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26.え?本気で?

 ちくちくちく・・・・。


 時計の時間を刻む音がひどく大きく聞こえてくる。


 ちくちくちく・・・。


 どうしたのかしら・・・。どうしてお兄様は窓を眺めたまま何もおっしゃらないの・・・。逆にこの沈黙がおそろしいですわ。


 サラサは殿下一行が帰りガイヤの執務室に強制連行されてから、いろいろと問い詰められるだろうと推測していた。しかしそれを裏切って、兄は何一つ言葉を発しない。

 サラサには手振りで長椅子に座るように指示をして、自分も椅子に腰かけたまま窓を眺めている。

 さきほど身の危険を感じるほどの不穏さはすっかり身を潜めてはいるが、機嫌の悪さは相変わらずでサラサに見せる横顔の眉間はひどく皺が寄っていた。


 何もお話しがないのなら、部屋に戻ってもいいかしら・・・。でも、声かけることすらできない雰囲気だわ。


 ため息をつきたくても、この緊張漂う場の雰囲気を崩壊しそうで出来ない。まるで獣から身を隠すように息すら潜めて兄の様子を窺っていた。

 そこに観察対象の口がおもむろに言葉を発する。


「サラサ」

「はい!」


 兄に呼ばれてサラサは思わず背筋をピンっとのばして大きく返事した。


「ディランと婚約しますか?」


 え?


 予期しないことをいきなり言われて思わず頭が真っ白になる。

 兄からディランが何を言っても気にしないようにと言われることはあっても、それと真逆の求婚を受け入れるよう助言されたことは今まで皆無である。

 だから思わず本気で驚き、兄の顔をじっと凝視してしまった。


「サラサ、今何歳になりましたか?」

「17でございます」


 分かっているだろう年を聞かれて、嫌な予感が走る。ガイヤは予想通りの言葉をつづけた。


「この国の結婚適齢期は16から19までです。今までは黙っていましたがそろそろ本格的に嫁ぎ先を考えなければいけません」


 やはり、その話題である。

 ジュリアンのことをあげて断ろうとサラサが口を開いたが、先に先手を打たれてしまった。


「今までジュリアンのことでサラサに負担をかけてしまってすみません。正直、セイラが亡くなってサラサが母親代わりを務めてくれたおかげで、ジュリアンも寂しい思いをせずに済みました。ですが、このままではサラサの適齢期が過ぎてしまいます。もう2歳になりましたし、ナンシーたちもよくやってくれているのでジュリアンから解放されるべきです」


 ああ。とうとうこの発言をされてしまった。

 サラサは常日頃、ガイヤの口からこのお役御免の言葉が出るのを恐れていた。当主でジュリアンの父であるガイヤからそう言われてしまうと受け入れるのが筋だからだ。

 それでもサラサにはガイヤの言うとおりにはできない理由があった。


「お兄様。わたしが結婚について真剣に考えないのは何もジュリアンの為だけではございません。わたしの力のせいです」


 あえて加護者であるとは言わない。だれかに聞かれる危険があるし、言わなくてもガイヤには通じているからだ。

 加護のことをキラから教えてもらった時のことを思い出した。






 キラに会うたびに加護を解いて欲しい頼んでいる。しかし、キラはまったくその意向を聞きいれてくれない。あまりにも聞いてくれないのでその理由を聞くと相変わらず楽しそうにそれを教えてくれた。


『俺が解いてもビュアスかハヤトあたりが率先して加護を与えにくるぞ』


 ビュアスとは愛の女神でハヤトとは守護の女神である。


『サラサは生まれつき神に愛されやすい人間なんだよ。ごく稀にそういう人間が生まれてくる。大抵その人間は何かしらの加護者になっているんだ。現にビュアスはサラサに眼を付けていて15になったら加護しようとしてたしな』


 初耳であることを聞いてサラサは驚きを隠せず、ただただ目の前の男神を見上げることしかできなかった。 


『風の加護よりはビュアス様の加護のほうが・・・』


 思わずサラサは不遜にもそうつぶやいてしまった。風よりは愛の方が無難な気がしたからだ。しかし、キラは小さく微笑みを口元に浮かべて爆弾発言をする。


『傾国の女になりたい?ビュアスの加護は強烈だから間違いなく国中・・・いや世界中の男から求婚される羽目になるぞ。ついでに言っとくがハヤトの加護だと間違いなく、国の守り巫女として奉られる羽目になるな』


