24.わたくしでよろしければ、ぜひ!(上)
ガイヤは殿下の座っている席に近づくと、洗練された動きで頭をさげる。
「本日はサラサの為にはるばる王宮よりお越しいただき、ありがとうございます。当主である私が出迎えできなかった上に、息子までこのように同席するといった、ご迷惑をおかけしてしまいましたことをお詫び申し上げます」
「こちらこそ無作法にも約束より大幅に早くきてしまって申し訳ない。ジュリアンについては楽しいモノをみせてもらって、逆にお礼をいいたいぐらいだから気にしなくていい」
そう言うソージュケルの表情はひどく楽しげである。それに対照的にガイヤは鉄壁の無表情のままである。
あぁ・・・感じ取ってしまう。兄様の底なしの不機嫌。
「そう言って下さると助かります。そろそろ軽いお食事の支度ができております。ジュリアンはまだきちんとお食事をとることはできませんので、この辺りで退場させることをお許しください」
そう言うと、ナンシーに視線だけで合図を送る。ナンシーも心得たもので、ジュリアンに声をかける。
「ジュリアンさま。あちらに大好きなヂュービャをご用意しています。ですから食べに行きましょう」
しかしジュリアンはまだ隣に座るサラサのドレスを必死に掴んでいる。
「うー。あい」
ジュリアンは涙目でサラサを見上げる。先ほどと違って我がまま全開ではなく、行かなくてはいかないことを分かっているようである。しばらくの間、サラサと一緒にいたし歌も歌ったりしたからそれなりに満足したのだろう。
後ろ髪を引かれながらも、ジュリアンはナンシーと手をつないで部屋から出ていった。
ごめんね。終わったらずっと一緒にいましょうね。
サラサは哀愁漂うジュリアンの背中を見ながら、心の中で精一杯謝る。
ジュリアンがいなくなり、サラサは兄に上座を譲ってジュリアンが座っていた席に座りなおした。
「言い遅れてしまってすまない。このたびは大切な妹君の時間を私の練習のために割いてもらっていたのに、こちらの不手際で怪我をさせてしまって本当に申し訳ない。フローレがこうして無事にいれるのは、本当にサラサのおかげだ。お礼と侘びをここで示したい」
そう言うとソージュケルは一つの鎖をテーブルに出してきた。
よくみると、3つほどの宝石がついた銀板のペンダントである。さすがに王族であるソージュケルが持ち出してきただけあって、ぱっと見であってもかなり精細な模様を施された逸品だ。
その宝石は一見琥珀色とエメラルド色とうす紫色なのだが、どれも中央に輝く光が入っている。
これが何かのかサラサは瞬時に悟った。
恵輝石だ。それも3つも。
それがどれほど高価なモノかサラサは分かっている。
隣でガイヤも同じように悟っているようで、サラサが口を開く前にさきに断りを入れる。
「いえ。臣下として当然のことですし、このような大層なモノはいただけません。サラサも大した怪我を負ったわけではないですし、こちらのモノは国家の為にお役立て下さい」
「だが、サラサの持っていた風の恵輝石を使わせてしまったのだ。代わりになるモノを返すのが筋だと考えてくれると嬉しいが。恵輝石はまだあるのだから」
いえいえ。あれはただのフェイクです。ただなのでいりません。
とは、さすがに言えない。
「ソージュケル殿下。じつは、あのペンダントはサラサの母の形見なのです。ですから身につけさせておりました。今回はそのおかげで大惨事になることもなかったのですが、恵輝石はただの貴族の娘が持っておくには過ぎた品物です。ですから今回その力がなくなり、ただの石になったことはこちらにとっても損になることではございません」
ガイヤはゆっくりとそのように説明する。思わずサラサは内心で、兄の詭弁の素晴らしさに舌を巻く。
完璧な言い方だわ。さすが兄さま。これなら説明がつくもの。
「なるほど。そんな大切なモノを使わせてしまったのか。ますます申し訳ない。恵輝石が受け取れないと言うのであればなにか代わりのモノを贈ることにしよう」
「いえ。本当におかまいなしでお願いします」
というか、本当にいりません。何もほしくないです。しいて言うならジュリアンとの穏やかな日々が欲しいです。そのために関わらないようにしてください。
サラサは心の中の叫びを見事に隠して、小さく微笑みながら断りを口にした。
そうしているうちに軽食が開始される。軽食といってもさすがに王族である殿下や王女に、めったなものを出せない。
