笑顔の破壊力 lv.36
ゼンが描く【ゴウカの魔物】は、五十年前に実際に見たものらしい。
ゼンの画力はかなりのもので、絵が下手だから違って見える、という事ではない。
私は、オルレアとアークの二人と交互に目を見合わせた。
二人も、五十年前との違いに驚いている様だ。
顔をこわばらせながら、オルレアが口を開いた。
「大神官様……これは、ゴウカの魔物ではありません。私達が見たのは、大きさは三ミール程で、縦に長い四本足の魔物です。こんなに丸いどっしりとしたものではありませんでした」
オルレアは、昨日自身が描いた絵をゼンに見せた。
「これが以前、私が見た魔物の姿です。昨日見た時にはすでに足が四本になっていました。足の数以外は今いる魔物と変わりません」
ゼンが描いた魔物の姿とは似ても似つかない。
オルレアが描いた魔物には口があるが、ゼンの方にはない。体の形もちがう。ゼンの方はただ、楕円形の黒い物体に六本足が生えているだけだ。
それを聞いてゼンは顎に手をやり、何かを考えている。
「人間にとって長くても、ぼくにとって、五十年なんて最近の事だから、ぼくの記憶違いという可能性はない。それにしても、ここまで形態が変わっているのに、何で誰も気付かなかったんだろう」
確かにゼンの言う通りだ。
五十年の間に【ゴウカの魔物】は、誰が見ても明らかな変わり様だ。
これに気付かなかった、というのは無理がある。
「そうですね。ルルにもこの現象についての情報は何も入って来ていません。もしかしたら父にもわからない可能性があります。何かおかしな事がこの国で起きていそうですね」
ルルは真剣な表情で言った。
「あの」
とオルレアが口を開いた。
「誰も気が付かなかった、という事についてならば、原因がわかるかもしれません。国でゴウカの魔物に監視をつけているのはご存知ですよね? その監視が何故か半年に一度代わっているようなので、少しずつ変化していく魔物に気付けなかったのではと思います」
私にも気になる事がある。
「私も良い? ずっと気になっていたんだけど、オルカラ王国は一つの大きな街が潰されているというのに、ゴウカに対して意識が低すぎるよね。国民も今の状況に何も疑問を抱いていないのが不気味なくらい」
アークも自分達の危機意識が低いと言っていた。
その時は、ただ聞いていただけだったが、流石にここまで皆が無関心なのはおかしいのではないだろうか。
「俺も、ゴウカについてあまり考えた事は無かった。でも、今聞くと、それが異常なのはわかる。あと、おかしい事で言うと、俺は好奇心旺盛なんだ」
アークが何やら変な事を言い出した。
好奇心旺盛だと自分から言う人はあまりいないだろう。
「ははははは。アーク、君は面白いね。ははっ。なんて続きが気になる話し方をするんだろう。はははっはは」
ゼンは笑いながら言った。ツボに入ったようで笑いが止まらないようだ。
「大神官様! 俺は面白い話をしているんじゃ無いんですよ」
とアークが困ったように言いながら続けた。
「そんな好奇心旺盛な俺が、子どもの頃にゴウカに入ろうともしなかったんだ。子どもなら魔物を見つけて倒してやるくらい思っても良いものなのに……」
アークは、子どもの頃の自分の行動がおかしいと言っている。
だが、私には当たり前のことに聞こえる。
そんなに危ない所に行きたい人はそういないだろう。
「ゴウカに入って魔物を倒すだなんて、考えても実際はしないんじゃない?」
私が言うと、
「する」
アークが小さな声で言った。
「何?」
と私が聞き返すと、
「するんだ、俺なら絶対にする」
アークは私の目を真っ直ぐに見ている。
ああ……これは、からかってはいけないやつだ。
アークだからこそ……か。
「わかった。そのアークが、ゴウカに入らなかった……入りたいとも思った事がない。というのが問題なんだね」
私は言った。
