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27.笑顔という武器

久々の更新ですみません。少し短いです。

 ああ。いつも以上に何やら視線を感じるわ。


 サラサは扇で少し口元を隠しながら、小さなため息をついた。

 フローレ王女の家庭教師を引き受けたモノの正式な依頼が当主であるガイヤまで届いていないために、まだ一度も実現していない。

 そうしているうちに、ソージュケル王子のお披露目の夜会の日が来てしまった。

 もちろん欠席するわけにもいかずに、ガイヤと共に馬車に乗り彼にエスコートされながら会場に入った瞬間、無数の視線がサラサの肌に刺さった。

 今までの社交の場でも、色々な種類の視線を受けていた。

 男性からは傾慕や称賛、憧憬の視線、女性からは反感、軽蔑、警戒、羨望の視線。

 見事に性別で分かれている視線の種類。

 その中で、前回よりきつく感じるのは女性からの反感、軽蔑の視線である。

 その理由をサラサはするどく読み取っていた。


 王妃様ね・・・。


 あのお茶会の一件でやはり社交界の女性たちにいろいろと告げられてしまったようだ。


 優秀な第二後継者のソージュケル王子に近づいて、色目を使っている悪女とか言われているかしら・・・。ますます女のお友達作れないわね。


 ほぼ諦めの境地に達しているものの、やはり友達がほしいサラサにとってはこの謂れのない悪評は悲しいものである。


 そんな噂に惑わされるようなお友達は別に必要ないですわ。わたしにはジュリアンがいるんだから。


 と、自分で自分をなぐさめてから強く感じる視線の元に顔をゆっくりと向ける。

 視線を合わせてしまった数人の妙齢な婦人方が、遠目でもわかるほどビクンっと身体を震わせた。

 わずかだけ顔を傾けてそちらに微笑む。

 彼女たちから一切視線を外さずに凝視しながらだ。

 すると、彼女たちは顔を真っ青にさせ慌てて扇で顔を隠したり、下向いたり、こちらに背を向けたりしてしまった。


 ガイヤの腕に手を添えていると彼はある方向へエスコートしてきた。

 その方向には幼馴染みであるディランの姿がある。

 長いストレートの銀色の髪を珍しく横に編みこんでいる。瞳の色である青より濃い紺の首の詰まった騎士の正装を着ていて、いつも以上に周りの女性たちの視線を独り占めにしていた。


 えっ。お兄様。いきなりディランのところにいくのですか・・・。こ、心の準備が・・・。


 サラサは心の中ではいつになくあせりを見せていたが、隣のエスコートの邪魔をするわけにもいかずに促がされるまま足をすすめる。

 ディランもこちらに気が付いており、楽しそうな目つきでその場で待っていた。


「サラサ。今宵は一段と美しい姿だね。そのドレスは斬新的だけどサラサの魅力をこれでもかと引き立ててくれているね」


 ディランはそう言うとガイヤと腕を組んだままのサラサの前ですっと腰をおろす。サラサはマナーである左手をそっとディランの前に出すと、ディランはその手の項にそっと唇をよせた。

 こういう場での挨拶なので、一瞬で終わる。

 その隣で、ガイヤもディランの隣にいた貴婦人に同じように挨拶をしていた。サラサは今まで死角で見えなかったために、その時はじめてその彼女がよく知っている人物であることに気がついた。


「お久しぶりでございます、ウイデリー公爵夫人。今宵、貴女の麗しいお姿を見ることができるとは思ってもいませんでした。お体の調子はもうよろしいのですか?」


 銀色の髪を美しく編みアップしている妙齢の美女が、ガイヤに手を取られながら小さく笑みを浮かべている。

 その笑みも髪質も隣のディランのものにそっくりである。いや、彼女がディランに酷似しているのでなくディランが産みの親である彼女に酷似しているのだ。

 切れ長の目じりには年波のせいで数本の皺が寄っているが、それでも50歳間近とは思えない色気と体型を維持している。

 ガイヤがそう声かけたように、昔は社交界の華とまで言われていた彼女は、最近はめっきり社交界に姿を現すことがなくなっていた。

 ここ3年ほど体調を崩され別荘で静養されていたからだ。そして2ヶ月前ほどに王都に戻ってきた。


「本当にお久しぶりですわね、アルンバルト公爵様。いつまでも屋敷で籠っておくほうが健康に悪いですからね。ディランとともに参加してみたのですわ」


 ウイデリー公爵夫人は小さな笑い声を含ませながらそう言う。

 サラサにとって数少ない交友ある同性で、幼いころから可愛がってもらっていた彼女と思いがけない場所で会うことができて心の中で喜びが広がる。


「イルージュ様。お久しぶりでございます」

「サラサちゃん。本当に美しくなったわね。幼いころからとっても可愛らしかったけど、今は本当に大きな薔薇が咲いたような美しさだわ。レッドスターの名が本当にピッタリね。お見舞いに来てくれたときもそう思ったけれど、やはりドレスアップしたらもっとそれを感じるわ」

「イルおばさま・・・」


 手放しに褒められて恥ずかしさに、サラサは思わず幼い時からの呼び名を口にしてしまう。

 それに気がついて慌てて扇で口を隠した。

 こういう場では常に緊張して笑顔の仮面をかぶっているのに、懐かしく大好きな公爵夫人の顔を見てそれがはがれてしまったのだ。


「すみません、ついうれしくて。こうした場に戻ってこれるほど回復されたのですね」

「ありがとう。こうして戻ってきたからには安心してね」


 ウイデリー公爵夫人は前以上に優しい笑顔でサラサに向かってそう言い切ってくれた。その瞳はやる気に満ち溢れていて生気を強く感じる。

 サラサはなにを安心するのか分からなかったけれど、たしかに悪意ばかり向けてくるこの場でこの人の存在はとてもありがたかった。それにこの人が本当に健康になって戻ってきてくれたことを実感できた。

 いつもの社交界特製の仮面をすっぱり脱ぎ捨てて楽しそうに微笑むサラサを見ながら、周りにいる者はそれぞれ色々な思いを抱えていた。



 まぁ・・・。本当に可愛らしい。どうしてこんな可愛い子が悪女だなんて言われるのかしら。わたくしが来たからにはこれからはそんな謂れもない評判を崩してあげるわ。たとえ王妃様が敵でもね。


 色々と聞いてくるサラサに笑顔で答えながら、内心で強く決心していたのは現ウイデリー公爵当主の妻であるイルージュ・ウイデリー。


 これは、対策を練り直さないといけませんね。夫人の存在はとてもありがたいけれど、それに伴ってサラサの危機感が大いに減っています。あれほど警戒を解かないようにと言ったはずなのに。


 終始微笑みを浮かべていながら、心の中で激しく頭を抱えているのは兄のガイヤ。


 

 ああっ!そんな可愛い顔をしたらダメじゃないか!いつもの隙のない笑顔に戻さないと。母上と会ったからってそこまで豹変したら本気で君を狙ってくる奴が増えてしまうぞ。今でさえ、牽制や恋敵を潰すのに手を焼いているのに。


 動揺しながらも、できるかぎりサラサの笑顔を身で隠そうとしているのは幼馴染みのディラン。


 そしてそんな三人の身体の隙間から偶然にも、サラサの満開の笑顔を見た令嬢は信じられないモノを見たかのように無作法にも口を開けたまま立ちすくんでいた。


 同じく目撃してしまった年配の男性数人も、まるで魂が抜かれたようにその場で硬直していた。





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