16.使ってしまったものはしかたないですわ
ちょっと短いです。
「で?なんのためにきたんだ?」
ようやくここで殿下がヤトレイに用件を聞いてきた。
「それはもちろん、サラサ嬢とお知り合いになるために・・・ってのは半分で、殿下に伝えるべきことがありましたので、こうして足を運ばせて頂きました」
半分はサラサと会う為なのか・・・。
サラサは関わりたくない人物だと認識を新たにしながら、そっと二人のそばから離れることにした。殿下に伝えるべきことを自分が聞くわけにいかないからだ。たとえ聞いても支障のないことであっても聞きたくもない。
ヤトレイはサラサの気遣いに軽く頭を下げ、殿下のそばに行って先ほどと違って真剣な表情で話をしていた。
こうなると彼らをじっと観察してるのもどうかと思うので、部屋の扉の方向へと足を進める。
とその瞬間、甲冑の後ろに隠れている小さな身体がびくっと大きく揺れた。フローレ王女が真っ青な顔になりながら挙動不審に頭を左右に振っていた。どうしようか思いっきり迷っているようだ。その姿はどこか小動物を連想させる可愛らしさがあった。
可愛すぎるわ・・・。
なんとか彼女を怖がらせないようにゆっくりと歩みを進める。もちろん、笑顔も忘れない。
怖い笑顔にならないようできるだけ口元を下げる。
しかし、小さな王女は余計に顔を青ざめている。
あと数歩で彼女のそばに行ける距離になると、耐えられないとばかりに王女が勢いよく甲冑から身を離そうとした。その時事は起こる。
ガタン!
王女は慌てふためいた為に甲冑に足をひっかけてしまう。そのせいで、甲冑が手にしていたハルバードが転げ落ちた彼女の上に落ちてくる。
危ない!!
しかし、斧のついた槍であるハルバードが王女を傷つけることはなかった。
ハルバードの刃が王女の身体に触れようとした瞬間、その部屋にありえない突風が吹く。
それは甲冑からサラサにいる方向に向けてである。
それによってハルバードが方向を変えて、サラサの方向に倒れてきた。
「つぅ!」
斧の部分が伸ばしていたサラサの右腕を掠って、大きな音を立てながら床に転がり落ちた。白いそでに一筋の線ができたかと思うとじわじわと赤く染まっていく。
しまったわ。思わず使ってしまった。
サラサは痛みより思わず力を解放してしまったことに眉をひそめる。
不自然な現象にその場にいた者は、息をのみこんで立ちすくんでいた。その中で一番に我に返ったのはソージュケル殿下である。
「サラサ!」
少し離れて話していた殿下とヤトレイが、すぐさまにサラサのそばに駆け寄る。
殿下はサラサの元に近寄り、血が滲みでている右腕をそっと手に取る。
傷口から一筋の血が流れ落ちる。けっこう深く切ってしまったようだ。
殿下は胸もとのアスコットタイをすばやく引き抜くと、サラサの腕にきつく巻く。止血の為だ。
サラサは往生際悪く、遠慮しようと左手を挙げるが問答無用で処置されてしまう。
かなり血が出ているし痛みもあるが、指もしっかり動くので大丈夫だろう。しかし王女が危ないと思って斧の方向をこちらに返ることしか頭になかった為に、力加減を間違ってしまった。わずかに動かすだけでよかったのに。
とは言え、切り傷で済んだのだから運がよかったほうだろう。もう少し近ければ腕が切断されたり、斧が食い込んだりしていたはずだ。
殿下は舞踏の教育係の男性に侍医を連れてくるように指示しながら、サラサの腕のケガを診ていた。
サラサはされるがままにしていながら、扉の方向に目を向けた。
そこにはヤトレイに抱き起こされたフローレ王女の姿がある。先ほどの出来事とサラサから流れる血を見て放心状態でこちらを見ていた。
だが、見る限り外傷はないようだ。
よかった。あのままハルバードが小さな身体の王女の上に落ちてたら、とんでもないことになっていたわ。顔の位置だったからちょっとかすったとしても、顔に傷が残ることになっていたでしょうし。
こんなに愛くるしい顔に傷が残るなんて許せないもの。
サラサは王女の無事を確認できて、思わず満面の笑みを彼女に向けた。
「フローレ王女様がご無事でよかったです」
そうサラサが言った途端に、信じられないモノをみたばかりに元々大きな瞳を、これでもかと言うように大きく見開いてサラサを見つめる。
王女を抱きかかえたヤトレイもサラサを凝視している。その表情はひどく無表情だ。
王女は何かを言いたくて口をしきりに動かしている。しかし、漏れる言葉はあ・・・とか、えっと・・・とかで意味をなす言葉になることはなかった。
そうしているうちに通路側の扉から騒々しい音が鳴り響き、数人の男性や女性が部屋に駆け込んできた。
サラサは殿下とその者たちに促がされるがまま、部屋を移動して怪我の処置を受けることになった。
処置を受けながら、サラサはこれからどう対処するか頭をフルに稼働させて考えていた。
力を使ったことに後悔はないが、使ってしまった以上はなんとか誤魔化さなければいけない。
胸にあるペンダントを左手で服の上から握りしめる。
あれほど不自然な現象になってしまったのだから、急に風が吹いたと言うわけにはいかない。だからこのペンダントで誤魔化すしかないのだ。
殿下からうける尋問を覚悟してサラサは大きく息を飲み込んだ。