どうか、君が幸せでありますように
僕とサリアは幼少期からいつも一緒にいた
学園にあがっても、僕とサリアは離れることはなかった
そう、サリアは僕の婚約者。
大事にするのは当たり前だ。
学園を卒業するのを待って婚姻した
仲睦まじい夫婦だと言われ、2人して笑ったものだ
直ぐに子供にも恵まれ幸せな日々だった
そう、あの日まで………
あの日、僕はサリアヘ花を買いにある店に訪れた
そこで、ミチュに会った
「もし間違えていなければ、フォル公爵閣下でいらっしゃいますか?」
「そうだが、誰だ?急に声をかけるとは不躾だろう」
「申し訳ありません、オート学園で同じクラスでした、トドロール侯爵家の娘、ミチュでございます。生徒会で一緒に活動しておりました」
「ああ、そう言えば。
すまないね、あまり令嬢の名前は覚えていない」
「大丈夫でございます。
急に声をかける私が悪うございましたわ。
お時間を頂き申し訳ありません。では。」
「あぁ。」
その時はそれだけだった
だが、その後も何度か会う機会があった
夜会へ行けば目が合う
通りすがり話をする
何度かそんな時を過ごしと、
気になる存在になってきてしまった。
そう思ったら止められなかった。
新しく別邸を用意し、ミチュを住まわせ、僕も過ごすようになった。
そう、サリアを蔑ろにして。
「クリス?今日も……」
「なんだ?今日は夜遅くまで会合がある。私は別邸で過ごす」
「……はい、わかりました。ですが、明日はライアンの誕生日です。3人で過ごしたいと存じます」
「……あぁ、わかった。だが、食事が終わったら別邸へ行く」
「クリス、何故?私の何がいけなかった?私達ずっと一緒に、ずっと一緒にいようと言ってたのに!なんで?なんで急に」
パチンッ
「うるさい!当主に意見を言うのか?誰のお陰で不自由無い暮らしをしていると思っている?この暮らしを手放したくなければ黙っていろ!
……あ……もう出かける」
気がついた時はサリアを叩いていた
そのまま別邸へ行き、ムシャクシャしていたのでミチュを抱いた
「クリス、どうしたの?何かあったの?ふふっ、もっと私が慰めてあげるわ。
そうだ!今日観たい舞台があるの!会合が終わったら迎えに来て!食事をした後、一緒に行って!」
「そうだな。着替えて待っていろ」
「嬉しい」
サリアに言われた、ライアンの誕生日だと言うのに、僕はその日も帰らなかった
数日後気がついた僕は気まずく、ライアンに直接プレゼントを渡しにライアンの私室へ行き「ライアン、遅くなってすまない。誕生日おめでとう。」そう言って羽ペンとカフスボタンを渡した。
「わぁ、ありがとうございます。お父様、僕は10歳になりました。そろそろお父様に仕事を教わりたいと思います。学園から帰ったら教えて頂けますか?もし邸にいる時間がなければ別邸へ僕が赴きます」
仕事を別邸へも持ち込んでいる僕は「そうか……なら学園の帰りに別邸へ来なさい。来る日は夕飯も一緒に食べよう」
「お父様、わかりました」
そう、そうやって罪もないサリアの居場所を僕はどんどんと知らぬ間に奪ってしまっていた。
決してサリアを悲しませたいわけではない
サリアが、産んだライアンをミチュと過ごさせたいわけではなかったが、どういうわけかライアンがミチュに懐いてしまった。
「ミチュさん、学園でこんな本がありました」
「まぁ、懐かしいわ!
ここに書かれている国は本当にあると私は思うのよ。
だって、確か……いけないわ、ライアンが全部読んでからお話ししましょうね。ふふっ。」
「ミチュさん、わかりました!ミチュさんは何でも教えてくださるので、僕は学園でも物知りに通っているんです。もっといろんな事を教えてください」
「おい、ライアン」
「お父様、なんですか?」
「この頃、ここに居すぎだ。お母様の所へ帰りなさい」
「えっ?でも……」
「ライアン、私もそう思うわ。この一月も帰っていないでしょう?お母様が心配してしまうわ。わかったわ!今度私が本宅へ行くから「ダメだ!」」
「えっ?でも」
「本宅はサリアの場所だ」
「クリス、私だって本宅へ行きたいわ」
「そうですよ、お父様。ミチュさんに来てもらって3人で執務室で過ごせばお母様は何も言いませんよ」
「ライアン、お前は何を……」
「だってお父様はお母様を全然見ないではありませんか?今、お母様がどんな思いで過ごしているかなんて考えていないでしょう?
