ずるい人
1LDKのリビングに、朝日が差し込む。
白い日差しが、手元のフライパンを明るく照らす。
「朝ごはん作ってくれてるの?…嬉しい」
後ろから、穏やかな温もりがそっと私を包み込む。
振り返ると、そこにはいつもの、ふにゃっとした笑顔。
「簡単なものだけどね笑」
私は、手元のソーセージを返しながら笑顔を返す。
「沙織の手料理、まじで好きなんだよね」
そう言って彼ー優斗は、嬉しそうに私の肩に顔を埋める。
そうやって甘えて、嬉しさを露わにする様子に、私も嬉しくなると同時に、複雑な感情が心の底から湧き起こる。
―そうやって恋人みたいな言葉で勘違いさせるところ、ほんとずるい。
切れ目の入ったソーセージが、パチパチと音を立てる。
優斗はそんな私の内心を知ってか知らずか、じゃれつきながら朝食ができるのを待っていた。
優斗は寝癖頭のまま、にこにこと私の作った目玉焼きとサラダ、ソーセージを頬張る。
同い年のはずなのに、その笑顔には屈託がなくて、憎めなくて。
デザイナーの仕事をしている時の真剣な顔つきとのギャップに、改めて驚かされる。
「…ごちそうさまでした」
そのラフな見た目と裏腹に、きちんと手を合わせ、感謝を示す。そうした物事に対する丁寧なあり方に、心が軽くときめくと同時に、やっぱりずるいなぁとも思ったりする。
「あ、ちょっと外すね」
優斗がふと、席を立ち、リビングのソファでスマホに指を滑らせる。その瞬間、ふと画面に見えた、綺麗なブーケのアイコン。
私は、胸の中に重い鉛が沈み込むような心地で、苦いコーヒーを一気に飲み干した。
ーー
「じゃあ、また来るね」
そう言って、彼は私の家の玄関をあとにする。
「うん、またいつでも連絡して」
私は玄関に立ち、笑顔で彼の後ろ姿を見送る。
ドアが閉じるのを見届けた後、私は静かにため息をつきながら鍵をかけた。
―合鍵を渡しあうような関係じゃないから、当たり前か。
当たり前の事実に、胸の奥底が冷たくなるような心地がする。
私は重い体を引きずり、寝室のドアを開ける。
虚しさを抱えながら、シーツの乱れたベッドに、ゆっくりと倒れ込む。
寝室には、1人ベッドにうつ伏せになる私と、彼の香水の匂いだけが残されていた。
ーー
「―っ、優斗…」
「ふふ、沙織、可愛いよ」
暗がりの中、二つの体温が混じり合う。
吐息の狭間で彼の名前を呼ぶと、彼もまた、私の名前を呼んでくれる。
その度に、体の芯が熱くなり、彼のぬくもりに溺れていく。
だが、彼の言葉が本当は私に向けられるものではない事実に、ぬくもりと同時に胸の奥を締め付けられる。
高鳴る鼓動と共に、ひとときの甘く切ない時間が、東京の夜の闇に溶けていった。
深夜2時。
汗が引き、彼が眠りに落ちる頃。
私は、彼の寝顔を隣で眺めていた。
ゆっくりと上下する胸板を眺めながら、ふと思う。
―他の誰かも、この横顔を見ているのだろうか。
私はあくまで、あの子の代替品の1人でしかないのだろう。
常に空虚さを抱えながらも、そんな彼を愛することをやめられない私は、そのあどけない寝顔にそっとキスをした。
ーー
翌朝。
朝日の眩しさに目を覚まし、ぼんやりとしていると、彼の微笑みが視界に入る。
「起きてたの?」
「沙織の寝起きの顔が見たくて」
「不細工だよ?」
「そんなことないよ、かわいいよ」
そう言って優斗はゆっくりと私の体に腕を回す。
甘いバニラの香水の匂いが、私をそっと包み込む。
「沙織の体、あったかくてほっとする」
「…」
「好きだよ、沙織」
そう言って、そっと私のあごを引き寄せ、唇に軽いキスをする。
私はそっと目を閉じ、優斗のキスを受け止め、笑みを返す。
「…私もすき」
「ふふ、」
私たちは前髪の乱れたおでこをくっつけ合いながら、まるで恋人のように笑い合う。
―わかってる。
あなたのいう好きに中身はないこと。
どんなにかわいいとは言ってくれても、付き合ってとは言ってくれないこと。
触れる手が優しいのは、あの子と私を重ねてるから。
あの子には素敵な彼氏がいて、誰が見ても付け入る隙がないことくらい、私でも知ってる。
それはきっと、優斗も同じなのだ。
「じゃ、朝ごはんの準備でもしようかな」
「まって、」
布団から出ようとした途端、優斗の手が私の手首を掴む。
「もうちょっとだけ一緒にいてよ」
眉を下げ、甘えたような笑みを浮かべる優斗くん。
―その顔をしたら、断れないことを知っているくせに。
「しょうがないなぁ」
私は苦笑いをしながら、彼に手を引かれるままに布団の中に戻る。
優斗は一糸纏わぬ姿のまま、後ろから私の体に腕を回す。
そうして優しく私の体を包み込みながら、耳元でそっと囁く。
「こうしてくっついてると、落ち着くんだよね」
「…私もだよ」
彼の指が、そっと私の手の甲を撫でる。
―本当はこうして、あの子に触れたいんだろうな。
「―仕事、行きたくないなぁ」
わたしを本命にはしないくせに、ほんとずるい人。
不意にこぼれ落ちた涙を悟られないよう、私は抱きしめられたまま、枕にそっと顔を埋めた。




