表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

2. ラーメン職人、豪炎の魔術師と邂逅す

北壁に近いこの街では夕暮れも早い。

「さて、どうしたものかな」

ここは異世界、もとより自分には身よりもない。もらった餞別なら路銀には十分だろう、せめて南の街に行って、ラーメン屋でも始めるか……そんなことを考えながらトボトボと歩いているうちに、町外れの川にまでたどり着いた。


「なんだ。全てが凍るとか言ってたわりには川は凍ってないな」

川が幅広いせいか、たっぷりとした水が流れている。


「待って待って待って〜」

川の上流の方から、大柄な女性が走ってきた。赤く長い髪、がっしりした体つきで、走るフォームも迫力がある。大柄な体のわりには魔法使いのような軽装が意外に見える。


「あっ!そこのアナタ!そこのアミュレット取って!おねがい!」

赤い髪の女性が叫ぶ。


川面を見ると、赤い色の護符のようなものが流れてきている。この極寒の川で流れてくるモノを取るなんて、普通の人には無理だろうが、俺にはこの平ザルがある。


「麺上げ一丁!」


俺が平ザルを振ると、平ザルはツバメのように冷たい川面すれすれを滑空し、見事に赤い護符をすくい上げた。この世界では平ざるを投げても、必ず俺の手元に戻ってくるようになっている。これだけがスキルらしいポイントだ。


「ほら。大事な物なんだろう?」

護符は分厚い赤い布でできていて、その中央には鳥の彫刻が施された滑らかな赤い六角形の石が飾られている。手の込んだ意匠からしてさぞ高価なものだろう。


「あっ!ありがとう!」

赤い髪の女魔導師は、息を切らせながら護符を受け取って、頭を下げる。彼女は俺より一回り背が高い。180cmくらいはありそうだ。この世界の女性としてもかなりの長身だ。


「本当にありがとうございます。これ無くすと本当にヤバイ奴で…私はアイア。王都の魔法使い」


大柄な筋肉質で体のあちこちに傷もあるので、魔法使いというよりは戦士のような風貌だが、それも偏見だろう。熟練の冒険者に違いない。


「無事なら良かったよ。それなんなの?護符?」

「いや、はは。まぁちょっと機密的なやつで人には言えなくて……あっ、貴方のそのスキルすごいね!道具も!これは金属の網?すごい工芸品ね…」


無理やり話を逸らされた。俺がこの世界に持ち込めた唯一の手持ち品、平ザルはステンレス製の一般的なものだが、この世界にはステンレスは存在しないので、複雑な工芸品に見えるのも当然だろう。


「まぁ物を拾い上げるときくらいしか役に立たないスキルなんで、役に立って良かったよ。それより、アンタも魔法使いなら魔法で持ち上げるとかすればよかったじゃん」


「いや、はは。私はあんまりそういう細かいことは向いてなくて。この川を全部干上がらせるとかそういうことならできるけど、流石に護国のアミュレットまで焼いちゃうわけにいかないから……」

「護国のアミュレット?」

「いや、はは!気にしないで!知らなくていいやつだから!

