笑顔の破壊力 lv.30
眼鏡のズーム機能を使って、少し離れた場所からゴウカを見た。
やっぱり多い。
【ゴウカの魔物】が増えている。
そもそも増えている、という言葉が合っているのかはわからない。
元々確認されてる以上の数の個体がいたのかもしれない。
これも、平和に慣れてしまった国の調査不足だ。
ゴウカという1つの大きな街で、攻撃を受け付けない魔物が何体いるかを数えるのは不可能に近いのだろうが。
「皆ちょっといい?」私は3人に声をかけた。
3人は頷いて立ち止まった。
ゴウカが近くなった事で空気が張り詰め、全員の口数が少なくなっている。
「魔物の数が増えてる」
私は、今見たものを伝えた。
「増えてるとは、以前ルルはご主人様に【ゴウカの魔物】の数は数十体だと言いましたが、それよりも多いということですか? もしそうなら100体を超えていることになりますが……」
そこまで言ってルルは黙った。
私はルルに向かって頷いてから、
「私は今まで2回、ここに来たことがあるんだけど、それも最近の事で、状況が変わるような日数でもないはず。なのに100体以上いる」
と言った。
それを聞いたアークが焦った様子で、
「レイルには遠くを見る能力もあるのか! とりあえず確認にいこう! それが本当なら急いで報告しないといけない」
そう言うと走り出した。普通に歩けばすぐに着く距離だが、相当不安になっているようだ。
だが、それで良い。
今回はただ見に来たわけではない。
これからの戦闘を左右する、大事な確認に来たのだ。
私には、どうなるのか結果がわかっているけれど、3人に現実を見てもらわなければならない。
恐る恐るゴウカへと近付く。
【ゴウカの魔物】が目視できるくらいの距離にくると、
ゴリッガリガリガリ。ゴリゴリガリガリガッ。
不快な音があたりに響いている。
「そんな……」とオルレアが声を上げた。
そこにいたのは、オルレアが張った結界を頭が痛くなるような音を出しながら取り込んでいる、数体の魔物だった。
この異様な光景に、一足先に目撃したであろうアークは、言葉につまっているのか、何も言わずただ、結界を食べている魔物の姿を眺めていた。
「ご主人様。本当に『4本』ですね」
ルルが言うと、やっとアークが口を開いた。
「何だよこの状況は。数十体じゃ無かったのか? 数百はいるだろ。6本足の魔物が4本足になって、『聖女の結界』を取り込んでる。もう傍観しているわけにはいかない。オルレア、『思話』でこの事を大神官様に伝えてくれるか? 俺は、国王と母親に報告する」
アークは軽くパニックになっていそうだった。無理もない。思っていたよりも状況が相当悪いのだろう。
そしてこの状況でまさかの母親が出てきた。
自分の家族には危機を知らせたくなる気持ちはわかる。
だが、この情報を今国民に広めても良いのか。その辺も考えた上でなら何も言わないが……。
そして、やはり『思話』は誰にでも使える能力のようだ。
なんとなく、ルルが何も言ってこない事を思うと、私は使えないのだろうと予想はしていた。
魔法同様、思話を使うと過剰な何かが起こるのだろう。
『神力』の使い勝手の悪さを思い知らされる。
オルレアとアークがそれぞれ報告をするため、少し離れている間、ルルは【ゴウカの魔物】をまじまじと見ていた。
あんなに恐ろしいものを近くで見られるのは、さすがルルとしか言いようが無い。
「ルル。そんなに近付くと危ないよ」
私はルルに言った。ルルはこちらを見もせずに、
「ご主人様。今はチャンスなのですよ! 【ゴウカの魔物】は、これまでずっと謎に包まれていました。それは、結界を恐れてか、こちら側に近付く事がなかったからです! 結界に張り付いている今の状態なら何処に『核』があるかわかるかもしれません!」
ルルは冷静だ。
こんな状況で相手の弱点を探ろうとしている。
いや、こんな状況だからこそ、か。
「そうだね。ルルもオルレアもアークもすごいね。私はただ見て恐れていただけだ。皆に今の現実を見てもらいに来たつもりだったけど、ちゃんと現実に向きあえていないのは私だったのかも」
なんで私は知ったような気になっていたのだろう。
人生の全てをこの世界で過ごしてきた人達と、つい数ヶ月前にこの世界に来たばっかりの自分の意識が同等の訳がない。
ここは現実で、この国の未来を私達だけで救おうとしているのだ。
何度も何度もここは現実だと言い聞かせてきたが、まだ覚悟が足りなかったのかもしれない。
