第8話 仮面のままでは、辿り着けない
ルカリンは、答えを口にできないまま、広場から視線を逸らした。
平和な村の景色が、やけに重くのしかかる。
何事もなかったかのように会話を交わす人々。
品物を片づける商人たち。
笑顔で走り回る子どもたち。
どの表情も、どこか不自然だった。
まるで──
脱ぐことのできない仮面を被っているかのように。
そして、ふと思う。
その仮面を被っているのは、自分も同じなのだと。
「……こちらです」
ヘラの表情は、深く被った帽子に隠れて見えない。
だが、ルカリンには分かった。
彼女が、どんな顔をしているのか。
そして──
これから向かう場所が、どこなのかも。
二人はしばらく、言葉を交わさずに歩いた。
気づけば、中心街を離れている。
石畳はいつの間にか土の道へと変わり、人の声は、もう聞こえない。
風が木の葉を擦る、静かな音だけが残る。
そのとき、ルカリンは、ようやく安堵の息を吐いた。
広場は遠ざかっていた。
それでも、あの男の言葉は、頭から離れない。
穏やかな口調でありながら、外部の人間である自分でさえ、凍りつかせる力を持っていた。
ヘラは歩くあいだ、一度も口を開かなかった。
迷いのない足取りは、この道を何度も通ってきた者のそれだった。
「……ここは?」
ルカリンの視線が、低い石造りの建物に留まる。
華やかさとは無縁の外観。
装飾も、看板も、ほとんどない。
「フラルコタン記録館です」
ヘラが、静かに答えた。
「先ほどの演説、戦争、そして──消えたルエラン様。手がかりがあるとすれば、高い確率で、ここでしょう」
時が積み重なった場所。
語られなかった記録が、沈黙の中に残されている場所。
「……そう。ここなら……」
「ええ」
ルカリンは、扉の前で足を止めた。
この先に、探している答えがあるのか。
そして、その答えを知ったあとも──今の自分で、いられるのか。
短い逡巡ののち、彼女は口を開いた。
「……あの人が、なぜ逃げたのかを知りたい」
宣言にも似た言葉とともに、──カチャリ。
扉が開いた。
一歩、足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
外の陽射しは、敷居のところで断ち切られ、内側には、古い紙と埃、そして湿り気を帯びた匂いが、幾重にも重なっていた。
高い天井まで続く書架が、壁沿いに並んでいる。
書物は整然としているが、決して親切ではない。
──見つけられるなら、探してみろ。
そう言われているかのような配置だった。
ルカリンは、無意識に一歩、足を止めた。
ここは、人を迎え入れるための場所ではない。
記憶が眠る場所。
目覚めることを望まない記録が、静かに息づいている。
「……ここは、許可のない者が立ち入れる場所ではありません」
低く、はっきりとした声が響いた。
書架の間から、一人の少女が姿を現す。
ルカリンより、少し年下に見える。
肩まで届く濃い色の髪。
手には、分厚い帳簿。
身なりは整っているが、その視線には、明確な警戒が宿っていた。
「えっと……」
ルカリンは言葉に詰まる。
少女の言う通り、自分は許可されていない者だ。
それでも──
ここで引き返すわけにはいかなかった。
この中に、あの人に関する何かがあるかもしれないのだから。
少女の視線が、ルカリンの顔を慎重に追う。
瞳。
表情。
唇の動き一つに至るまで、確かめるように。
「……なるほど」
少女は小さく頷き、帳簿をぎゅっと握りしめた。
その瞳に、一瞬、何かが浮かび──そして、消える。
「あなたが探しているものは、二階の、奥にあります。本は丁寧に扱ってください。それから──ここから持ち出すことは、禁止です」
ヘラが、静かに視線を向けた。
ルカリンも、驚いたように少女を見る。
だが、二人が返事をする間もなく、少女は書架の間へと姿を消していた。
沈黙だけが、再び、記録館を満たしていく。




