笑顔の破壊力 lv.38
「やっとレイルちゃんの神力を見られるんだね。嬉しいよ」
ゼンは喜びを隠しきれないように体を震わせた。
「ご主人様。お願いします」
ルルが言った。
私は頷き、アークが持つ聖剣を見た。
聖剣とはこうあるべきだと言わんばかりの美しい剣。アークによく似合う。
左手で眼鏡を外すと、アークと目が合った。
すると、すぐにアークが目を逸らす。
私は、右手を上げ、左目を瞑り、聖剣を指さし照準を合わせた。
そして笑った。
バーンッ!
という大きな音がしたと思うと、アークが「ぐはっ」と言い、吹き飛び倒れた。
鼻血が出ているようだ。
「オルレア! アークを治療して! もしかしたら顔に当たったかもしれない」
私が言うと、オルレアが慌ててアークの元へ行った。
そして、アークに治癒魔法をかけている。
キラキラした光がアークを包んでいた。綺麗な力だ。
「アークさんはどこも悪くありませんし、怪我もしていませんでした。ご自身の気持ちの問題であのような事になっているようです」
オルレアが呆れたように言った。
それを聞き、ゼンが笑い出した。
「あはははははっ! アークは本当に面白いよ。それにしても……」
そう言って私を見た。
「すごい力だね。やっぱり、ぼくはレイルちゃんともっと仲良くなりたいな」
ゼンが私に顔を近付けて言った。
それを見た、ルルとオルレアが、『ダメです!』と、同時に叫ぶ。
倒れていたアークも立ち上がり、ハンカチで鼻血を拭いた後に、
「大神官様といえど、それ以上レイルに近付かないでください」
と言いながら私の前に立ち、両手を横に広げ、ゼンから私を隠した。
「別に取って食おうってわけじゃないんだから、ただの純粋な好意だよ。君も見えているんだろう?あの美しい力が。神力を撃つ瞬間の眩いほどの笑顔が」
ゼンは、私が恥ずかしくて逃げ出したくなるような事を言った。
ゼンにも神力が見えるようだ。『運命に選ばれし者』である、アークだけに与えられたものではなかったのか。
ゼンが一体何者なのかわからなくなった。
「見えてますよ。レイルの笑顔は特別なんです。見た者を魅了する力があります」
アークの声から真剣さが伝わってくるが、何を言っているのだろうか。
そんな事はありえない。こちらの世界に来る時に、笑顔で人を魅了するだなんていう話は無かった。
ゼンを牽制するための嘘なのかもしれない。
そう思っていると、ゼンも、
「そうだろうね。危うくぼくも落ちてしまう所だったよ。それにしても、神力は、神の力と言うだけあって神々しいね。威力も魔法とは桁違いだ。派手では無いけど、一点に集中して恐ろしい威力になってるね。こんなに心を奪われたのは生まれて初めてだよ」
そう言って、私の目を見て続けた。
「さっき、レイルちゃんの笑顔を見た時にも、似たような気持ちになったんだよね。あまり大勢に見せると収拾がつかなくなるかもしれないよ」
ゼンは、そんな事を言いながら、ニヤニヤと笑っている。
それを聞いたアークが、
「だから他の奴に見せたくなかったんだよ。俺が、あっ!って言ったのはそう言う事だ。レイルは自分を知ってくれ。笑顔を振り撒かないでくれ」
自身の後ろにいる私に向かって、少し強めに言った。
この世界に来てまで、笑う事を制限されるとは。
私が落ち込んでいるのを知ってか、ルルが叫んだ。
「ふざけないでください! ご主人様が今までどれだけ苦労したかも知らないくせに。当たり前に笑って生きてきた人がご主人様の笑顔を否定しないでください!」
これは怒っているな。アークは大丈夫だろうか。
アークを見ると、後ろ姿でもわかる程に動揺している。
そんなアークが、ゆっくりと振り返った。
私と目が合うと、今にも泣きそうな顔をしている。
「ちょっとアーク。私は大丈夫だから。泣かないで」
