第1話 神に見捨てられた日、彼女は魔女になった
《ルベール・ヴィッチ》
彼女は、魔女になった。
神に見捨てられた──その日に。
そして、ひとつの「願い」が生まれた。
春風には、確かに季節の匂いが含まれていた。
庭を吹き抜ける風は暖かく、まるで母の懐に抱かれているかのように、優しかった。
グレイスは、遠い昔の記憶をふと思い出した。
幼い息子が、泣きじゃくりながら叫んだ言葉。
「魔女なら、きっとパパを助けられるよ!」
必死に絞り出した、その一言。
あの頃の自分は、それをただの子どもの空言だと切り捨てた。
この世に神など存在しない。
奇跡も、救いも──ない。
そう信じることを、彼女はとうの昔にやめていたからだ。
「もうやめて~! 目が回るよ、パパ!」
「ははは!」
あたたかな陽射しの下、二人の笑い声が庭いっぱいに広がっていく。
グレイスは、少し離れた場所から、その背中を見つめていた。
死を待つだけだった夫と、笑顔を失っていた息子が──
今は、確かに笑っている。
その光景こそが、彼女が何よりも望んだものだった。
「この手を取って、共に立ち上がるか。それとも、このまますべてを諦めるか?」
その声は、唐突に響いた。
気づけば、そこに立っていた。
一筋の陽射しすら届かなかった彼女の心に、魔女は静かに現れ、そっと手を差し伸べる。
──ルベール・ヴィッチ。
「ママも、早くおいで~!」
「ええ、すぐ行くわ!」
グレイスは目元をぬぐい、手を振り、振り返った。
神は、今も信じていない。
けれど──
魔女なら、信じられる。
奇跡を見せてくれた存在。
《願いの魔女・ルベール・ヴィッチ》ならば。




