18.お兄様に近づくなんて・・・ゆるせませんわ!
だいぶ前に書いてたフローレ王女視点です。私にしたらすこし長いです。二話に分けるには中途半端だったもので・・・。
「許せないですわ!」
この国で2番目に地位の高い女性であるフローレは、侍女から話を聞いて思わずそう叫んでしまった。
自他共に認めるほど二番目の兄が大好きな彼女にとって、その内容は許しがたいものだった。
フローレには二人の兄がいる。一人は13歳年上の王太子。年が離れすぎているし、ほとんど接する機会がないので、フローレにとってはいてもいなくても同じような存在である。
しかし、もう一人の兄は6歳離れていても、彼女のもとに頻繁に姿を見せてくれたり遊んだりしてくれていた。フローレにとって遠い存在である父母や上の兄と違って唯一身近に感じる肉親なのだ。
それに自慢の兄でもある。
侍女や周りのモノからはほとんど全てにおいて王太子である上の兄より、第二王子であるソージュケルのほうが優秀であると聞いたことがある。
だってお兄様だもの。本当に完璧なんだから!
いつもは鼻高々に聞く兄の噂話だが、ここ数日から王宮にかけめくる醜聞とも言えるような噂話に耳を疑った。
大輪の赤薔薇の名前を通称名とする令嬢と、自慢の兄との噂話である。
レッドスターと囁かれる公爵家の1人娘。その美貌であまたの男を虜にして弄んでいると言う。彼女が社交界に出ればその場にいる男性が我先にと彼女の許に集まる。だから常に何人もの男性を侍らかしているそうだ。社交界のみならず公爵家でも、頻繁に様々な男性が求婚と共に訪れている。それどころか、公爵家でも男を侍らかしていると言ううわさまで出ているような令嬢だ。
そんな評判の悪い令嬢が兄の許に頻繁に足を運んでいるという噂だ。
王族の妃を狙っての行動と何人もの令嬢や侍女が教えてくれた。
「そんなの、わたくしが絶対阻止して見せますわ!」
そう意気込んで彼女が今度兄の許に来る情報を探ることにした。
情報を掴んだ彼女は周りの侍女たちをうまく撒いて、待ち伏せする事にした。
王女に有るまじき行動であるという自覚はあるが、今はそれよりも兄に近づく女の化けの皮をはがすことのほうがフローレにとっては大切なのだ。
しばらく小部屋に隠れていると目的である彼女が従者に案内されて近づいてきた。
やったわ!後は彼女を上手くこの部屋に連れてきて、王族らしくきっぱり叱ってあげるんだから!
従者が部屋の前を通り、彼女が部屋の扉のすぐ横を通った瞬間を狙って部屋から出る。
そして彼女のドレスを力いっぱいひっぱった。
う・・・重いわ。この人女性にしては背が高いから中々動かない!
このままでは従者に見つかってしまうと焦っていると、急に重みが無くなりフローレがひっぱるがまま彼女が付いてきた。
部屋にまでひっぱってから扉をしめる。従者が気づいて引き返してくるかもしれないので、しっかり扉の鍵まで施錠する。
よし!作戦成功だわ!
激しく体力を使ったけれど意気揚々と彼女の顔を見上げる。しかし次の瞬間、フローレは文字通り固まってしまった。
母以上に美しい人をみたのは初めてである。それなりに年を重ねている母とは、比べ物にならないほど派手な美貌をしている。いや、同じぐらいの年齢であっても目の前の女性のほうが遥かに美しいだろう。
鋭く切れ長の真紅の瞳はこちらを見て爛々と輝いている。その眼差しの強さに思わず逃げ出したくなるのはどうしてだろう。
足が震えだすのを必死に止めながら気合を入れて、目の前の強すぎる敵を睨みつけた。
負けないんだから!
そう思ってなんとか踏ん張って兄に近づかないようにと忠告した。
しかし、彼女はそれをきっぱりと断る。
「こちらからお断りすることもできません」
フローレはもっと厳しく忠告しようとした途端に、全身に悪寒が走る。
彼女の真っ赤に塗られた大きな口元が釣り上がったからだ。
こ・・・こわいよ~!
ぱっくり食べられるよう錯覚してしまう。
身の危険を感じてしまい、この部屋で二人っきりが耐えられなくなったフローレは、
「近寄らないで!」
と、それだけを言い捨ててその部屋から一目散に逃げ出した。
だ!だめだわ!ここで引き返すわけにはいかない!
