第12話 抜くべきもの、残すべきもの
「……そろそろ、この荒れた庭も片づけなきゃね」
ルカリンは言葉を濁しながら、庭を見渡して小さく息を吐いた。
いつから手を付けなくなっていたのか、もう思い出せない。
雑草は腰の高さまで伸び、かつて花が咲いていた場所には、名も知らぬ草だけが残っている。
季節は何度も巡ったというのに、この場所だけが、取り残されたままだった。
ルカリンはしばらく立ち止まり、空と庭を交互に見上げる。
抜くべきものは、あまりにも多い。
それでも──不思議と、途方に暮れる気持ちはなかった。
ただ、忘れていた大切な約束を、ようやく思い出したような気がした。
「草むしり、ですか。今のルカリン様には、ちょうどいい運動ですね」
ヘラがそう言って笑うと、ルカリンもつられて、ぱっと笑顔を咲かせた。
澄み渡る秋空の中で、世界を照らす太陽のように。
今のルカリンの笑顔は、まさにそれだった。
「そうだね。しばらく身体を動かしてなかったから、ちょっと心配ではあるけど」
穏やかな風が、山を越えて吹いてくる。
かつて、笑いを失っていた風。
その風が──長い時を経て、再びルカリンと、この家を訪れていた。
「……それでは、魔女である私、ルベール・ヴィッチとの契約も、これで終わりですね」
「あ……そういえば、そんな話もしてたっけ」
ルカリンは少し考えてから、続けた。
「対価が必要だって言ってたよね。何が欲しいの?」
ヘラはしばし、庭と、古い家と、ルカリンを順に見渡した。
強い意志を宿した紫の瞳が、何かを測るように、静かに動く。
そして、魔女は答えた。
「……考えが変わりました。私が必要としているものは、また別の人と契約すれば、手がかりが得られるでしょう。ですから──今は、何も要りません」
「……本当に?」
「では、この家を対価として差し出してくれますか?」
「えっ!?」
ルカリンは慌てて、大きな声を上げた。
「だ、だめに決まってるでしょ!お母さんが帰ってくるまで、この家の主は私なんだから!」
「……冗談です」
「もう……」
困ったように唸るルカリンを見て、ヘラはふと思い出したように、家の中へと向かった。
この地へ来るときに持っていた、大きな鞄を探り──小さく頷いて、再び外へ出てくる。
「その代わり……魔女から、小さな贈り物があります」
ルカリンは両手を揃え、ヘラからそれを受け取った。
小さな封筒。
中には、長い文章が書かれた一枚の紙。
そして、封筒の表に記された名前。
──ルエラン。
「……約束したんです。ずっと昔、ある人と」
ヘラは、それ以上語らなかった。
語る必要もない、というように、ただ視線を庭の向こうへ向けただけだった。
ルカリンは、そのある人が誰なのか、尋ねなかった。
封筒を胸に抱き、そっと指先で紙の感触を確かめる。
荒すぎず、滑らかすぎない手触り。
かすかに残る、インクの匂い。
それが──
凍りついていた心の残りを、ゆっくりと溶かしていった。
──お母さんは、いつも自分のそばにいた。
去ったことなど、一度もなかった。
見えなかっただけで、ずっと、隣にいたのだ。
あの夜の告白と、同じように。




