5. ラーメン職人、魔王に家系ラーメンを振る舞い、世界に平和をもたらす
「この者のラーメンを和平の象徴とするのだ」
突然、魔王ゼタンが告げた条件、それは俺の家系ラーメンを王家と魔族の間の和平の象徴とすることだ。
「王家も依存はない…」
アイアがOKを出す。王家は良いだろうけど、俺の意見は?!
「ケイはどうなんだ?お前の気持ち次第だ」
良かった一応聞いてくれた。でもこれどうなんだ。一生ここでラーメン作るの?野垂れ死によりはマシそうだけど…重大な立場になっちゃいそうだし…誰かに命狙われたりしない?そんなことをグルグル考えているうちに、魔王ゼタンが近くに歩み寄ってきた。
「その条件もお前のラーメンの味次第だがな。さて、改めて一杯もらおうか?」
「いや、はい、でも……」
「我は一人の客として、汝の家系ラーメンを所望する」
「しかし、魔族の方の口にあうかどうかは……」
実際、魔族にラーメンなんか作ったことがない。味の嗜好は人間と同じなのだろうか?
「『お客様は我が味の師なり』ではないのか?」
「……っ!!!!」
その言葉は俺の心を貫いた。その言葉は、家系ラーメンの家系総本山吉村家総帥の言葉!家系ラーメンにかかわるものなら誰もが知っている。
この魔王ゼタンは日本を、家系ラーメンを知っている?!
一体、どうして?目の前の魔王は日本人には見えない。
「ラーメン一つ」
魔王ゼタンは厳かに告げた。
もう逃げられない。
この魔王が家系ラーメンを知っていようがいまいが関係ない。ここは俺の全力を尽くすべきだ。
「お好みは」
「全部普通で」
好みや力量を見るための牽制は見事にかわされた。初めての店では「普通」は当然の選択。
俺の実力を見せろということだろう。
ならば俺のやるべきことは一つ、ラーメンに向かい合うことだけ。
グラグラと沸き立つお湯の分量は十分、麺を一人前投入して泳がせる。
そして、俺の唯一のスキル【平ザル湯切り】
麺は平ザルを跳ね、麺の一本一本が躍動する。余分な湯は平ザルの上で切られ、飛び散るお湯が北の大地に染み込む。そして、麺は黄金色のスープに沈み込む。渾身の湯切り。適切な湯切りは、麺とスープを完全になじませる。
「お待ち!ラーメン並一丁!」
まさかこの世界の魔王と呼ばれる存在にラーメンを出す時がくるとは思わなかった。
でも、相手が誰であろうと関係ない。この一杯は俺のベストの出来だ。
「おお…これは素晴らしい。満足な調味料もない中で…」
魔王がその赤い目を細める。やはりラーメンについて、何かを知っているようだ。
魔王はスープを一口すする。
「味が深いな…スープが実に滋味深い」
「コカトリスとジャイアントカプロスの生ガラを使いました」
「鶏油はどうやって?」
「コカトリスの油を下茹でして、焦げないよう、熱した石の上でゆっくり過熱して抽出しました」
続けて魔王は麺をすする。
「麺にはかん水を?この世界にはなかったはずだが…」
「南方にある死の湖で重曹が産出されます。それを取っておきました。今日使うとは思わなかったですが」
「なるほど…お前は旅の途中もラーメンをあきらめなかったのだな……」
俺のラーメンはこの風変わりな魔王にも届いたようだ。この異世界での冒険も無駄ではなかった。
そして、魔王の完飲、完食。石の上に、空っぽのどんぶりが置かれた。
「見事だ!この魔王ゼタンの名のもとに、この家系ラーメンを両国の友好の象徴とし、和平を成立を宣言しよう!」
「ケイ!ありがとう!お前は両国の救世主だ!」
こうして、俺の家系ラーメンは平和の象徴となり、広く知られることとなった。
ーー後日、この街に店を開く際、護国のアミュレットが店内に飾られることになった。魔王ゼタンが店の名前をそのアミュレットの形にちなんで「六角家としてはどうか」としつこく進めてきて、ひと悶着あったのだが、それはまた別の機会に。
(完)