きっと今頃はメイドにも蔑ろにされているかもしれませんね。だって、僕も全然帰っていませんし」
「お前は?母を……知っていながら」
「だって、こうしたのはお父様でしょ?お母様を捨てたのは」
バタンッ
「クリスどうしたの?クリス!!」
僕は急いでいた
早くサリアの所へ行かなければ行けないと思った
何かを間違えてしまったと、頭がズキズキしていた
「サリア!!おい、サリアはどこにいる?」
「奥様ですか?わかりませんが多分寝室に」
「お前は確かサリアにつけた侍女だな。何故こんな所にいるのだ?主人についていなければいけないだろうに」
「あっ、いえ。でも奥様は1人でいいと……」
「お前は解雇だ」
「そんなっ、だって皆だって」
「なんだと?」
慌ててサリアがいるだろう寝室へ向かった
「サリア!サリア?………サリア、どうした、どうしたんだ?サリア」
そこには、ただ窓の外を見ている、一回りも二回りも細くなったサリアが物言わず佇んでいた。
「サリア、どうしたんだ?」
サリアの腕に触れながら訪ねると
「貴方、だあれ?お父様のお友達?お父様は執務室よ!
あぁ…でも、もしかしたら別邸にいる日かしら?
別邸にはね、お母様より大事な人がいるらしいの。とってもお父様が大事にしてて、お母様はいつも泣いているわ。そこにはね、可愛い男の子もいるのですって。メイド達が話していたわ。
お母様も私もお父様に捨てられたんだって。
でも、いつかお父様に抱きしめてもらえるかもって帰って来るのを毎日窓から見ているのよ」
「サリア……ああああぁ-」
「どうしたの貴方?
早くお父様のところへ行ったら?
それに私……外を見ていたいのよ。
お話は終わりよ。じゃあね」
医者の話では、現実逃避だと言われ、戻るまで何年かかるかわからない。
もしかしたら、このままかもしれないと言われた。
サリアはメイド達にまで蔑ろにされていた。
僕が帰らなかったからだ。
僕がミチュに心を奪われて、サリアの居場所を奪っていたからだ。
メイド達に当主が留守にしていても、当主夫人を何故大事にしなかったか問うた。
ライアンまでも別邸に行った時点で、離縁される方だろうと思ったと言われた。
全部僕のせいだ!
そんなことを望んだ訳ではない。
サリアをサリアの居場所を奪うつもりなど無かった。
サリアと仲が良かった頃が急に思い出された。
あんなに大事にしていたのに、
僕はどうしてしまったんだろうか。
社交界ではサリアは捨てられた公爵夫人と言われていると聞いた。
僕がその立場にしてしまった。
なんだか急に頭の靄が晴れたようになった
どうしてサリアをこんな目に合わせてしまったのか?
なぜミチュに心を奪われてしまったんだろうか?
サリアの側へまた行き、
「サリア、ごめん。ごめんね、サリア」そう伝えた。
だが窓の外を眺めているサリアには、僕の声が届くことはなかった。
別邸へ向かった
ライアンがミチュと楽しそうにお茶を飲んでいたが、僕に気がつき
「お父様!」
「クリス!お帰りなさい」
異質な2人がニコニコ笑いながら僕を迎える。
「お父様、お母様に会いましたか?僕もそろそろ帰らないとお母様が悲しむね。
ここにいると……毎日泣いてばかりいるお母様がかわいそうになります。
だって、お父様もミチュさんも罪もないお母様を苦しめているのに、とても楽しそうなんだもの。」
「ライアン君?そんなことないわ!
