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14.悪女顔、本領発揮

 いよいよ魔の時間が到来した。例の舞踏練習2日目である。この日も馬車に乗って来城することになった。

 サラサは扇で口元を隠し、目の前の案内人の従者たちに気付かれないようにしながら、小さくため息を吐く。あと数分歩くと二重人格の殿下が待つ部屋へ到着してしまうからだ。


 ああ・・・仮病を使えたらいいのだけど。


 そう思うとおのずと進む速度が落ちて従者たちからすこし距離ができていた。

 そのときである。

 いきなりドレスを後ろのほうから引っ張られて、思わず足を止めてそちらのほうを振り返る。

 そこには金色の軽くウエーブのかかった小さな令嬢がサラサのドレスをひっぱって、そばにある部屋のほうへ連れて行こうとがんばっていた。

 7、8歳ぐらいだろうか。サラサの腰ぐらいしか身長がないので、いくら全力でも連れ込むことは無理だろうに、真っ赤な顔をしてサラサのスカートをわしづかみにしてひっぱっている。


 か・・・かわいい!


 その愛くるしさに思考回路が停止してしまい、サラサはその幼女のほうに着いていってしまった。けっしてこれからの授業に行きたくないからではないと弁解しておきたい。

 幼女はサラサを部屋に入れるとすばやく扉を閉める。すかさず施錠までしっかり自らの手で行う。

 その間に連れ込まれたサラサは、その可愛らしい誘拐犯を観察することにした。

 着ているドレスからアクセサリー、靴まですべて超一流品でおそらく最新の流行のものだ。

 それに金色のこの髪にグリーンにもブラウンにも見えるヘーゼルの大きな瞳は最近見るようになったモノに酷似していた。

 目の輝きはまったく違うけど・・・。

 サラサ的にはあたってほしくないけど、おそらくこの推測はあたっているだろう。


 どうして、この一族はこうも強引なんでしょう。やっぱ王族だからなのかしら?


 サラサは遭遇してしまった二人の王族を頭に思い浮かべながらも、目の前の三人目の可愛らしい行動をただ見守っていた。前の二人とちがって幼いというだけで子供好きなサラサにとって、仲良くなりたいと思えるのだ。


 まあどうせ怖がられて無理でしょうけど、がんばってみるぐらいはいいよね。


 ようやく施錠し終わった幼女は大きく息を吐いてから、こちらに顔を向ける。

 愛くるしい頬が真っ赤に染まっている。睫毛も長く少し勝気そうな瞳でサラサを凝視している。

 その可愛らしさに思わずサラサの顔に笑みがこぼれてしまう。だが、その笑みを見た瞬間、幼女の全身が寒気でも走ったかのようにびくっと振るえ、表情も硬くなってしまう。


 やっぱり私の笑顔って怖がらせるだけのモノなのね。本当にせつないわ。


 サラサは内心思いっきり傷ついてしまうが顔には出さないよう努めた。 


「わ・・わたくしはあなた・・・あなたなんて怖くないわ!」


 サラサはいきなり可愛らしい誘拐犯にそう宣言された。

 気丈にも彼女は顔面蒼白になりながらサラサを睨みつけている。だがエメラルド色の大きな瞳は若干潤んでいる感じだ。泣き出したい、逃げ出したい気持ちを必死にこらえているのが手に取るように判る。

 それでも正直言って怖くないと言われてわずかに傷が癒えた。それが強がりであるとわかっているが、逃げないと言うことは話ができて誤解を解くこともできるからだ。今まで10歳未満の子でサラサにぶつかって来てくれた者は片手ほどしかいない。


「お・・・お兄様にこれ以上ち・・・近寄らないで!!」


 その声は見事に裏返っている。やはり目の前の少女はサラサの予想通りのお方だ。近寄ると言われる覚えがあるのはあの猫かぶり殿下しかいない。そしてその彼を兄と呼ぶ少女となるとこの国で一人しかいないからだ。

 はい、近寄りませんと本音を盛大に宣言したいものだ。

 とりあえず、立場が上となる少女に対して腰を落とし、臣下としての礼の形をとる。  


「フローレ王女様とお見受けいたします。初めてお目にかかります。わたくしはサラサ・レダ・アルンバルトでございます。お兄様とはソージュケル殿下のことでよろしいでしょうか?」


 サラサはほとんど確信持っているがとりあえずそう訊ねることにした。王子との約束があるので近寄らないと宣言することは不可能だが、やはり彼女と仲良くなりたいのできちんと説明したいからだ。


「そ・・そうよ!最近、あなたがお兄様に言い寄っているってみんな言っているのだから!」


 少女・・・フローレ王女は責め立てるように声を大にする。


 ん~やはり王妃との血のつながりを感じるわ。この自分の感情を隠せないところとか眉のしかめ方とか。でも、フローレ様だとそれが可愛らしく感じてしまうのだから、私も相当子供に飢えているわね。

 それにしてもやはりそういう悪評になっているんだ。王妃経由だから今まで以上に盛大に叩かれているんでしょうね。


 サラサは内心かなり大きな傷を受けながらもとりあえず冷静にその誤解を解くために口を開いた。


「わたくしはひとえに殿下の舞踏の練習台を努めさせて頂いているに過ぎません。それもあと2、3度こうして参上すればお役目ごめんでございます」

「うそをおっしゃい!建前はそうでもお兄様を誑かそうとしているのでしょ!」


 誑かす・・・この王女様はなかなかすごい言葉を知っていらっしゃるようだ。たしか王女は8歳だったはず。そんな幼い姫に周りの者はどうしてそんな言葉を聞えるようにうわさをするのかしら。


 サラサは自分の根も葉もないうわさよりもそっちのほうに呆れてしまい小さくため息をついた。そしてサラサとしては精一杯笑顔を作って王女と向き合う。だが、悲しいことに王女の瞳により一層、怯えの輝きを浮かべることになってしまった。


「王女様には不愉快な思いをさせてしまって申し訳ございませんが、臣下の身なればこちらからお断りすることもできません」


 代わってくれるなら誰でもいいから代わって欲しいとか殿下にまったく興味ないどころか、関わりたくないですとはさすがに口にできないサラサはこの理由ぐらいしか王女に言えない。だからか王女はこちらの言い分をまったく信用してくれなかった。

 より一層頬を紅潮させて涙がたまった大きな目を吊り上げる。さらに興奮が抑えられないようで身体をゆらし手を大きく揺らした。

 サラサは目の前の王女の癇癪を抑えられない幼い姿が、ほんとうに可愛らしくてうっとりと見つめてしまった。

 すると、幼い王女は誰が見てもわかるほど大きく身体を震わせて、扉のほうへ身体を向けてさっき自分で閉めたはずの鍵を急かされるように開錠する。

 

「と・とりあえず近寄らないで!」


 王女は鍵を開けると、サラサに背をむけたままそれだけを途切れ途切れに言って逃げるようにその部屋から姿を消した。

 残されたサラサは扇を頭に当てて項垂れる。


「やっぱりわたくしは怖がられてしまうのね・・・。本当に悲しすぎるわ」


 勝手に連れ込まれた小部屋には他の者が存在しなかったために、サラサのこの心からの呟きを耳にする者はいなかった。

 幼い王女登場です。

 誤解しまくりな王女の内面を次回書きたいものです。


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