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第1話:天使が来た日

まーた見切り発車だよw

「うーん……」


薄暗い6畳一間の部屋で、無月天地はぼんやりと天井を見上げていた。築50年のオンボロアパート、通称「やばそう」こと耶馬荘やまそう。天井からは今にも剥がれ落ちそうな壁紙がぶら下がり、窓の外ではサビついたエアコンの室外機が不気味な音を立てている。


「やばいな、今月の家賃、どうしようか……」


天涯孤独の身である天地にとって、このアパートは唯一の拠り所であり、そして最大の悩みの種でもあった。奨学金とバイト代だけが頼りの貧乏大学生にとって、毎月の家賃は常に重くのしかかっていた。


(せめて、あと数万円あれば……)


そんなことを考えているうちに、心地よい疲労感に誘われて、天地は深い眠りに落ちていった。


どれくらいの時間が経っただろうか。突然、天地の耳に轟音が響き渡った。


「うわぁぁぁああああっ!?」


天地は飛び起きた。何が起こったのか理解する間もなく、目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


彼の部屋の天井に、人がすっぽり入れるほどの大きな穴が空いている。そして、その穴からまばゆい光が差し込み、白い羽がひらひらと舞い落ちてくる。


「いてててて……まさか、こんなところに落ちてくるなんて……」


光の中から現れたのは、少女だった。いや、少女たち、と訂正すべきだろうか。


一人、また一人と、白いワンピースを身につけた美少女たちが、天井の穴から次々と飛び出してくる。天使の輪を頭に載せ、背中には白い羽が生えている。まるで絵本から飛び出してきたかのような、幻想的な光景。


しかし、天地の心境は、幻想とはかけ離れていた。


「な、なななな……なんなんだお前たち!?」


天地は完全にパニックだった。どう見ても人間ではない。だが、夢にしてはあまりにも現実的すぎる。何より、彼の部屋の天井にぽっかりと開いた穴が、その現実を突きつけていた。


「はじめまして、天地様!」


先頭に立っていた、最も背の高い少女がにこやかに微笑んだ。彼女の金色の髪は光を反射してキラキラと輝き、瞳はまるで吸い込まれるかのような深い青色をしていた。


「私たち、あなたを幸せにするためにやってきた天使です!」


「は、ははは?幸せ?一体何の話だよ……ってか、ここ、俺の部屋なんですけど!勝手に穴開けて何してんの!?」


天地の叫びは、虚しく響いた。天使たちはまるで彼の言葉が聞こえていないかのように、口々に話し始めた。


「わぁ、これが人間の住むお部屋なんですね!初めて見ました!」

「なんだか、こじんまりとしていますね……」

「でも、温かい香りがします!」


好き勝手に部屋を見回す天使たちに、天地は頭を抱えた。


「いやいやいや、ちょっと待て!そんなことより、お前ら、天使ってなんだよ!冗談だろ!?」


すると、金髪の天使が申し訳なさそうに頭を下げた。


「大変申し訳ございません、天地様。私たちの世界と天地様の世界を繋ぐ次元の扉を開いたのですが、どうやら計算を誤ってしまい、天井に穴を開けてしまったようです……」


「次元の扉ってなんだよ!?てか、穴!?今すぐ塞げよ!」


天地は真っ青になった。

「ていうか、大家さんになんて説明すればいいんだ!?『いきなり天井から天使が降ってきて穴が開きました』なんて言えるわけねーだろ!」


「あ、それはご安心ください。時間が経てば自然と塞がりますから」


「そんな悠長なこと言ってる場合か!てか、そんなことより、お前ら、人数多すぎだろ!一体何人いるんだよ!?」


天地は改めて部屋にいる天使たちの数を数えた。一人、二人、三人……なんと10人もの天使が、狭い6畳一間の部屋を占拠している。


「私たちは見習い天使です!天界から、天地様を幸せにするという任務を受けて参りました!」


金髪の天使が胸を張って言った。


「だから、ここに住まわせていただけませんか!?」


「はぁぁぁあ!?無理に決まってるだろ!見てわかんねーのか!?ここは6畳一間のボロアパートだぞ!?お前ら10人が住めるわけねーだろ!」


天地は思わず叫んだ。常識的に考えて、どう考えても無理だ。


「しかし、私たちは天地様を幸せにする使命が……」


「そんな使命、俺には関係ねーよ!てか、俺は別に不幸じゃねーし!むしろ、お前らが来たことで、今、ものすごく不幸なんだよ!」


天地の言葉に、天使たちは一瞬、顔を見合わせた。そして、次の瞬間、まるで示し合わせたかのように、一斉に瞳を潤ませ、ウルウルとした瞳で天地を見つめてきた。


「そんな……私たちは、天地様のために……」

「もし、ここに住めなかったら、私たちは……」

「神様にお叱りを受けてしまいますぅ……」


天使たちの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。それはまるで、ダイヤモンドのようにキラキラと輝き、その美しさに天地は思わず言葉を失った。


(な、なんだこのプレッシャーは!?てか、涙まで綺麗とか、どうなってんだ!?)


