のほうからそう言われて自分の失言に気がつく。
彼の素性を悟っていることを暗に言ってしまっていた。この王宮に部屋があるということは王族でしかない。私の推測通りなら彼は王族だ。いまこの年齢の王族と言えば一人しかいない。
ああ・・。やってしまった。
せっかく知らないふりして関わらないようにしようと思っていたのに。
だから最後の悪あがきだと知りながらこう提案する。
「お互いに知らない者同士というほうがよろしいかと。このような場所でお会いできたことを私は決して他言いたしませんので」
王子である彼がここで身を潜めているのには訳があるのだろう。
理由などは知りたくもないので想像もしないけど。
だからこそ、私は見なかったことにすると言う意味でそう告げた。だが、彼の反応は期待を裏切るものだった。一瞬で彼のもつ雰囲気がかわる。
「ありがとう。そなたのような令嬢もいるんだな。名前を知りたいが、そなたが俺を悟ってくれたように俺もそなたの名前を自分で見つけるとしよう」
思わず、そんな必要ありませんと言いそうになって寸で思いとどまる。
もうすでにただの貴公子の仮面を外してしまっていて口調が王族のものになっている。表情も面白いモノをみつけたと言う感じでものすごく楽しそうだ。どこか私をかまい倒す幼馴染みに通じるものがある。
やっぱりこの王子、本性が兄さまやディランと同類で性悪だ。さきほどの仮面はあどけない純真な少年だったのに・・・。
やばい。
身の危険を感じて思わず身体をびくっと震わせる。
それに対して少年はより一層口元を上げて笑みを深める。だが、その笑みはサラサには悪魔の微笑みにしか見えない。
「一見で俺の素性と性格を見破るとはおもしろい。まあ、楽しみに待っていろ」
そう言うと先ほどとは比べ物にならないほど強引にサラサの手を引き、もう一度手の甲に口づけをする。
ま、待ってろってなにをですか!?
そう聞こう顔をあげた時には、少年はサラサに背を向けてディランが消えた方向と逆へ歩いて去って行った。
いやぁ~。
心の中でだけサラサはしばらく悲鳴をあげていた。
王子の名前出しそこないました。まあどこかで出るでしょうから気長にまってくださいな。まだ考えてなかったりして・・・。