笑顔の破壊力 lv.110
「では、どこか座れる場所を探しましょうか。流石にお部屋に招くのはアークさんも気まずいでしょうし」
とオルレアはアークに気を遣い、提案した。
「俺は、二人が良ければ部屋で大丈夫だが……」
アークは自身が部屋に行く事で、私達が動かなくても良いように、と考えてくれているようだ。
「オルレア、アークもこう言ってくれてるし、部屋で話そうよ。私達もその方が楽でしょ?」
私がオルレアを説得すると、
「ふふっ、そうですね。楽出来ますし、お部屋で話しましょうか」
とオルレアは、あえて理由を繰り返して、楽しそうに笑いながら答えた。
部屋から謁見の間に飛ばされた私達は、部屋への戻り方がわからない。
私はバッグに入れていた、小さなピンクのベルを取り出し、カランカランと鳴らした。
「お呼びでしょうか」
すぐにジェイナが現れる。
肩書きはメイド長だが、忍にもなれそうだ。
ダンが執事を名乗っていた時を思い出す。
「部屋がどっちだったかわからないから、案内してくれる? 部屋にはアークも一緒に行くからね」
私が言うと、ジェイナは頷き、
「お二人はドレスですので、あまり歩き回られると靴擦れを起こしてしまうかもしれません。ワープでお部屋にお連れ致します」
と言って、パンッと手を叩いた。
少しの浮遊感の後、床に着地する。
「では、お茶の用意を致しますので、少々お待ちください」
ジェイナは、お茶の準備を始めた。
私がソファに座ると、すぐにオルレアが私の隣に座る。
アークは私の向かいのソファに座った。
「それで、二人共私に相談があるんだよね? お互いに聞かれても大丈夫な事?」
私はオルレアとアーク、二人に問いかける。
「俺は、聞かれても問題ない。むしろ聞いてもらっといた方が、後々面倒が無くて良い」
アークの相談は、オルレアがいない時にすると面倒な事になるらしい。
「私も聞いていただいて構いません」
どちらも、変な事では無さそうでひとまず安心だ。
「じゃあどちらが先でも良いよ」
私が言うと、
『明日、一緒に時計を買いに行きませんか(行かないか)?』
オルレアとアークの声が被った。
どうやら、二人は同時に同じ事を言ったらしい。
時計……か。
時星が無くなった今、時計が無いと不便かもしれない。
「そうだね。でも私達、街に出ても良いのかな?」
ここ数日で有名になったらしい私達は、街に行く事を禁止されている。
「変装すれば平気ですよ」
オルレアがしれっと言った。
まさか聖女であるオルレアが、周囲を騙すような事を自ら言うとは思わず、私は驚きのあまり少し固まってしまった。
「俺も賛成だ。だが、変装の仕方がわからない」
アークは頭を抱えた。
この二人は誰もが認める美男美女だ。
並大抵の変装じゃ、このオーラを隠す事は出来ないだろう。
すると、お茶を入れ終えたジェイナが、カップを順番に私達の前に置いた。
「変装をされるのでしたら、私がお手伝い致しますよ」
そう言って、ジェイナはにっこりと笑った。
ジェイナなら、目立たない服装、髪型等に詳しそうだ。
「ありがとうジェイナ。でも、私達が街に行ったってバレたら、ジェイナも叱られるかもしれないから、私達だけで何とかするよ」
ゼンがどんな罰を与えるのかわからない以上、ジェイナを巻き込む訳にはいかない。
「私を心配してくださっているのですか。ありがとうございます。ですが、お手伝いはさせてください。皆さんを必ず街に溶け込ませてみせます」
ジェイナは楽しそうだ。
「じゃあ、明日はお願い。変装して街に行くだなんて、ちょっとワクワクしちゃうね」
自然と顔が綻ぶ。
オルレアとアークも嬉しそうだ。
そこで私はある事に気付いた。
「私、眼鏡をかけてるから変装してもすぐにバレちゃう……」
これは致命的だ。この世界で眼鏡をかけているのは私しかいない。
