3. ラーメン職人、異世界で家系ラーメンを作る
それから寒空の元、巨大なモンスターを解体してスープを取って、麵を打って、大忙しだった。
一番大変だったのは、お湯を沸かすことだった。アイアがあんなに自信満々だったのに。というのもアイアの魔法の威力はあまりにも力が強すぎて、鍋のお湯だけを沸かすことはできないのだった。
試しにやってみたが、水に魔法をかければ、一瞬で水蒸気爆発するし、薪に火をつければこれもすぐ燃え尽きてしまう。巨大な鍋が爆発で宙を舞うのも一度や二度ではなかった。まるでショベルカーで生け花をするようなものだ。お湯も沸かせないのでは、弱火でスープを炊くなんてさらに難しい。
結局、町はずれの大きな岩を丸ごと温めてもらって、そこに鍋を置いた。つけ麺のスープを温める石の巨大バージョンだ。その熱量は膨大で、一晩くらいなら全然問題ない。
材料はあり合わせ。異世界だから仕方がない。それでも下ごしらえをし、アクを取り、それなりのスープをとることができた。さすがに醤油はないが、塩だれでなんとかなるだろう。何よりもこの寒さが一番の調味料になるはずだ。苦労の連続だが、俺は久しぶりにラーメンを作れる喜びでいっぱいだった。
「なぁケイ!どれだけ待てばいいんだよ!腹減った!」
調理開始から3時間、アイアの辛抱もそろそろ限界だ。夜もだいぶ更けてきた。
「あと少しだ!俺のスキル【平ザル湯切り】はこの時の麺上げのためにある!見ててくれ!」
「やっとか!」
熱された巨大な石のおかげでグラグラと沸き立つたっぷりのお湯、そこに太いストレート麺を泳がせる。麺は対流でお湯の中を優雅に踊る。麺は茹で加減がムラになることもなく、小麦の旨味を最大限に生かすべく、素早く熱が通される。
絶好のタイミングを見計らって、平ザルで麺をすくう。重心を僅かにザルの先に集中。手首で微修正、手に頼らず、膝を使って麺をあげる。麺は平ザルの上を2度、3度と跳ね、余分なゆで汁を切る。何百回、何千回と繰り返した技。
「すごい……」
アイアも、衛兵たちも、村人たちも皆、俺の技に見惚れている。
俺には何もない。この異世界で生きていくこともできないかもしれない。でも、この技だけは俺の誇りだ。
「家系ラーメン一丁!お待ち!」
厚手の不格好なスープ皿を満たす、白濁した熱いスープ。塩水で味をつけたゆで卵。ネギ代わりの謎の香味野菜。そして何よりも見事に茹で上がった麺。半年ぶりの、俺の家系ラーメンに街は沸いた。
「ケイ!これめちゃくちゃ旨いな!イエケイラーメン!最高だ!」
赤い魔導師アイアは満面の笑みで麺を頬張る。
「私もこんなにおいしいものを食べたのは初めてです…」
ご相伴にあずかった衛兵たちも口々に喜びの声を挙げる。
もうずいぶん夜も更けてずいぶん冷え込んでいるというのに、街は祭りのように活気があふれている。
その活気を打ち破るように、伝令の声が鳴り響く。
「伝令!伝令!」
兵士は衛兵長に駆け寄る。
「勇者シュピナート一行、魔王城城門にて敗退とのこと!」
「シュピ達が!?」
最後に会った時のシュピナートのすまなそうな顔が目に浮かぶ。