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笑顔の破壊力 lv.34

「ぼくが『魔人化』だと判断しただけで、実際にそうと決まったわけじゃないからあまり身構えないでよ」


 ゼンはそう言って笑った。


 『魔人化』って……。『魔人』って……。


 私にも、魔人が魔物よりやばいものだという事はわかる。

 

 そんなゼンにオルレアが、


「身構えますよ。魔人は大昔にいたと聞いた事はありますけど、まさか今魔人が誕生しようとしているだなんて……。『聖女の結界』を利用されてしまいました……」


 そう言った後にうつむいた。


 いつも前向きなオルレアが落ち込んでいる。


「アークが鑑定士に『核』の鑑定を頼んでいるから、鑑定が終わるのを待つ他ないね。どんな結果であろうと、聖女に責任は無いよ。落ち込まないで」


 できるだけ優しい声でオルレアに言った。


「…………レイちゃん」


 こちらを見たオルレアは、目に涙をためている。


 これだけの美少女の涙を見て、助けない人はいないのではないだろうか。


「聖女は今、水魔法を使っていませんでしたか? 不自然な間がありましたよね? 治癒魔法と結界しか魔法が使えないと言ってはいましたが、一滴の水を出すくらいできるでしょう。これは落ち込んでいるフリですよご主人様!」


 ルルは腰に手を当てて言った。


 オルレアは私の後ろに隠れ、


「ルルさん、ひどいです。私はこんなに落ち込んでいるのに、そんなに私を悪者にしたいんですか? レイちゃん、これはれっきとした涙です。信じてください」


 オルレアは上目遣いで言った。


 れっきとした涙。そんな言葉は初めて聞いた。


 逆に胡散臭くなっている。


「まあ、涙か水かなんて些細なことだし、一旦落ち着こうか」


 私が言うと、


「些細な事なのかは疑問ですが、ご主人様がそう言うのなら、見逃してあげます」


 ルルは頬を膨らませながら言った。


「君たちは見ていて飽きないね。表情もコロコロ変わって面白い。それより今の話だと、もう【ゴウカの魔物】の『核』は鑑定に回したんだね。結果が出るには少しかかるかもしれないからあまり気張りすぎないで待つと良いよ」

 

 ゼンはこちらを見ながらニコニコしている。


「では、もうお話は終わりましたし、帰りましょう」


 ルルが言うと、ゼンがあたふたとわかりやすく焦り始めた。


「まだ来たばかりなのにもう帰っちゃうの? もう少し話そうよ。ぼくは面白い話をたくさん知っているから君たちも楽しめると思うよ」


 これが、大神官。


 まるで、見た目通りの子どもだ。


「ほらほら、美味しい紅茶もあるよ。希望があればお菓子も用意しよう」


 ゼンが指を鳴らすと、テーブルの上にティーセットが現れた。


「ご主人様……」


 ルルが子犬の様な目でこちらを見ている。


 自分で帰ると言っておきながら、まんまと罠に引っかかった。


「わかったよ。もう少しここにいようか」


 そもそも、私は帰りたいとは言っていない。


「ルルさんは食いしん坊ですね。レイちゃん、私達も頂きましょう。大神官様は舌が肥えているので、味は保証されたも同然ですから」


 オルレアはそう言うと、私の口にケーキを入れた。


 美味しい。さすが、オルカラ王国。


 ルルはそんな私達の様子を見て、

「ふぇいびょば、ばめでふぼ、ふぁばれふぇふはふぁい」


 もはや何を言っているのかわからない。


「いやです! 私はレイちゃんの1番のお友達なのですから、絶対に離れません!」


 どうやらオルレアには、ルルが何を言ったのかわかったらしい。


「すごいねっ! 今のがわかるだなんて、オルレア、君はルル様が好きなんだね」


 ゼンがからかうように言うと、


「好きとかではないですが、私とルルさんはいわばライバルです。ルルさんには何事も負けたくないと思っていますので、ルルさんの事はよく知っているといいますか……」


 オルレアは顔を真っ赤にしながら、ルルを認めている事を話している。


 本人にその自覚は無いだろうが、周りからはバレバレで、和やかな空気が流れた。


「ところで、レイルちゃん。イチノの大神殿に来る気はないかい?」


 ゼンが唐突に言った。


 その言葉に私よりも先に反応したのが、ルルだった。


「そういう話はルルを通してもらえますか? ルルとご主人様は寝食を共にしている家族です! 大神官といえども勝手な事を言わないでください」


 そう言うと、シャーッという声が聞こえてきそうな勢いでゼンを威嚇した。


「ルル様もおいでよ。ぼくとレイルちゃんとルル様で一緒に暮らそうよ」


 この提案には、ルルも目を丸くしている。


 無理もない。この提案は私達になんの得もないのだ。


 そもそもなぜ、ゼンはこんなに自信があるのか疑問だ。


「一応確認ですが、私達が大神殿で暮らしたいと思っていると思うんですか?」


 私が聞くと、


「そらそうでしょ。大神殿は王都イチノにあって、大きくて綺麗で食事も美味しい。大神官である、ぼくもいて、名誉ある大神殿で暮らせるのに、断る理由なんてあるかい?」


 ここまで言い切れるなんて、ゼンはある意味すごい人だ。


 そういえば、ここまでオルレアが何も発言をしていない……。


 オルレアを見ると、困ったような顔でもじもじしている。


「オルレア? どうしたの? 何かあった?」


 私は、いつもと違うオルレアが心配になった。


「あの……。私はどっちに付けば良いのでしょうか。大神官様に付けば、王宮で暮らしている私は、いつでもレイちゃんに会いに行けます。ですが、レイちゃんがお家や、お庭で育てている植物達を大切にしている事も私は知っています。どっちつかずですみません」


 オルレアが口を開かなかった理由がわかった。


 私からすると、大神殿に住むことは無いとわかっているから、オルレアがこんなに悩んでいるのが申し訳ないくらいだ。


「聖女がそんなに悩んでいる時に悪いですけど、ご主人様が大神殿に行くことはありませんよ」


 ルルが言うと、


「え? そうなの? こんなにいい条件なのに……。仕方ないか。レイルちゃんには帰る家があるからね」


 ゼンがいきなり意味深な事を言い出した。


 これは、ゼンには帰る家が無いのか質問をする所だが、今の所そこまでゼンに興味は無い。


「そういう事です。ご馳走様でした。そろそろ私達は失礼しますね」


 そう言って私が立ち上がると、


「少し待ってください。アークさんから連絡がきました」


 そう言うと、オルレアは真顔で固まった。時折目が動くが、他は固まったままだ。


 そういえば、思話(しわ)は心の中で会話をする、いわゆるテレパシーだ。心の中で話しているだけだと、表情を変える必要はない。


 思話を使うとこんな感じになるのか……。


 使っている本人は必死に話しているのだろうが、周りから見ると、ものすごく異様だ。


 これは盲点だった。


 この現象に気付いている人はいるのだろうか……。


 そんな事を考えていると、オルレアに表情が戻り、


「『核』の鑑定結果が出たようです」


 と、焦りを滲ませた声で言った。


 

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