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ずるい人

作者: 清水ハル
掲載日:2025/09/06




1LDKのリビングに、朝日が差し込む。

白い日差しが、手元のフライパンを明るく照らす。



「朝ごはん作ってくれてるの?…嬉しい」



後ろから、穏やかな温もりがそっと私を包み込む。

振り返ると、そこにはいつもの、ふにゃっとした笑顔。



「簡単なものだけどね笑」



私は、手元のソーセージを返しながら笑顔を返す。

 


「沙織の手料理、まじで好きなんだよね」



そう言って彼ー優斗は、嬉しそうに私の肩に顔を埋める。

そうやって甘えて、嬉しさを露わにする様子に、私も嬉しくなると同時に、複雑な感情が心の底から湧き起こる。

  


―そうやって恋人みたいな言葉で勘違いさせるところ、ほんとずるい。

 


切れ目の入ったソーセージが、パチパチと音を立てる。

優斗はそんな私の内心を知ってか知らずか、じゃれつきながら朝食ができるのを待っていた。




優斗は寝癖頭のまま、にこにこと私の作った目玉焼きとサラダ、ソーセージを頬張る。

同い年のはずなのに、その笑顔には屈託がなくて、憎めなくて。

デザイナーの仕事をしている時の真剣な顔つきとのギャップに、改めて驚かされる。



「…ごちそうさまでした」



そのラフな見た目と裏腹に、きちんと手を合わせ、感謝を示す。そうした物事に対する丁寧なあり方に、心が軽くときめくと同時に、やっぱりずるいなぁとも思ったりする。



「あ、ちょっと外すね」



優斗がふと、席を立ち、リビングのソファでスマホに指を滑らせる。その瞬間、ふと画面に見えた、綺麗なブーケのアイコン。

私は、胸の中に重い鉛が沈み込むような心地で、苦いコーヒーを一気に飲み干した。




ーー




「じゃあ、また来るね」



そう言って、彼は私の家の玄関をあとにする。



「うん、またいつでも連絡して」



私は玄関に立ち、笑顔で彼の後ろ姿を見送る。

ドアが閉じるのを見届けた後、私は静かにため息をつきながら鍵をかけた。



―合鍵を渡しあうような関係じゃないから、当たり前か。

当たり前の事実に、胸の奥底が冷たくなるような心地がする。



私は重い体を引きずり、寝室のドアを開ける。

虚しさを抱えながら、シーツの乱れたベッドに、ゆっくりと倒れ込む。

寝室には、1人ベッドにうつ伏せになる私と、彼の香水の匂いだけが残されていた。





ーー



「―っ、優斗…」 

「ふふ、沙織、可愛いよ」



暗がりの中、二つの体温が混じり合う。

吐息の狭間で彼の名前を呼ぶと、彼もまた、私の名前を呼んでくれる。

その度に、体の芯が熱くなり、彼のぬくもりに溺れていく。

だが、彼の言葉が本当は私に向けられるものではない事実に、ぬくもりと同時に胸の奥を締め付けられる。

高鳴る鼓動と共に、ひとときの甘く切ない時間が、東京の夜の闇に溶けていった。

 


深夜2時。

汗が引き、彼が眠りに落ちる頃。

私は、彼の寝顔を隣で眺めていた。

ゆっくりと上下する胸板を眺めながら、ふと思う。



―他の誰かも、この横顔を見ているのだろうか。

私はあくまで、あの子の代替品の1人でしかないのだろう。



常に空虚さを抱えながらも、そんな彼を愛することをやめられない私は、そのあどけない寝顔にそっとキスをした。




ーー



翌朝。

朝日の眩しさに目を覚まし、ぼんやりとしていると、彼の微笑みが視界に入る。


「起きてたの?」

「沙織の寝起きの顔が見たくて」

「不細工だよ?」

「そんなことないよ、かわいいよ」



そう言って優斗はゆっくりと私の体に腕を回す。

甘いバニラの香水の匂いが、私をそっと包み込む。



「沙織の体、あったかくてほっとする」

「…」

「好きだよ、沙織」


そう言って、そっと私のあごを引き寄せ、唇に軽いキスをする。

私はそっと目を閉じ、優斗のキスを受け止め、笑みを返す。

 


「…私もすき」

「ふふ、」



私たちは前髪の乱れたおでこをくっつけ合いながら、まるで恋人のように笑い合う。



―わかってる。

あなたのいう好きに中身はないこと。

どんなにかわいいとは言ってくれても、付き合ってとは言ってくれないこと。



触れる手が優しいのは、あの子と私を重ねてるから。

あの子には素敵な彼氏がいて、誰が見ても付け入る隙がないことくらい、私でも知ってる。

それはきっと、優斗も同じなのだ。



「じゃ、朝ごはんの準備でもしようかな」

「まって、」



布団から出ようとした途端、優斗の手が私の手首を掴む。



「もうちょっとだけ一緒にいてよ」



眉を下げ、甘えたような笑みを浮かべる優斗くん。

―その顔をしたら、断れないことを知っているくせに。



「しょうがないなぁ」

 


私は苦笑いをしながら、彼に手を引かれるままに布団の中に戻る。

優斗は一糸纏わぬ姿のまま、後ろから私の体に腕を回す。

そうして優しく私の体を包み込みながら、耳元でそっと囁く。



「こうしてくっついてると、落ち着くんだよね」

「…私もだよ」



彼の指が、そっと私の手の甲を撫でる。

―本当はこうして、あの子に触れたいんだろうな。



「―仕事、行きたくないなぁ」



わたしを本命にはしないくせに、ほんとずるい人。

不意にこぼれ落ちた涙を悟られないよう、私は抱きしめられたまま、枕にそっと顔を埋めた。





















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