私だってこんな生活ダメだってわかってるのよ。
でも、離れられないの。」
「いや、もう終わりだ」
「えっ?」
「ミチュ、もうまやかしの世界は終わりだ。僕が間違っていた」
「嫌よ!やっとクリスが私を見たのよ!学生の時から好きだったクリスがやっと手に入ったのに」
「何を言っている?そうか、それであんなに……たまたま会っただけではないのだな。
ふっ、僕はどうしてこんな事をしてしまったのか。
何を置いても1番大事なサリアを蔑ろにして」
「嫌よ!クリス、私と幸せだったでしょ?」
「いや、目が覚めた。君には悪いが出て行ってくれ。慰謝料を払う」
「嫌よ!クリス、愛して「サリアが!サリアが苦しんでいるんだ!」」
「お父様、今頃?今頃気がついたの?」
「ライアン……なぜお前も此処にばかりいた?お母様が苦しむとわかっていながら」
「うーん、確かめたかったからかな?確かに学はあるけれど、お母様より魅力なんてないじゃないかと、ここにいてわかったよ。だからそろそろお母様の所へ帰るよ。
お父様もやっと気がついたみたいだし」
「ライアン」
僕はそう言って息子の耳元で呟いた
ライアンは聞いた途端、真っ青な顔をして飛び出していった。
あぁ、僕は間違えた………
そして……多分息子も。
ミチュとはあと腐れないようしっかりと話し合った。
策士を持って近づいたミチュ。
長く話し合った
そして、サリアの事も話した
これからはサリアだけを想って生きると伝えた。
ミチュは泣きながら僕にずっと憧れていたが、サリアにも憧れがあったと。
クリスといるサリアの屈託のない笑顔を見るのも好きだったと。
「クリスに懸想するあまり、私も人として間違えてしまっていたんですね」
僕らは円満に愛人関係を解消した。
人を頼り、ミチュには隣国で家庭教師として働ける場所を提供した。
風の便りで真面目な人を紹介してくれたと喜ばれていると聞く。
そしてミチュは、休みの日は教会へ行き、サリアが治るようにお祈りばかりしているとも聞いた。
今僕たちは
ライアンより年下になってしまったサリアを、息子であるライアンが本を読んで聞かせている。
僕は食事の度にサリアの口元へ食べ物を運んでいる
寝る時も仕事をしている時も常に一緒にいる
サリアが子供になってしまってからもう20年になる
僕らの髪にも白い物が混じるようになった
だがまだサリアは子供のままだ。
苦しくないと言えば嘘になるが、僕がサリアを苦しめたから罰だと思っている。
そして今でもサリアを愛しているから苦痛とは思わない。
サリア、どうか元に戻って欲しい
あの僕に満面の笑顔を向けて「クリス!」と呼ぶ声が聞きたいなぁ
ライアンは婚姻し、今は家族で幸せそうに暮らしている
ライアンが婚姻をしたので、僕は当主を降り、遠い領地の別邸へサリアと越した。
時おりライアン達は、僕とサリアに会いに領地へ来てくれる
そこには、僕とライアンの笑顔があった
寝たきりになっていたサリアが、
そろそろ空へ旅立つ時が近いようだ。
ライアンが2人で送ろうと来てくれた
「サリア、ごめんな。僕はずっとこれからも一緒だよ」
「お母様、僕が離れたからこんなことになっちゃった。ごめんなさい。
今度は間違えないから、また僕の母になってね」
サリアはとうとう、なにも言わずこの世を去った。
息子とひとしきり泣いた後、サリアを見たら、一筋の涙が通った後があった。
サリアを見送り、サリアの物を大事に閉まっていたら1枚の紙がベッドの端から出てきた
その紙には
クリス ライアン
と、力無き字で書いてあった
サリア。君はもしかしたら………
サリアはきっと最期まで、僕を許していなかったのだな。
長い年月で忘れていた苦しみがまた戻ってきた
サリアは、僕にまた不貞を思い出させた
ライアンは声を殺して泣いている
父様のせいでごめんな。
後少し我慢すれば逝かれるのだろう
後少し眠れば逝かれるのだろうか
後少し薬を飲めば逝かれるのだろうか
後少し我慢すれば、この辛い気持ちにさよならできるのだろうか
ライアン、父様がこの辛い気持ちを持って逝くからもう泣かないで。
サリアに会いに行って、許してもらえるまで謝るよ
だからライアンは、もう苦しまないでいいよ。
家族と仲良く、父様と同じ間違いはだめだよ!
もし、父様と母様の夢を見たら、
一緒にいると思ってな。
ライアン、ありがとう
ライアンのこれからが、君がどうか幸せでありますように
ライアンは50歳になった
今でも母様の苦しみを忘れてはいない。
父様の最期の言葉も忘れてはいない
ライアンが60歳になった時、
やっと両親の夢を見た
夢から覚めた時「やっとか」と言葉に出た
だって母様が、父様を見て笑っていたから。
「ふっ、父様遅いよ」
「ライアン?起きたの?」
「あぁ」
「じゃあ、食事にしましょう」
「マリ、いつもありがとう」
「何、急に?変な人」
父様、僕は妻を大事にして幸せだよ
悪い例をありがとうと、心のなかで囁き妻のいる場所へ向かった。
****** 終




