笑顔の破壊力 lv.104
「じゃあ、時星の事は二人の精霊王に任せるとして、ネロ、この五十年間の事を教えてよ」
ゼンがネロの顔を覗き込み、満面の笑みで言った。
「ああ、いくらでも聞いてくれ。ぼくーは君の為なら何でも真剣に答える」
ネロが笑顔で言うと同時に、ゼンは指をパチンと鳴らした。
ネロはゼンを特別扱いしているらしい。
気がつくと、私達は大会議室にいた。
皆がテーブルを囲み座ると、ローズが立ち上がり、ネロの前で止まった。
「ネロ、えらく遅いおかえりだったねえ。あたしの姿を見て何か思う所はないかい?」
怖い方のローズだ。
今の今まで怒りを我慢していたらしい。
ネロは視線を泳がせている。
ローズの剣幕に押され、何も言えない様だ。
「五十年前にあんたが消えたせいで、ゴウカがどうなったのか……知らない、なんて事ないだろうね? 沢山の人が砂になっちまったんだよ……あたしも含めてね」
ローズの言葉には、怒りが濃く含まれている。
「まあまあローズ、ネロ君の話も聞いてあげようじゃ無いか」
ヴェルデがローズを落ち着かせ、椅子に座らせる。
あれだけ壮絶な体験をしたローズには、ネロはあの事件の元凶のように映っているのかもしれない。
「じゃあ、あの時何があったのか話してくれるかい?」
ゼンが言うと、ネロはゼンに向かい頷いて話しだした。
五十年前、ネロはいつものようにゴウカの街をフラフラしていた。
すると、ゴウカでは見た事のない女性が、小さな赤ん坊を抱っこしてネロの前に現れた。
「すみません……家族とはぐれてしまったので、一緒に探していただけませんか? 私、この辺りの事をあまり知らなくて……」
母と思われる女は、何かに怯えているようだった。
ネロは何か事情があるのだろうと、深くは聞かず、この親子の家族を一緒に探す事にした。
探し始めてしばらくすると、ゴウカの外れにある、草が生い茂る寂れた空き地に来ていた。
「こんな所にはいないと思う。違う場所を探そう」
ネロが女に提案すると、女は背の高い草が沢山生えている場所に入っていく。
「あの……これはなんでしょうか? こちらに来て確認していただけますか?」
女がネロを呼んだ。
ネロがいる場所からは、草のせいで何も見えず、もし、それが危険なもので、親子に何かあったら大変だと思い、女の元に行き茂みを覗き込むと、ドンッと後ろから背中を押され、目の前の穴に落ち、そこから意識がプツリと途絶えた。
そこまで話したネロは悲しそうな表情になる。
「あの女性は、穴に落とす為にぼくーに近付いた。それにぼくーは全く気付けなかった」
ネロはガックリと項垂れた。
悲しそうに話しているが、私は黒の精霊王ともあろう者が、そんな簡単に騙されたのかと少しガッカリした。
「弱い者……ですから」
オルレアが呟いた。
そういえば、前に開かれた会議で、黒の精霊王には弱点があると言っていた。
それが……『弱い者』
子供や女性、お年寄りなどの事を言うらしい。
だから、見た目が子供のゼンに対してあの態度だったのだ。
ゼンの見た目は、十三、四歳程に見えるが、何歳までを子供だと認識しているのだろうか。
オルレアの言葉を聞いたイシスが、疑問を投げかける。
「弱い者って何ですか? 魔力量が小さいとかそういう事ですか?」
「小さいじゃなくて、少ないなんだろ? グランも同じ事を思っていたんだろ?」
グランがイシスにツッコミを入れる。
「弱い者って言うのはね」
ゼンが弱い者について、魔人達に説明した。
「ああ? そんなもんの為にゴウカが犠牲になったってのかよ? 見た目で強さなんてわからねえだろ! ゼンもローズ様もレイルも強さじゃ世界トップクラスだ! ふざけんな!」
ジェットが怒りをネロにぶつける。
ジェットが言う事はもっともだ。
そんなくだらない理由で捕まったネロに、怒りが湧くのはわかる。