それを聞いたアークは静かに頷いた。
先程まで笑っていたゼンも落ち着き、何かを閃いたかのようなそぶりを見せた。
「これは、範囲的に精神操作されている可能性があるね」
ゼンが言った。
これには、その場にいた全員が驚きの声を上げた。
特に反応したのはアークだ。
「俺は精神操作が使えます。普通に考えて、俺に効果が出るほどの精神操作は不可能です。よほど大規模な魔法でないと、俺まで精神操作にかかることはありえません」
精神操作が使える人に対して、精神操作は無意味らしい。
そんなアークにさえ、効果の出るレベルの精神操作がオルカラ王国で使われている。
「アークは精神操作が使えるんだね。という事は、アークにはそこまで効果がはっきりと出たわけでは無いかもしれないよ。入った事はなくても、自分からゴウカに近寄った事はあるんじゃない?」
ゼンがアークに言った。
「それはあります。一人でゴウカの魔物を見に行ったことが数回……」
アークが答えると、
「それが、君にとって精神操作への最大の反抗だったんだよ。君以外には出来ないことだと思うよ。もちろん、遠くから眺める事なら、誰にでもできるんだけどね。それすら、この国の人々はしないだろう」
ゼンはアークを励ますように言った。
軽いだけかと思っていたが、案外良い人なのかもしれない。
ここでオルレアが
「ですが、そこまで大規模な精神操作だなんて、可能なんですか? 国が一つ飲み込まれるほどの魔法なんて見た事も聞いた事もありません」
そう言うと、すぐにルルが反応した。
「もうそういう段階ではありません! ゴウカに関する事そのものが見た事も聞いた事もない前代未聞の緊急事態です! まず、考えなければならない事は、『今から何をするか』です!」
確かに、一つずつ考えていくのでは時間がかかりすぎる。この状況をどうするか考えなくてはならない。
「そうだね。こんな時に呼び出してごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、大神官として、ぼくもこの件は放っておけないし、オルカラ王国の大神殿は君たちに全面的に協力するよ」
ゼンは特に理由も無く呼び出した事を反省しているようだ。
もしかすると良い暇つぶしが出来たとでも思っているのかもしれない。
この戦いが、どれ程の被害を出すかはわからないが、大神殿の協力で国民の生存率が跳ね上がるのは間違いない。
そこは素直に喜ぶ所だ。
「ありがとうございます。大神官様直々にそう言ってもらえるのはありがたいです」
私は笑顔で言った。
その瞬間、アークが、
「あっ!」
と大きな声で言った。
「ふーん、レイルちゃん。やっぱり大神殿に来ない? 君の神力に惹かれていたけど、君にも興味が湧いてきたよ」
ゼンはいきなりどうしたのだろうか。
「どうしたんですか? 今、何かありました? ねえアーク今の、あっ! って何?」
アークは少し気まずそうにして、目を逸らした。
それに対し、
「女の子にそんな態度とっちゃだめだよ。質問には答えないと、嫌われちゃったら立ち直れなくなるよ?」
ゼンがアークに言った。
そして、アークは私と目を合わせた。
相変わらず美しい顔。サラサラの濃いグレーの髪に金色の瞳。
「レイルが大神官様に笑いかけたのがいやで大きな声を出してしまった。びっくりしたよな。ごめん」
アークはまだ眼鏡の事を知らないのかもしれない。
「大丈夫だよ、私が神力を大神官様に当ててしまうと思ったんだよね? 今、私がかけてる眼鏡があれば笑っても神力は飛ばないから安心して」
私は眼鏡を触りながら言った。
「そうじゃなくて! まあ、今はいいや。いつか話すよ」
私の推測は外れたようだ。
ここで、ルルが言った。
「皆様。緊急事態です。一刻も早く戦えるようになりましょう。まず手始めに、皆さんが使える技を見せ合いませんか?」