「確かに……レイちゃんに絶対に必要な物ですし、これはどうにも出来ない問題ですね」
オルレアは、少し落ち込んでいるようだ。
「レイルを布で覆って、俺が担いで行く! それなら眼鏡の問題もクリアだ!」
アークはたまに、変な事を言う。
オルレアは、アークを蔑むような目で見ている。
「そこまでして行かなくても……」
私が言うと、
「眼鏡の事は気にしなくても大丈夫ですよ」
テーブルの脇で待機するジェイナが言った。
「大丈夫って、何か対策があるの?」
私は、眼鏡の代わりになる物を考えてみたが、何も浮かばなかった。
「いえ、対策ではありません。今、オルカラ王国では、眼鏡をかける事がブームになっているのです」
何やら、ジェイナも変な事を言い出した。
眼鏡がブーム……前の世界でも、目は悪くないが、オシャレのために眼鏡をかける人がいた事を考えると、おかしくは無いのかもしれない。
「今、外ではそんな事になってたんだな」
アークが感心したように言うと、
「では、普通に変装するだけで良さそうですね。私も眼鏡が気になります……どこに売っているのでしょうか」
オルレアも、眼鏡をかけてみたいようだ。
「眼鏡は、ニライにある、クロエ様の雑貨屋で売られております。戦いが終わり、皆様の事が国中で噂になった頃に発売され、何度補充をしてもすぐに売り切れる事態になっているようですよ」
ジェイナが眼鏡の出所について、細かく説明をしてくれた。
「お母様が……時計の事も眼鏡の事も、タイミングが良すぎて、実は未来が見えてるんじゃないかと思えてきた」
そうアークが言うのも頷ける。
この先の展開を予想していないと出来ないような動きをクロエはしている。
商売人であるクロエはただ、一番良いタイミングで商品を出しているだけという事もわかっているが、商才がありすぎるのだろう、全てが絶妙に噛み合っている。
「商売に対して、恐ろしい程の嗅覚をお持ちですよね。ローレン夫人のおかげで計画がスムーズに進みそうです」
オルレアは胸の前で両手を合わせ、満面の笑みで言った。
「そうだね。明日の目的地はクロエのお店だし、会えたらお礼言わないと」
私が言うと、オルレアとアークは笑顔で頷いた。
「明日の朝、またこちらに伺います。アーク様のお部屋には別の者を向かわせますので、ご安心ください」
ジェイナはそう言うと、窓の外をチラッと見た。
「時星は無くなったのでしたね、ついうっかり見てしまいました。そろそろ昼食ですが、お部屋で食べられますか?」
今まで当たり前にあった物が無くなったのだ、習慣や癖を変えることは簡単ではないだろう。
「今日一日は、部屋で食べようかな」
私が言うと、オルレアも頷き、賛成してくれた。
「かしこまりました。では、準備をして参りますので、失礼致します」
ジェイナは部屋を出て行った。
「じゃあ、俺も部屋に戻るよ。明日、楽しみにしてる。またな」
アークも部屋を後にする。後ろ姿からも喜びが溢れているのがわかり、少し笑ってしまった。
「アーク嬉しそうだね。よっぽど時計が欲しいみたい」
アークは年上だが、弟のように感じる事がある。
「殆どの方が時星が無くなって不安を抱えていますから、皆さん時計を買い求めるでしょうね。不安を抱えていると言いましても、レイちゃんのせいだなんて思わないでくださいよ?」
時星を壊したのは私だ。オルレアは、私が罪悪感を抱えていた事に気が付いていたようだ。
「そもそも、時星を壊せと言われたから壊しただけで、レイちゃんの意思じゃないんですから、気にしてはダメですよ」
オルレアは少し怒ったように言った。
実際、時星はこの世界の異物で、オルカラ王国全域の精神操作の源だった。
「ありがとう、確かに私の意思じゃないんだよね。悪い事をした訳じゃないのに、さっきジェイナが外を見た時に申し訳ないなって思っちゃった」
私は軽く笑って言った。