でも……。
「言いたい事はわかる。でも、誰にでも弱点はあるよね。ネロ様にとって、それが子供や女性だっただけなんだよ」
私はジェットに諭すように言った後、ネロに視線を移す。
「これはネロ様の優しさだけど、間違いなく致命的な弱点だね」
ネロからは怒りが感じられない。
自身が騙された事で、ゴウカに悲劇が起きたというのに、例の女性に対して怒りがないのは不自然だ。
ネロは、申し訳無さそうな顔をする。
「ぼくーは本当にダメな奴だ。その女性は何かに怯えていて、ぼくーが付いていてあげないと、親子に何か起こるんじゃないかと不安だった」
そう言って真っ直ぐに私を見た。
女性は何かに怯えていた……。
「……そうですよね。怯えている人を放っておくなんて出来ませんよね。致命的な弱点だなんて言ってしまって、すみません。その親子は、女性と子供だったんですよね? 怯えていた、という所が引っ掛かります」
私は、ネロに軽率な発言を謝った。
「それなんだけど、その女性は脅されてたんじゃないかな? 夫を守りたいのなら、黒の精霊王をここに誘導しろ。という感じでさ」
ゼンが軽い口調で言うと、ローズが立ち上がった。
「その女は魔法師団員の妻ってことかい? それなら、怯えながらネロに近付いたとしてもおかしくないが、何て卑怯な手を使うんだろうね……」
ローズは悔しそうな顔をしている。
サモラ王国は、魔法師団員の妻と子供を人質にして、夫を脅し働かせ、更にその妻も脅して利用したという事になる。
「何だその外道は。陰湿なんてもんじゃねえだろ! 俺がブッ殺してきてやるよ」
ジェットが立ち上がる。
「いや、ジェットさん。こんがらがるのでやめてください。落ち着いて椅子に座りましょう」
イシスがジェットを宥める。
「こんがらがるじゃなくて、ややこしくなるなんだろ? グランも今の話を聞いて、サモラ王国に怒りが湧いたんだろ?」
グランも表情は穏やかだが、怒っているらしい。
ジェットはチッと舌打ちをして、大人しく座った。
「それで、意識が無くなった後はどうなったんですか? 何も覚えてないんですか?」
アークがネロに聞いた。
「ぼくーはあの後、すぐに気がついた。だが、暗くて狭い所で拘束されていた。動けなかったが、外の様子はぼんやりと見ることが出来た。少し経つといきなりぼくーの魔力が吸い取られていくのがわかった」
ネロは自身の指先から黒いモヤを出し、魔力が吸い取られている所を再現した。
「魔法は吸われ、声も届かない。ぼくーは諦めた。あの事件が起こるまでは……」
あの事件とは、ゴウカへの魔物侵攻の事だろう。
「魔物が現れた時、ぼくーは全力で魔法を放った。ゴウカを守りたかった。ぼくーは、ゴウカの人々が大切だった。だが、魔法を使えば使うほど、ぼくーがいる狭い空間に魔力が満ちていくのがわかった」
ネロが魔力を使う程、時星が力をつける。なんてもどかしいのだろう。
ゴウカに関するものは、全てが同じ様に、他人の力を使い自らを強化していた。
サモラ王国は、オルカラ王国をオルカラ王国の力で落とそうとしていたのだと思うと、怒りが湧く。
「その状況だと、何もしようがないですね」
ダンが呟くと、ネロが頷いた。
「その後はただ、泣きながらゴウカが砂に変わっていく所を眺めていた。自分の無力さが辛かった」
そう言うと、ネロは力無く笑った。
「始めは、他の精霊王たちならぼくーの魔力を辿り、助けてくれるんじゃないかと期待した。精霊王達はぼくーの方を見上げるだけだった。それから今まで何もせず、ただ魔力を取られる毎日を過ごした」
ヴェルデは五十年間眠っていたが、目が覚めてからも、ネロが時星にいる事について何も言わなかった。
他の精霊王も同じ様な対応だったらしい。
精霊王達は、何事にも無関心すぎるのではないだろうか。