パチンッッ 私は両手で自分の頬を叩いた。
ヒリヒリする。だが、目が覚めた。
「よし、私もちゃんと観察するよ! 魔物にあるはずの核を探せば良いんだよね? 核ってどんな見た目をしてるの?」
ルルに尋ねると、
「それはわからないのです。個体によって場所も違いますし、形も様々です。問題は、見えない可能性の方が高い、ということです。たまに目視できる場所に核がある魔物もいるのですが、ほとんどの魔物は体内に核を持っています。それを探すには切り刻む他ありませんから、あの勇者に沢山働いてもらうしかないですね」
そう言ったルルは、本当に何でも知っている。心強い味方だ。
「核……か」
なんとかなるかもしれない。
「ねえルル。私の色を見る能力で核の場所がわかったりしないかな?」
私が言うと、ルルは、ハッとした様子でこちらを見た。
「ご主人様! いけます! あの力は、生物の根本が見えます! 1色だけとは限りませんし、もしかすると、核の部分だけ違う色の可能性もあります!」
ルルの目はキラキラと輝いている。
期待されていると、少し不安になるがやってみよう。
左手で丸を作り覗く。
【ゴウカの魔物】以外を視界から無くす。
見えた。淀んだ黒いモヤがかかっている。
オルレアは光だった。眩しい光だった。
【ゴウカの魔物】の色は、オルレアと正反対の『暗い闇』そのものだった。
怖い。ただただ怖い。怨みや憎しみや怒りなどという感情もない純粋な闇。
目を逸らしてはいけない。
私がやらなければ何も始まらず、終わらない。
あとは……。核がどこか……。
魔物の頭から下へ下へと覗いていく。
「あった!」思わず声が出た。
「本当ですか!? やっぱりご主人様は最高です!」
ルルが明るい声で言ったのが聞こえる。
【ゴウカの魔物】の『核』は元の暗い闇の色の中で、赤黒くおぞましい色に光っていた。
実際に光っていたわけではない。
時星と同じように、暗い中にも浮かび上がってくるような。闇に呑まれない色だった。
大きさは拳ほどだ。
想像より大きくて少し安心した。
的は大きいほど良い。
「ご主人様! 核の位置は正確にわかりますか? それとも大まかにですか?」
ルルは興奮を抑えきれないようだ。声が踊っている。
「正確にわかるよ。この魔物はお腹の中心にある。今ここから撃ったら確実に倒せる」
私は、結界を食べている魔物を見て言った。
魔物は近付いてもこちらを見ない。大きな声を出しても気付いていないようだ。
「ご主人様、撃ってみましょう!」
ルルはゲームでもするかのように明るい声だ。
「え?良いの? こういうのって対策会議とかするんじゃないの?」
私が聞くと、ルルは
「ご主人様がしてはいけない事なんて、この世界では誰も決められませんよ」
そう言ったルルを、魔物から目を離して見た。
すっっっごい悪い顔をしている。
神力の威力を試したくて仕方がないのだろう。
私が、家で神力を当てる修行をしている時も、付き纏ってきていた。
「でも、ここには結界があるから神力は通らないんじゃないの?」
【ゴウカの魔物】と戦う時には、『聖女の結界』を解除しないといけないのでは、と少し不安だった。
解き放った魔物を一気に倒せる自信はない。
「いいえ!【聖女の結界】は『魔』にのみ有効です。普通に生活している人達にとっては、あって無いようなものなのです! そうじゃないと、イチノからシームまでの4つの街にも結界が張ってありますから、誰も行き来が出来なくなってしまいます!」
ルルは、イヒヒっと可愛くわらった。
『魔』か。魔物以外にもこういう存在がいるのかもしれない。
「確かにそうだね。ニライの中心街で私が結界を破ったって言っていたから、てっきりこの結界も似たような感じかと思ってた」
私が言うと、
「結界にも用途があるのですよ! 中心街の結界は攻撃魔法に対してのものでした。ご主人様の兵器のような神力にも耐えたのは『聖剣』のおかげという他ありません」
ルルはチラッとアークの方を見た。
「『聖女の結界』の効果は、『魔』の侵入、脱出を防ぐ事です。結界に閉じ込められたら、外からは結界の中の様子が見えるし、聞こえますが、中からは何も見えないし、聞こえません。本来なら外から魔法や弓等を撃ち込み殲滅出来るのですが、【ゴウカの魔物】はそのどちらも効きませんので、結果放置した形になりました。ご主人様だからこそ!今なら倒し放題なのです!」
これは……。
無双できるのでは……?




