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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

“呪い”を越えて

作者: 雪野雫

 ーーーさすがにやらかしたか


 初めてこう思ったのは27のとき。

 師匠に『“不死の呪い”がかけられている』と言われたのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 昔から疑問に思ったことがあれば、調べずにはいられない性質だった。

 それも、ただ答えを知るだけでは満足できず、それに関する原理や歴史など、ありとあらゆることまで頭に入れないと気持ち悪くて仕方がなかった。


 先生にもよく『好奇心から先に生まれたのかしら』と言われていたし、自分でもそうなんじゃないかと思っている。


 この性質のためか、同じ先生のもとで学んでいた人たちの中でも、ぶっちぎりで賢かったと胸を張って言える。


 16のとき、先生に言われた。


「あなたは、私のところで学ぶにはもったいないわ。妹を紹介してあげるから、会いに行ってみて。きっと、助けになれると思うの」


 最初こそ、初めて僕を受け入れてくれた人に見放されたような気がして猛反発したものだ。

 しかし今になって、あれは先生なりに僕のことを考えてくれた結果だと納得している。


 先生に伝えられた場所は、それはそれは辺鄙な場所だった。

 山を越え、谷を越え、雪道で飢えて死にかけたことだって一回じゃない。

 様々な街や村に立ち寄って細々としたお金を稼ぎながら移動し、ときには頭を下げて宿を確保した。


 だから、山の中に小さな小屋を見つけたときは本当に嬉しかった。

 といっても、小屋には高度な隠蔽魔法がかけられていて、場所を知らなければ素通りするところだった。


 そうまでして会いに行ったのに、最初は顔を見ることすら叶わなかった。

 何千回扉を叩いても反応が無かったし、珍しく何か聞こえたと思ったら魔法で弾き飛ばされたこともある。

 こんな奴が、あの愛情深い先生の妹だなんて信じられなかった。


 結果、小屋を見つけるまで約一ヶ月、扉を開けてもらうまでは約一年かかった。

 その頃には僕もたくましくなっていて、罠を仕掛けて狩りをしたり、釣りをしたり、採集をしたりして、近くでサバイバル生活をしながら魔法の勉強をしていた。

 その傍らで小屋の扉を叩く日々が続いた。

 扉には僕が叩いた跡がくっきり付いていた。

 ここまで来たら、主に会わないと終われなかった。


 またいつものようにノックしようとしたとき、触れる前に扉が勝手に開いた。

 僕は自分の目が信じられなかった。

 中から目をこすりながら出てきたのは、比較的小柄でボサボサの髪をした人だった。


「……しつこい」


 そこからはもうよく覚えていないけれど、先生に言われて来たこと、何でもするから魔法を教えてほしいことを矢継ぎ早に話した気がする。


「……好きにして」


 小屋に置いてもらうようになってからも、ずっと雑用しかさせてもらえなかった。

 否、今もそうだ。


 外から見ると小さな小屋なのに、中はありえないくらい広い。

 それでも足の踏み場がないくらい、いかにもな魔導書だの、魔法陣が描かれた紙だの、明らかに中身が変色している瓶だのが散らかっていた。


 ある日、仕方なく魔法で浮かびながら片付けていたら、空飛ぶ本に気付かず撃墜されたこともある。

