表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第8話 仮面のままでは、辿り着けない

ルカリンは、答えを口にできないまま、広場から視線を逸らした。

平和な村の景色が、やけに重くのしかかる。


何事もなかったかのように会話を交わす人々。

品物を片づける商人たち。

笑顔で走り回る子どもたち。


どの表情も、どこか不自然だった。

まるで──

脱ぐことのできない仮面を被っているかのように。


そして、ふと思う。

その仮面を被っているのは、自分も同じなのだと。


「……こちらです」


ヘラの表情は、深く被った帽子に隠れて見えない。

だが、ルカリンには分かった。

彼女が、どんな顔をしているのか。

そして──

これから向かう場所が、どこなのかも。


二人はしばらく、言葉を交わさずに歩いた。

気づけば、中心街を離れている。


石畳はいつの間にか土の道へと変わり、人の声は、もう聞こえない。

風が木の葉を擦る、静かな音だけが残る。


そのとき、ルカリンは、ようやく安堵の息を吐いた。


広場は遠ざかっていた。

それでも、あの男の言葉は、頭から離れない。

穏やかな口調でありながら、外部の人間である自分でさえ、凍りつかせる力を持っていた。


ヘラは歩くあいだ、一度も口を開かなかった。

迷いのない足取りは、この道を何度も通ってきた者のそれだった。


「……ここは?」


ルカリンの視線が、低い石造りの建物に留まる。


華やかさとは無縁の外観。

装飾も、看板も、ほとんどない。


「フラルコタン記録館です」


ヘラが、静かに答えた。


「先ほどの演説、戦争、そして──消えたルエラン様。手がかりがあるとすれば、高い確率で、ここでしょう」


時が積み重なった場所。

語られなかった記録が、沈黙の中に残されている場所。


「……そう。ここなら……」


「ええ」


ルカリンは、扉の前で足を止めた。

この先に、探している答えがあるのか。

そして、その答えを知ったあとも──今の自分で、いられるのか。


短い逡巡ののち、彼女は口を開いた。


「……あの人が、なぜ逃げたのかを知りたい」


宣言にも似た言葉とともに、──カチャリ。

扉が開いた。


一歩、足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


外の陽射しは、敷居のところで断ち切られ、内側には、古い紙と埃、そして湿り気を帯びた匂いが、幾重にも重なっていた。


高い天井まで続く書架が、壁沿いに並んでいる。

書物は整然としているが、決して親切ではない。


──見つけられるなら、探してみろ。

そう言われているかのような配置だった。


ルカリンは、無意識に一歩、足を止めた。


ここは、人を迎え入れるための場所ではない。

記憶が眠る場所。

目覚めることを望まない記録が、静かに息づいている。


「……ここは、許可のない者が立ち入れる場所ではありません」


低く、はっきりとした声が響いた。


書架の間から、一人の少女が姿を現す。

ルカリンより、少し年下に見える。


肩まで届く濃い色の髪。

手には、分厚い帳簿。

身なりは整っているが、その視線には、明確な警戒が宿っていた。


「えっと……」


ルカリンは言葉に詰まる。


少女の言う通り、自分は許可されていない者だ。

それでも──

ここで引き返すわけにはいかなかった。


この中に、あの人に関する何かがあるかもしれないのだから。


少女の視線が、ルカリンの顔を慎重に追う。


瞳。

表情。

唇の動き一つに至るまで、確かめるように。


「……なるほど」


少女は小さく頷き、帳簿をぎゅっと握りしめた。


その瞳に、一瞬、何かが浮かび──そして、消える。


「あなたが探しているものは、二階の、奥にあります。本は丁寧に扱ってください。それから──ここから持ち出すことは、禁止です」


ヘラが、静かに視線を向けた。

ルカリンも、驚いたように少女を見る。


だが、二人が返事をする間もなく、少女は書架の間へと姿を消していた。


沈黙だけが、再び、記録館を満たしていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