料理人が腕によりをかけて作った素晴らしいお食事が並んでいる。
さきほどナンシーが言っていたヂュービャも出された。
ヂュービャとはこの領地特産の肉料理である。ひき肉でできていてトマト味なので、2歳のジュリアンは好んでそれをたべている。大人には少しワインを入れて煮たりしているので、とても評判の料理だ。
目の前のフローレも初めてだったようで、最初はおそるおそる口にする。しかし、食べた瞬間に顔が綻びたので口にあったようだ。他の料理より先にそちらを完食される。
お食事を楽しみながら、ヤトレイが話題の一環という感じでガイヤに話かけてきた。
「しかし評判のレッドスターが容姿だけでなく、中身までこのように愛情あふれる方とは正直思いませんでした。本当にすばらしい令嬢ですね」
「いえ。さきほどのように無作法なことをしてしまうほど、世間知らずでお恥ずかしい限りです」
兄は即答をする。その言葉の早さにサラサは喉をつまったような錯覚に陥る。
やはり不機嫌の理由は、ジュリアンと同席させたことのようだ。
殿下が帰ったと同時に倒れるふりをして、部屋に閉じこもろうかしら・・・って通用しないですわね。
「実は王族の教育者を束ねている私から、一つお願いがあるのですが?」
な、なぜかしら。警戒音が頭に鳴り響きますわ・・・。
サラサはヤトレイの次の言葉を警戒心一杯で待つ。
「ぜひサラサ嬢にこちらのフローレ様の教育係を頼みたいのです」
え?わたしがフローレ様の?
サラサは思いもよらない提案に思わずヤトレイを見てしまう。すると、しっかりと視線があって微笑まれる。
どうしてかしら。とっても魅力的な微笑みなのに、サラサにとっては獣を捕獲する網のようにしか見えない。
「それはどのような内容をサラサから学ばれるとおっしゃるのでしょうか?恥ずかしい話、このサラサが王女であられるフローレ様に、教えることができることは何もございませんが」
ガイヤが唐突な提案に対して、冷静にヤトレイに解答を求める。だが、ヤトレイはサラサが恥ずかしくなるほど、盛大に褒めてくれる。
「ご謙遜を。先日の舞踏にしても、作法にしても、貴婦人としてのたち振る舞いも、サラサ嬢以上の令嬢はめったにお会いしたことはないですよ」
さらには今まで静観していたソージュケル殿下まで口を開く。
「だが、そういうのは他の教師でも事足りる。私がサラサにお願いしたのは、一般常識と彼女の息抜きだな。これでも王族の姫として過密スケジュールでそういうものを叩きこまれている。しかし、それはただの知識でしかないからな。なまじ王宮から出ることがないために、さきほどのジュリアンのように自分より小さい子を知らないなどということになる。だから王宮から外に出る口実を与えてほしいのだ。こちらの領地は王宮からそう離れていないのに、自然もあふれているからいい勉強になるだろう」
なるほど。たしかに小さな子を知らないなんて可哀想すぎる。
サラサにしたら殿下とはちがって、フローレ王女とはお近づきになりたいと言う気持ちもあるので、嬉しい申し出である。
でも、わたし自身が王女に好かれていないから無理ですわ・・・。
顔見ただけで逃げられたことを思い出して、そのことが不可能であるとすぐに諦めた。
「こちらとしては出来る限りのことをさせて頂きたいと思いますが、フローレ様には息抜きどころか苦痛の時間になってしまいますわ。先日のようになってしまったのも私がフローレ様に近づこうとしてしまったせいですし・・・」
「違いますわ!前はたしかに、逃げてしまいましたけど、今は・・・・。私はサラサにお願いしたいですわ」
え!こんな可愛らしいフローレ様が、怖がらせてしまう顔をしたこのサラサで良いと言って下さるの?
サラサはフローレの言葉に一瞬、令嬢の仮面を外して、素で驚いた顔を小さな王女に向ける。
フローレは顔を下向けているために表情がわからない。でも、真っ赤になった顔を耳をみれば恥ずかしくて照れているのが一目瞭然だ。
その姿が可愛らしくて、思わず返事を返してしまう。
「わたくしでよろしければ、ぜひ!」
サラサがそう言うと、聞いたこともないようなほど低音なつぶやきがかすかに耳に入る。一瞬幻聴かと思えるほど小さなそれ。
「やられましたね・・」
そのつぶやきは幸いサラサと、つぶやきを発したガイヤにしか聞きとることはできなかった。
小さな子には眼がないサラサ・・・・。次回はガイヤの怒りかな(笑)