 だから一番無難なのは俺の風の加護なんだよ。


 あえて口に出さないがそう言う言葉が聞こえそうな口調。

 サラサはキラにそこまで言われて、10回目の返却願いはきれいさっぱりと却下されたのである。






「嫁いだ後ではその者に迷惑をかける羽目になるでしょう」

「だからこそ、力を知っているディランのところにすればと思いますが?」


 サラサの言葉にガイヤはもっともな意見を出してくる。

 たしかにディランは知っている。それでも頻繁に求婚してきてくれている。

 しかし、サラサはその言葉をこれっぽっちも本気だと受け止めてなかった。


「お兄様。ディランの御冗談を本気で受け止めないでください」


 小さく微笑みながらそういうサラサに、ガイヤは愕然としてしまう。いかなるときも冷静で恵敏な判断を下すと評判なアルンバルト現公爵には珍しく、思わず聞き返してしまう。


「はい?」 


 そう聞くガイヤの表情は眼を丸くし、信じられないモノを見るような目つきでサラサを見ている。

 サラサは見たこともないほど面を食らっている兄の表情に戸惑いを見せる。


「ディランのあれはただの冗談ですわ。わたしのこと妹のように思ってくれているから、牽制の意味で人前ででも口説くようなことを言っているのでしょう?」


 サラサがそう言うとガイヤはより一層虚をつかれたような表情を深める。

 数瞬の間、ガイアはサラサを何も言わずに凝視していた。だが、すぐにガイヤがそばにいるサラサにも聞こえないほどの声でぶつぶつ呟いている。


「まさか、本気で・・・・。ここま・・・・・ディランが哀れすぎ・・・。いや・・・洗脳・・・・私が悪いのか・・・」

「お兄様?」


 ガイヤが顔を青ざめながら呟く声が聞きとれなくて、サラサは聞き返す。すると、ガイヤはハッと我に返ってサラサを振り返って、一つ大きなため息をついて慎重に口を開いた。


「サラサ。ディランは本気ですよ」

「え・・・」


 今度はサラサのほうが眼を丸くしてガイヤを見上げた。兄の顔は先ほどと違って冷静でひどく真剣だ。


「まさか・・・。だってお兄様が聞き流したらいいと・・・・」

「サラサが幼かったので気にしないようにと、私が言っていたのが悪かったのですね。でも、彼は昔から真剣にサラサに求婚しているのですよ」


 サラサにとっては寝耳に水な事をいきなり聞かされて頭が真っ白になる。


 ディランが本気?


 ありえないと思いたい。だが、兄の真剣な表情がそれが真実であると何よりも物語っている。

 サラサとしてもディランの求婚に対して本気なのかなと考えることも多かった。しかし、サラサ自身が今の関係でいることを無意識に望んでいたのだ。だからあえて深く考えることもなかった。だが、兄からこう告げられてしまうと今までのように逃げている訳にはいかない。

 それでもいますぐにそれについて、ガイヤに告げることができることは何一つなかった。

 いままで考えることすら避けていた内容をいきなり目の前に突きつけられても、どう処理したらいいか分からないのだ。今ガイヤに告げれるとしたら保留にしてほしいという旨だけである。

 その内容すら言葉を口にできないサラサの心情を、長い付き合いのある兄はきちんと察していてぽんっとサラサの頭に手を置いて、軽く撫でる。


「今すぐに返事はいりません。ですがそろそろ本気で彼の気持ちを受け止めてあげなさい。いつまでもこのままだとあまりにもディランにとって酷ですから。焦る必要はありませんが、ソージュケル殿下とフローレ王女のことがあります。もし受け入れる気持ちになるのでしたら、彼らから遠ざかる最適の理由になるでしょう。ですが、無理して受け入れようとしないでください。サラサにはきちんと気持ちを持って、この公爵家から嫁いでいってほしいですから」


 本来なら当主として婚約することを命じるのもガイヤには可能である。そもそも勝手に嫁ぎ先を見つけて、顔もろくにしらないまま嫁がされることもあり得ない話ではない。

 それなのにサラサの意思を尊重してくれる兄の優しさに、おのずと感謝の気持ちがわいてくる。


「ありがとうございます。ディランのことは少し真剣に考えてみます。あ・・・・あと、先ほどはジュリアンを同席したり、勝手にフローレ様のお相手をお受けしたりして申し訳ございません」


 サラサはお礼と共に先手必勝とばかりに、先ほどのことの失態をわびることにした。するとガイヤは思い出したかのように大きなため息をついてから、一気に不機嫌な表情になった。


「まったくです。いくら殿下たちがあれほど早く姿を見せたからと言ってあの失態はだめでしょう。よりにもよってジュリアンを同席させるなど何を考えているのですか?あまりにも無礼に値します。それに、調子に乗って歌まで歌うなんて。私とディランが何のためにあの悪い評判を消さずに、そのままにしているのか分かっていますか?サラサとしても例の件を公にしたくないでしょう。それなのにフローレ王女の教育係を受けるなど・・・。貴女は認識が甘すぎます。そもそも・・・」


 ガイヤはサラサが口をはさむ隙もあたえずに、長々と説教をし始める。

 墓穴を掘ったサラサは結局のところ、予測通り夕餉すらガイヤの執務室でとらされる。楽しいはず夕餉の間もガイヤの説教が続き、ひどく味気ないものになった。

 そしてガイヤの執務室から解放され慌ててジュリアンの部屋に行くと、部屋の主はもうすでにベッドの中で夢の住人になっていた。サラサは疲労困憊になった自分の心を癒すためにそのベッドに近づく。

 起こさないように気配りしながらもその無邪気な寝顔に頬を寄せる。


 いろいろと考えなくてはいけないことはわかっています。でも、今日だけは許して。お兄様のお小言でもう頭が動かないの。


 サラサは頭の中なのに必死に言い訳を考えつつ、ジュリアンの寝顔を長い間眺めて癒されていた。

 サラサが予定より天然鈍感娘になってしまいました・・・。


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