小さな王女は自分の部屋へ行こうとする足を無理やり止めて、勇敢にも先ほどの恐ろしい令嬢が守るべき兄と一緒にいる部屋に向かうことにした。
二人っきりでなければ大丈夫。兄との様子も見ることができるのだから。
そうしてこそっと部屋に入った。
そこはほとんど家具のない狭いホールのようなところだった。
中央で先ほどの強敵・・・もといレッドスターと呼ばれる恐ろしい令嬢と、世界で一番好きな兄がリズムよく舞踏をしている。
その様子に思わず見とれてしまう。二人とも洗練された身のこなし方で、思わず拍手を送りたくなるほど素晴らしいものだったからだ。
その二人の様子を2人の男性が何度もうなづきながら見ていた。
フローレは彼らをよく知っている。舞踏の講師と兄専属の教育係だ。
よかった!ふたりっきりでなかったのね!
フローレは部屋の扉の近くに立っている騎士の甲冑の後ろで安堵の息を吐く。
先ほどのことがあったのでさすがに彼女の目の前に立つ勇気がないから隠れているのだ。
踊り終わってソージュケル兄さまと教育係のヤトレイと彼女が仲良く話をしている。
ここではあまり話の内容まで聞こえないけれど、だからと言ってまだ彼女の目の前に立つ勇気はない。
だから大人しく甲冑の後ろで彼らの様子を窺っていた。
すると、3人での話がおわったからか、いきなり彼女がこちらのほうに足を向けた。
ど・・どうしよう!
妖気があるように感じる美女が明らかに自分に近寄ってきている。それも先ほどと同じく、食べられそうなほどの笑みを浮かべながら。
だめ!ここにいられない!
近寄ってくる彼女に耐えられなくて、王女は勢いよく部屋から出ようと身を動かした。
しかし、その瞬間。身を隠していた甲冑に足を引っ掛けてしまう。
きゃあ!
それによって転んでしまった。だがそれだけで事態はすまない。目の前に大きな斧が降りかかってきたのだ。
こ、こんなことで死ぬの!
思わず死を覚悟してしまった。
しかし、その斧が自分の身体に触れることはなかった。
身体が吹き飛びそうなほどの突風が吹いたかと思うと次の瞬間、目を必死に閉じていたフローレの耳に大きな音が入ってくる。
ガタン!ガタンガタンガタン・・・。
何か大きなものが倒れる音だ。そして数秒後に兄の叫び声が聞こえてくる。
「サラサ!」
その声を聞いてフローレがおそるおそる目を開けると、目の前で恐ろしく感じていた彼女が腕を抑えて蹲っていた。
その抑える腕から一筋の真っ赤な血が流れている。
え?なにがあったの?
ソージュケル兄さまとヤトレイが慌ててこっちに来ている。
フローレは呆然としているうちに、ヤトレイによって身体を抱きかかえられていた。
兄さまは怪我を負っている彼女に近寄り、自らのタイを使って止血している。
もしかして、わたくしに落ちてくるはずだった斧が彼女にあたったの?でもなぜ?
分からない。一体なにが起こったのか。
そう言えばいきなりすごい風が吹いたわね。もしかしてそのせい?
でもなぜ風が?
フローレは分からずにヤトレイの腕の中で、ただ兄さまと彼女の様子を見続けていた。すると、兄に腕を預けたまま、彼女がこちらを眉をよせながら見てくる。
こ・・怖い!
険しいその表情に状況も忘れて顔を反らしたくなる。しかし、次の瞬間、その表情が一転した。
「フローレ王女様がご無事でよかったです」
そう言いながら全開の笑顔をこちらに向けたのだ。
一瞬、視界一杯に大きな花が開いたように感じた。
え!?
