草餅
サクラサク。
「乱痴気騒ぎはやめたまえ」
蛍が指を折って数えていると、「季語がないじゃけ」と、お座敷から出てきた静香が言った。
「季語は、サクラじゃけ!」と、蛍が静香の後を追いながら言う。
「あちっ」
まかないに入って、あつかんに手を触れた静香は、自分の指を耳にあてた。
「熱すぎるじゃけ」
「まかないやがいないからじゃけ」
蛍がふきんを静香に渡した。
お座敷は舞妓たちが仕切っていた。
「明後日には来るって、黒澤様が言うてた・・・」
静香が言うと、いきなりお座敷から舞妓のふざける声が聞こえて来た。
静香と蛍が、あつかんとビールを用意してお座敷に入ると、客が舞妓を膝枕にしていた。
そして、蛍の顔を見ると、「おい!入り口にいたカワイ子ちゃんを呼んでくれ」と言った。
するといきなり静香が、「はい!おかえり!!いや、ちごうたわ!おかわり!!」と、手を叩いた。
蛍がビールをその客の前に置くと、「これじゃない、さくらじゃ!!」と、起き上がった。
「桜餅は買うてないさかい」
蛍が言うと、「ここから出てすぐ左に曲がる、そして次を右じゃ、そして、角に菓子屋があるじゃけ、買うて来たらよか」と、客は、自分でビールをつぎ始めた。
「お花ちゃん」
花がパソコンに向き合っていると、静香が顔を出した。
「お使いじゃけ」
「何の?」と、花は、パソコンから顔をあげた。
「桜餅じゃけん」と、静香が札を振って見せた。
花が草履を履くと、静香が花に札を渡した。
「しょうがないじゃけ」
花は、それを西陣織の財布に入れた。
「白い餅しかなくても、少しねばるとよか」
静香は言った。
花は、最近はだんだんと涼しくなってきた外の空気を感じた。
財布の中には、万札一枚、今日で三日目、客が毎日のように花にお題を出すのだ。
通りに出ると、タクシーが客を乗せているのが見えた。
店の前まで来ると、横から入って来たタクシーが止まった。
花が少し体をよけると、タクシーから客が降りて来た。
「どないしたん?」
降りてきたのは、黒澤である。
「花こそ、どないしたん?」
黒澤の手には、仕事用の黒いアタッシュケースがあった。
「お使いじゃけ」
花は、目の前の店を見た。まだ、明かりがついている。
店のおかみは、痛風を患っていた。
旦那は早い時期に死んだが、それは、警察の分際で、公安に手を出したからである。
「大したこと、あらーせん」が、口癖のおかみだが、「会うは別れの始まり」を座右の銘とする。
「桜餅を下さい」と花は言った。
おかみは、花の後ろから入って来た黒澤を見た。
「餅は餅屋じゃけんが、今日はもう売り切れじゃけ」
花が口を開きかけると、黒澤が後ろから言った。
「倍、払うじゃけ」
すると、おかみは、「あら、旦那、早く言って下さいよ」と、いそいそと奥に入って行った。
黒澤はすかさず、「ピンクじゃけ」と言った。
「ほなら、もっと高いよ」と、おかみがほくほくと言った。
花は、あきれて双方を見た。
「おまけじゃけ」と、おかみは、草餅までつけてくれた。
「二万は、払い過ぎじゃけ」
花は、静香がマネージメントを期待しているのを知っていた。
「おなごを買うのに男はケチらん」
黒澤の言葉に、花は、「わけわからん」と答えた。
サクラサク。
「桜を立てる」
商談が上手く行った黒澤は、花の腰を抱き寄せた。
「今は、秋じゃけ」
店までの道は、細道であった。
黒澤が黙っているので、花は空を見上げた。
「花の悪い癖は、そうやって月を探すことじゃけ。俺ならここにいる」
目の前の人ほど、ぼやけるものじゃけ・・・
花が、口をつぐむと、黒澤が、言った。
「明日は、皆伐が来るじゃけ」
店に戻ると、客はもう引けていた。
蛍が一人、花を待っていて、「おかえりなさいまし」と、黒澤と花に言った。
蛍が、花の手にある桜餅を受け取りながら、「静香は午前様じゃけ。日本酒がようきいとる」と言うと、
「うるさい!」と、部屋の中から静香の声がした。
京都祇園の、新しいマーケティングの始まりである。