 本の山に埋もれて、片付けがふりだしに戻った可哀想な弟子に師匠が放った一言。

「……うるさい」


 師匠は基本寝ているだけだ。

 起きるのは僕がご飯を作ったときくらい。

 大体、いい匂いがしてきたところで目を覚ます。


 食べていても表情は読み取れないけど、近くのヴィレ湖によくいる魚の煮込みと、カナの実を使ったジャムが特に好きらしい。

 魔力の反応がいつもと違い、いつもより食べる速さが1.1倍くらい速かった。

 まさかサバイバル生活で身に付けた料理スキルが役に立つとは。

 僕は心の中でひそかにガッツポーズをするのだった。


 ここに来て良かったことは、何をしても怒られないことだ。

 小屋にある本は読み放題だし、器具も劇薬も揃っているからどんな実験でもできる。

 近くに人はいないし、考えた新しい魔法を外で実際に試すこともできる。

 先生のところにいたときは、派手に魔法をぶっ放すことは無理だったからね。


 僕はちゃんと倫理観があるから、小屋を魔法で木っ端微塵にするような真似はしない。

 というか、かけられている防御魔法のせいでできない。


 そして、師匠は数ヶ月に一回魔法薬を作る。

 作ってどうするのかといえば、全部自分で飲んでしまうだけだが。


 僕はそれを食い入るように観察して、使っている材料、入れる順番と量、混ぜる時間などを正確に記録していた。

 それでも何かが違うのだろう、毎回見事に全くの別物が出来上がっていた。


 最初こそ積極的に質問していたが、全く答えてくれないので自分で試行錯誤するようになった。

 小屋にある膨大な量の本も、ほぼ全て読み切った。

 自分で開発した魔法も百を超えた。

 大変だったが、それなりに充実していた。


 そんな中、師匠が唯一答えてくれた質問が、『禁忌の魔法』についてである。


 この世界では、『時間』と『生命』の二つには絶対に干渉してはいけないとされている。

 どちらか一つ、もしくは両方を捻じ曲げてしまう魔法を総じて『禁忌の魔法』という。

 この魔法は存在自体が厳密に隠されていて、探ろうとした段階で即お縄になるらしい。

 なぜ知っているのかというと、本の山の中に『禁忌の魔法』について記述されているものがあったからだ。


 そんなことを知ってしまったら調べたくなるというもの。

 逮捕されるくらいでビビる僕ではない。

 しかし本には少ししか情報がなく、ダメ元で質問に行ってみたのだ。


 師匠はゆっくり目を開けた。

「キミには中途半端に隠すと逆効果になりそうだから」

 そう言って話してくれた。


 教えてくれた内容は、僕にとって魅力的なものばかりだった。

 効果ではなく原理についてだけど。

 具体的には時間を止める魔法、自分の種族を変える魔法、寿命を延ばす魔法、死者を生き返らせる魔法、などなど。

 寿命を延ばす魔法なんて大勢の人が食いつきそうなのに、師匠は興味がないと言った。

 さすがは長命のエルフ、時間感覚が違う。


 その日から、僕と師匠は『禁忌の魔法』について話し込むことが増えた。


 僕は『禁忌の魔法』について、詳しい原理が知りたかった。

 師匠によると、『時間』と『生命』にはこの世界の『神』が関わっていて、その他の者には変えることができないとのことだった。


 『神』とはなんだ? 人やエルフのような種族なのか? それとも『世界の意思』のような超常的な存在なのか? なぜ、どうやって、『神』とやらは『時間』と『生命』を司っているのか?