いままで怖いと感じていた笑顔とは比べ物にならないほど美しく、真っ赤な薔薇が咲いたような微笑みをこちらに向けている。
慈悲深い天使のような微笑みではなく、魂を取られてしまうと思えるような妖艶さ。
でも、自分を気遣う言葉は彼女本心から出たものであると感じ取れる。
「あ・・・えっと・・・」
王女は懸命にお礼を言おうと口を開くが、言葉にでてくるのは意味をなさないものばかり。
先ほどこちらに見せた笑顔があまりにも衝撃が強すぎて、頭が回らないのだ。
「なるほど・・・」
自分を抱きかかえていたヤトレイがぼそっと呟く。小さな呟きだったので聞こえたのは自分だけだろう。
その後すぐにヤトレイはフローレをゆっくりと下ろす。
彼に何がなるほどなのか問おうとした途端に、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。
「フローレさま!」
呼ばれてその方を見れば、撒いたはずの傍付きの侍女が泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってきた。
結局、彼女の傷の加減やどうしてそうなったのか気になったけれど、その侍女に手を引っ張られて部屋に戻る羽目になる。
フローレは部屋に戻ってからも先ほどの出来事で頭が一杯だった。
たしかサラサだったかしら。
お兄様に近づこうとした計算高い公爵令嬢の名前。その美貌は評判通り、いやそれ以上だった。あの容姿を一目でもみれば忘れられないだろう。
だが、本当に人を惹きつけるのは最後の微笑みだ。あのような笑顔をフローレは見たことがなかった。
こちらを向いてはいたけれど、決してフローレに対して微笑んだわけではない。ただ、こちらの様子を見てフローレに怪我がなかったことを喜んでいるのだ。王族である自分に媚びをうっている気配はまったくない。
「どうしてサラサはわたくしの無事をそんなに喜んでいるの?お兄様によく見てもらいたいから?」
独り言のはずが気が付けば口に出ていたのだが、それに答えが返ってくる。
「それはないね」
「お兄様!」
びっくりしてその方をみると、先ほどサラサ嬢に手当てをしていた兄が扉を背にして立っていた。
「命の恩人に対してずいぶんな考え方するね、うちの姫は」
「命の恩人ですって?」
びっくりして聞き返すと、兄はほとんど自分に見せないような真剣な表情で答える。
「そうだよ。気が付かなかった?あのままだとフローレの頭の上に斧が当たっていたよ。顔に直撃だったから下手すると命を落としていただろうね。無事であってもその顔に傷が付く羽目になっていただろうね」
言われて目の前に迫ってきた重そうな斧を思い出して、大きく身振いをする。たしかにもう駄目だと思った。
「え?でもそれならどうして・・・」
「サラサが恵輝石を使ってくれたからだ」
恵輝石と言われて驚く。たしかに神の恵みともよばれる不思議な力を宿した石ならあの突風の説明はつく。
でも、なぜサラサ嬢がわたくしをそんな貴重なモノを使ってまで、助けようとするの?
初めて会うし、色々な悪いうわさを聞く彼女が何の意味もなく自分を助けるとは思わない。それも王族もそれほど持っていない恵輝石を使用してまで。
しかしその疑問を聞く前に兄はすこしこわい顔でフローレに説教をはじめた。
「なぜこのような事になってしまったか、お前は分かっているね」
「はい。お兄様。申し訳ございません」
「お前が何を思って私のところに来たのかは聞かないよ。でも、お転婆もほどほどにしなさい」
「・・・・はい」
しばらく説教がつづく。それに対してフローレは素直に聞いていた。昔からだれよりもこの兄の説教が一番フローレに堪えるのだ。
いつもに比べて長い説教が終わると、兄は難しい顔を一転優しげな表情になってフローレの頭を包み込むように撫でてくれる。
「ともかく、お前が無事でよかった」
そう言われて、フローレは一番深く反省した。大好きな兄に心配かけてしまったからだ。
「サラサの傷は深かったけれど、後遺症がでるようなものでは無かったよ。近いうちに私とヤトレイで見舞いに行こうと思う」
助けてくれたサラサ嬢のことを聞くとひどく楽しそうに兄は答えてくる。
見舞い!?
「わっわたくしも行きます!」
思わずそう言ってしまった。もう兄に近寄るなと言いたい気持ちではない。ただ、なぜ助けてくれたのか教えてほしいのだ。
それにあの笑顔。もう一度見てみたい。
「だってわたくしが助けてもらったのだから、お兄様よりわたくしのほうがお見舞いに行くのは当然ですわ!もし、連れて行ってくれなくてもわたくし1人でも行きますから!」
最初は渋っていた兄だが、いつにない王女の熱意に押されてフローレの同行を許すこととなった。
王女はその同行がきっかけで、一転してサラサに付きまとうことになる。
どんなけ怖いねん、サラサ嬢の巻w