私はアークにしか聞こえないほどの声で言った。
すると、アークは
「俺最低だ。考えたらわかる事だった。レイルがいつも目に何かをつけているのも、誰かを傷つけないようにしてるんだよな」
そう言って、私が手に持っている眼鏡を見た。
目に何かをつけている……。眼鏡は一般的ではないのか。
そういえば、こちらの世界に来てから一度も眼鏡をかけている人に出会っていない。全然気が付かなかった。
私の姿は、この世界の人達から見ると、異様なのかもしれない。
そんな事を考えている間に、アークは私が落ち込んで言葉が出ないと思ったようで、
「本当にごめんな。レイルがその力で苦労してきた事は少し考えればわかる事だった。笑顔を振り撒かないでくれ、なんてただの俺のわがままなんだ。誰にも気付いて欲しくなくて……」
意味深な発言をすると同時に、
「ちょっとごめん」と言って離れていった。
アークはしばらく私達に背を向けた後に、こちらへ戻ってきた。
「今、国王から思話がきた。【ゴウカの魔物】について、国の偉い人たちで話したそうだ。また、俺たち4人で近々王宮に来てくれないかという事だった。何故か強制ではないらしい」
アークは少し困惑しているようだった。
強制では無いと言いつつ、王宮からの招集を断れないのをわかっている感じが少し鼻につく。
「昨日と今日でここまで話を進めたんだから、王宮に行くなら早い方が良いし、明日でいいかなと思うんだけど、どう?」
私はとにかく、王宮での話を早く終わらせたかった。
だらだらと先延ばしにすればする程、【ゴウカの魔物】が結界を破って出てくる確率が上がる。
「確かに、今の状況では、早くしないと手遅れになってしまいます。早く動くに越した事はありません」
ルルが言った。
アークとオルレアも頷いている。
「君たちだけで盛り上がってずるい。大神官として、国の行方を左右する話し合いには同席しないと顔が立たないし、ぼくも話し合いに参加させてよ」
とゼンは同席するための理由を話した。
大神殿も全面的に協力してくれると約束を取り付けた後だ。わざわざゼンの話し合いへの参加を断る理由も無い。
「結局は、大神官様にも伝える事になるでしょうし、元からいてくださるなら説明の手間が省けて良いですね」
と私が言うと、
「レイルちゃんは、大神官様だなんて堅い呼び方じゃなく、ゼンって気軽に呼んでよ。これから付き合いも増えるだろうし」
ゼンが面倒なことを言ってきた。これで断れば駄々をこね始めるのだろう。
「わかりました。では、ゼン様と呼ばせてもらいますね」
私は即答した。
ゼンは驚いたような表情をした後に、笑った。
「じゃあ今日は解散で良いかな。また明日、時星がオレンジの早いうちに王宮に集まろう。ぼくは明日の為に今日は帰るよ。じゃあレイルちゃん、また明日会えるのを楽しみにしているよ」
そう言って、パチンと指を鳴らすと、ゼンが消えた。
こういう存在を、嵐のような人だと例えるのだろうか。
「大神官はご主人様にご執心ですね。無理もないですが。度を超えた時には、ルルにお任せください」
ルルはそう言ってニコッと笑った。
良い笑顔なのに、ゼンが心配になった。
「じゃあ俺たちも明日に備えて一度帰るか」
アークが言うと、
「そうですね。今日は色々な事が判明しましたし、私も頭の中を整理したいです」
とオルレアが言った。
今日は本当に疲れた。身体ではなく、精神的にだ。
今日の話し合いでは、範囲的に精神操作が行われていると判明した事が1番大きい収穫だ。
私も帰って考える時間がほしい。
「うん。皆、今日はゆっくり休んでね。明日は各々で王宮に集まろう」
その後は、アークとオルレアと別れ、ルルと家に帰った。
とりあえず、今日あった事をメモしなければならない気がして、覚えている限りを紙に綴った。