「えっ?」

「いや、はは!ほんと気にしなくていいんで!あれ?どこかであなたのこと見たことあるかも?前、王都の市場で料理してなかった?」

また無理やり話を逸らされた。


「確かに去年の夏に王都で料理してたけども……」

勇者パーティに拾い上げてもらったのはその時だ。


「エーケイ……?イーケイ?あれすっごく美味しかった!あの時の料理人が貴方なんて奇遇!」

「イエケイ。家系ラーメンね」

「イケイ、今、王都ですっごい人気なんだよ!」

「イエケイね。ラーメンより家系イエケイの方で覚えられちゃったか……」

「どの料理人もあの味が再現できなくて、貴方のことみんな探してるわよ……そうイーケイのケイ!みんなそう呼んでる」

「わかりにくい二つ名で呼ばれてるな…ケイでいいよ」

俺の本名は飯江圭いいえ けいだから、イエケイノイイエケイになってしまう。トゲアリトゲナシトゲトゲみたいだ。

「わかった!ケイ!助けてもらったばっかりで悪いんだけど…あのイケイまた食べてみたいな…貴方なら本物を作れるんでしょう?材料は?珍しい食材が必要なのかしら?」

「材料は小麦と鶏とだから、ここでも調達できるかもしれない。でも大量の水と薪がないとダメだから、ここでは無理だ」

俺がパーティーから解雇された理由の一つがそれだ。


「水なら、ここにあるじゃない?」赤い髪のアイアは川を指す。

「いや、水があっても沸かしてお湯にしないと…」

「お湯を沸かせば良いのね?」

「そうだけど…風呂桶を満たすくらいの熱湯が必要なんだ」

燃料に乏しい北の街では望むべくもない。


「お湯があればいいのね?」

アイアは後ろを向くと、川に弓を引くような仕草をした。その指先から、何かが川に放たれたように見えた……数秒の後、轟音が鳴り響いた。


「うわっ!何!?」


音に驚いてしゃがみ込む。少し遅れて風が、熱風が俺に吹き付ける。そして立ち込める熱い水蒸気。空からは温かい水滴が降り注ぐ。さらに風呂をひっくり返したようなお湯の雨。


「改めまして、私は魔術師【豪炎】アイア・ヴァハテル! お湯なら街を流すほど用意してあげるよ!」

もうもうと立ち込める濃い湯気の中、アイアが通る声で名乗りをあげる。


氷かけていた冬の川のほとんどがお湯どころか水蒸気になって立ち上っている。本当に川が干上がってしまった。なるほど護符を拾い上げるときに使わなくてよかった……


突然の爆発にあたふたしているうちに、音を聞きつけたに村人が集まってきた。

村人たちは突然の湯気と熱風に戸惑っている。

そりゃそうだろう。かなりの音だった。


近隣の村人に続いて衛兵の一団が駆け寄って来た。

「魔族の襲来か?」

一団のリーダーらしき男が声をかけてきた。

「いや……あの……」

まずい。なんて言い訳するべきなのか……俺たちはみるみる衛兵の一団に囲まれてしまう。


「いや……魔族と言うか…なんかあそこの魔術師の女性が…」

「いや、はは!気にしないで!ちょっとお湯を沸かそうとしただけだから!」

アイアは悪びれる様子もなく衛兵長に近寄って声をかける。


「あ、貴女は王家直属の大魔術師ヴァハテル様!こんな辺境にいったい…」

「ちょっと任務があってね。この爆発は気にしないで。ただの試し撃ちだから」

「なるほど左様ですか。さすがはヴァハテル様。貴女ほどの高名でも、鍛錬を怠らない姿勢、見習いたいものです」

アイアはかなり有名なようで、とりあえず問題にはならなそうだ。


「それより、この街に鍋はないかしら?大きめのもの2つ」

「は、鍋ですか?うちの兵舎のものはかなり大きいですが…それでよければ……」

「ちょっと貸してくれない?この人にイケイを作ってもらうから!」

「イケイ??」

「家系ラーメンな」

なんだかもう俺が作る雰囲気になっている。断ることはできなさそうだ。


「頼んだよケイ!あんたらもこんな寒空でご苦労さん!あんたたちも気に入るはずさ!」

アイアは兵隊たちの肩に手をまわして、鷹揚に笑いかける。どうもこの人は魔術師と言うより戦士か山賊っぽい。


「お湯以外にも、材料がいろいろいるけど…」

「何が要るんだ?調達してやるよ」

アイアはずいぶん乗り気だ。


「まず小麦粉。これは宿屋にもその辺の家にもあると思うから問題ない。でもニワトリか豚のガラが大量にいるから、これが難しいかな…」

「ニワトリ…グリフォンとかじゃだめなのか?」

「そんな伝説の魔獣食べたことないからわからないけど…ニワトリっぽければ…たぶん…」

「豚は…オークじゃだめなのか?」

アイアがとんでもない提案をしてくる。

「いやそれはダメだろ」

「そうだよな…亜人を茹でるのはさすがにビジュアルが良くないな……」

ビジュアルの問題なのか…心の中で突っ込む

「たぶん、イノシシで良いと思うよ」

「分かった!このへんならでかい獲物いそうだから獲ってくるわ!」


それから僅か30分後、俺の前には一軒の家ほどのコカトリスとジャイアントカプロスの死体が置かれていた。どちらもその巨大な体の半分は高熱で焼け切れていた。間違いなく瞬殺だったろう。


「師匠から、スープの仕込みはガラをけちるなと言われたけれど、ケチりようもない量だな」


これだけのガラと水と火があれば、かなりのレベルのスープが作れるはずだ。俺は異世界に来て初めて興奮した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