雨の日がいいみたい
「告白するなら雨の日がよくない?」
お昼休み、どこかから聞こえてきて私も常葉子もお弁当に向かう手が止まる。「だってさダメでも涙を隠せるでしょ」「ああ」「そっかあ」「考えたね」感想の言葉が飛ぶけれど、誰ひとりとして「断られる前提なんだね」現実をしっかり見つめさせてあげる女の子はいない。残念なことよね、お友だちに恵まれないってさ。悲劇のヒロインにひたりたい女の子のココロのうちは、うへっと胸やけを回避できない。まったくさ、ミニハンバーグが台無しじゃないさ。
「現実が見えてないってしあわせだよねえ」
常葉子はときどき、ほんとにときどき、口が悪くなる。いつもの笑顔のまま「しようのない愚民どもがねえ」とか「SNSって喫茶店の自由に書いてくださいノートみたいよねえ、それ以下だけどう」とか「デモ行為って政治へのアピールというより内的なストレス発散だよねえ」そんな言葉を聞いたことがあって私はそのたびココロがひりっとする。普段はおっとりで笑顔が絶えない常葉子だから、余計にそうなって心臓に悪い。やめなよ、とまでは言わないし思わない。むしろ事実だよなあと思う。実態や真実をそのまま何にも包まないでさらしてしまうのは子どものようだけど、私も常葉子も高校生で世間では半分大人くらいに思われてても、まだまだ中身は子ども。それだって事実だ。
変わりたくないんだ。人生変えなさいよ、学校で女の先生に言われ、家でおかあさんに言われ、街やテレビの広告で言われ、ドラマやら映画で俳優さんたちに言われ。変えることがいいことなんだと決めてかかられる。そうしないといけないんだよとそんなふうな顔を見せてくる。どうしてしないかなあ、理解できないよと嘆かれる。だからさ、私は変えたくないんだって。いまの生活維持したいの、生ぬるいこと言ってとか言うけど変えないのだってたいへんなの。人生に息が詰まってんじゃなくって同調圧力に息苦しいの。
「今日、常葉子のとこ行っていい? 本借りたい」
「いいよう」
常葉子がたまご焼きを丁寧に切り分ける。私はぎこちなくミニハンバーグを割っていく。常葉子がたまご焼きを口にもっていって、私がミニハンバーグに口をつけて。
「具なしパスタで検索かけてんのに具だくさんパスタ出てくんのなんでだろね、やめてほしい」
「きゃはは」
「ウケるはこのコ」
「女子高生がひとり晩ごはんの参考に具なしパスタ検索すんのやめてほしいよ」
さっきまで悲劇のヒロインを演じていた女の子たちはもう、具なしパスタにご執心。
たまご焼き、ミニハンバーグ、ごはん、ごはん、ほうれん草のごま和え、ミニトマト、レタス、ひじき、ごはん、ごはん。お弁当の味は、さっきより少しはマシに感じられた。
常葉子の、いくらかピンクが多めの部屋にそこだけは少し不釣り合いにたくさん並んでいる本たち。これは読んだなあ、次はこれかなあ、前来たときはこのあたり見なかった気がするけど。文庫本の上面を、指を切らないようにやさしく撫でながら思いをはせる。
「まだ読んでない作家さんの借りてきたいんだけどさ」
初めて読む作家さんの小説がおもしろいとうれしくなる。慣れ親しんだお気に入りの作家さんのお話がそうであるよりも。
「これどういう話?」
「世間を認めさせたいその仮面に隠れた、過去に自分を馬鹿にした者への復讐… かなあ」
「重そうだね。これは?」
「若くない女性が、それでもメールで告白してきた男の子にOKの返事を送信する… とか」
「短編?」
「そうだよう」
「んん。これは?」
「とびきり蒸し暑い日は、オーストラリアを思ってすごす… みたいなあ」
「なんでオーストラリア?」
「こっちが暑い時期、向こうでは白い雪が降ってるからあ、場所によるけどう」
「ふうん。これにしてみよっかな」
出してもらったクッキーとオレンジジュースとが、常葉子との楽しい会話に混ざり合い、時間は思っているよりもはやくすぎてしまう。
「ごめん。そろそろ」
「うん。あああ、雨降ってきてるう」
「うそ。傘、持ってないや」
「持っていきなよう」
「ありがと」
「ねえねえ、たいらちゃんさあ」
「ん」
「私さあ… たいらちゃんのこと好きだよう」
「…うん。知ってる」
「へへへ」
「どしたの?」
「想いを伝えてみたくなってさあ」
「急に?」
「へへへ。告白は雨の日がいいみたい、ってえ」
「ふうん… 失敗前提?」
「ちがうよう。成功前提」
「じゃあ、雨じゃなくていいんじゃん」
「へへへ」
「何を隠すの?」
「うれし涙かなあ」
常葉子はいつも突然だ。おっとりしてるくせに、いつもそうやって、私を驚かせてくる。
「えええ、たいらちゃん泣いてんのう?」
「ち、ちがうよ。雨降ってきたからさ」
やっぱり想いを伝えるんだったら、雨の日がいいみたい。