天地は、生まれて初めて、美しいものに対して恐怖を感じた。このままでは、自分が悪者になってしまう。そんな焦燥感に駆られながらも、彼はどうすることもできなかった。


「お願いです、天地様……!」


10人の天使たちが一斉に両手を合わせ、天地に懇願してきた。その光景は、まるで宗教画のようであり、天地は完全に圧倒されていた。


「ぐっ……お、お前ら、とりあえず、その涙を止めろ……!わ、わかった!わかったから、とりあえず、落ち着け!」


天地は観念した。このままでは、精神的に追い詰められてしまう。


「で、でもな……本当にここに10人は無理だからな!?どう考えても無理だろ!?」


天地の言葉に、天使たちはパッと顔を輝かせた。


「大丈夫です!私たちはご飯を食べなくても大丈夫ですし、寝る場所も、少しのスペースがあれば問題ありません!」


「そ、そういう問題じゃないよ……?」


天地は困惑していた。しかし、天使たちの顔には、確固たる自信と希望が満ち溢れていた。


「お願いします、天地様……!どうか私たちを、このアパートに住まわせてやってください……!」


再び、天使たちの涙腺が緩み始めたのを見て、天地は白旗をあげた。


「わ、わかった!わかったから、もう泣くな!とりあえず、今日だけだぞ!今日だけここに泊まって、明日の朝には、ちゃんと元の場所に帰るんだぞ!」


天地の言葉に、天使たちは一斉に歓声をあげた。


「ありがとうございます!天地様!」

「わーい!やったー!」

「これで任務が果たせます!」


天使たちは抱き合って喜びを分かち合い、天地はそれを呆然と見つめるしかなかった。


(やばい、とんでもないことになっちまった……)


彼の心臓は、まだバクバクと音を立てていた。


その夜、6畳一間の部屋は、まるで合宿所のように賑やかだった。天使たちは、各自持ち込んだのであろう光る玉のようなものを照明代わりにし、楽しそうに談笑している。


天地は、部屋の隅で毛布にくるまり、震える手でスマホを握りしめていた。インターネットで「天使 現実」「天井に穴 天使 幻覚」などと検索してみるが、当然、彼が求めている答えは見つからない。


「……現実、だよな、これ」


天井の穴は相変わらずぽっかりと開いている。そして、その下では、天使たちが天使らしからぬ大声で笑い合っていた。


(明日になったら、本当にいなくなるんだろうか……)


不安と、そしてほんの少しの期待を抱きながら、天地は意識を手放した。


翌朝、朝日が部屋に差し込む。天地はまぶたをゆっくりと開けた。


「……あれ?」


部屋は、静かだった。天使たちの気配は、どこにもない。


「やった……!やっぱり、夢だったんだ!」


天地は飛び起きた。昨夜の悪夢のような出来事が、すべて夢であったことに安堵する。天井の穴も、天使たちも、すべてが幻想だったのだ。


彼はホッと胸をなでおろし、顔を洗いに共用(天地専用と化している)洗面所へと向かった。


顔を洗い、部屋に戻ってくると、天地は思わず目を疑った。


彼の部屋の隣、今まで空き部屋だったはずのドアが、少しだけ開いている。そして、そこから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、ここ、私の部屋にするね!」

「ちょっと!早い者勝ちよ!」

「ふふふ、この部屋、広いからみんなで使おうよ!」


天地は恐る恐る、そのドアに近づいた。そして、開いていたドアの隙間から、中を覗き込む。


そこには、見慣れない家具が運び込まれ、楽しそうに部屋を飾り付けている天使たちの姿があった。


「え……?」


天地の脳裏に、昨夜の光景がフラッシュバックする。


「ここ、借りたわよ!」


金髪の天使が、新しい部屋の窓から顔を出し、天地に向かってにっこりと微笑んだ。その背中には、真っ白な羽が太陽の光を浴びて輝いている。


天地は、その場に立ち尽くした。


「嘘だろ……?」


そして、数日後、天地はアパートの大家さんから信じられない話を聞かされた。


「天地くん、急に空き部屋が全部埋まっちまってさ。しかも、全員一括で1年分の家賃を振り込んできたんだよ。こんなこと、初めてでねぇ。君なにかしらないかい?」


天地は言葉を失った。天使たちが、本当にこのアパートの空き部屋全てを契約したというのだ。しかも、1年分の家賃を前払いで。そんな大金を、どこから手に入れたのか、天地には見当もつかない。


彼の平穏な日常は、完全に終わりを告げたのだ。オンボロアパート「やばそう」に、10人の天使が住み着いた。貧乏大学生・無月天地と、見習い天使たちのドタバタな共同生活が、今、始まるのだった。

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