 師匠もここまでは知らないらしい。


 そして、この魔法について深く知った者は例外なく後悔している、とも。

 逮捕されたかどうかに関わらずだ。


「今ならまだ引き返せる。でも私はキミの気持ちがよく分かる。だから、それでもやると言うのなら止めない」


 これを聴いた僕の答えはもちろん「徹底的に調べ尽くす」だ。


 僕はこれまで以上に寝食を削って魔法に没頭した。

 『禁忌の魔法』は一つ一つがとんでもない複雑さで、最初はがむしゃらに色々なことを試しまくった。

 物体の形を変える魔法を植物にかけて別の花を咲かせようとしてみたり、水の流れを凍らせずに止めようとしてみたり。


 『禁忌の魔法』についての実験中、何度か師匠の視線を感じたことがある。

 心配しているような、でもどこか懐かしさを感じているような、そんな気配だった。


 暗くなってからは、一緒に夜ご飯を食べながら師匠にその日の成果を報告していた。

 実験に関して、師匠は一切手助けをしなかった。

 話も師匠は黙って聞くだけだったから、僕が一方的に喋っている状況だったがそれでもよかった。


 そんなことをしていると、ふと背中にゾクゾクとした感覚を覚えることがあった。

 ただの寒気とは一線を画す、言葉で表せないような異様な感じだった。

 特に実験が上手くいきそうなときに感じることが多く、背後から誰かが見ているような不気味な感触だった。

 どうやら偶然ではなさそうだ。


 最初こそかなり驚いたし、やはりこんなことをするべきではないのか、とも思った。


 それでもやっぱり好奇心は抑えられない。

 時間が経つとその感覚もクセになってきて、確実に『禁忌の魔法』に近付いていると感じるようになった。


 気が付けば、師匠のところに来てから十年が経とうとしていた。

 この頃には毎晩悪夢を見るようになっていた。

 自分の体が朽ちていったり、先生や師匠が死霊のような姿になって恨み言を言ってきたり。

 怖いのは、夢の中でも痛覚があるように感じること。

 特に魔物の群れに生きたまま喰われる夢を見たときは耐えがたい痛みで、夢の中で失神した。

 

 自分で開発したよく眠れる魔法、夢を見ない魔法、師匠が作ってくれた睡眠薬も効果は無かった。

 そのような状況でもなお、あと少しを繰り返して実験を続けていた。


 そして、ついに実験が成功した。

 成功してしまった。


 物体の動きを止める魔法、外部からの影響を遮断する魔法薬など、およそ数十種類の魔法と魔法薬を組み合わせ、植物の成長を止めることができたのだ。


 やった、と思ったその瞬間、全身に殴られたような衝撃を感じ、体が傾き始めた。

 いつも通り感じていたゾクゾクする感覚が強度を増して全身に広がり、手足が動かなくなった。

 ものすごい耳鳴りと眩暈がしている。

 疲労もあるのだろうが、そうではないだろうということも己の直感が告げていた。


 気が付けばベッドで横になっていた。

 体がとてつもなく重たい。

 目すらまともに開かない。


 なんとかまぶたを動かすと、師匠が気付いてくれた。

「……起きた?」


 目を開けることも、返事もできない。

 師匠は一度離れ、しばらくしてまた戻ってきた。

 口に瓶を当てられ、液体をゆっくり流し込まれる。

 普段の師匠からは考えられないくらい、優しい手つきだ。

 段々体が動くようになってきた。


 目を開けると師匠が僕の顔を覗き込んでいた。

「おはよう。ついにキミも『禁忌』に触れたね」


 無言で続きを待つ。


「今のキミには“不死の呪い”がかけられている」


 “不死の呪い”? 不死なんて、むしろ嬉しいくらいじゃないか、と思っていたら、また師匠が口を開いた。

「“不死”と“不老不死”は違う。キミはこの先、例え老いで体が朽ち果てても、どんなに苦しい病気にかかっても、魔物に四肢を喰いちぎられても、死ぬことはできない」


 ああ、そういうことか。

 確かに“呪い”だ。

 もしかしたらあの夢は、『神』とやらがこれから先の未来を暗示して警告していたのかもしれない。

 『禁忌の魔法』に触れた者が後悔するというのも、この大きな代償があるからだろう。


 しばらく無言の時間が流れた。

 このことを知ったら先生はなんて言うだろうか、師匠は何を考えていて止めなかったのだろうか。

 いつか取り返しのつかないことをやりそうな気はしていたが、とうとうやらかした。


 よく先生が言っていた。

 まるで自分に言い聞かせるように。

「諦めるのも大事よ。無意味な『生』は無意味な『死』と同じくらいつらいの」


 様々な思いが頭の中を駆け巡った。


 それらが心の底に沈んだとき、代わりに顔を出したのは、静かな、けれど確かに強い反抗精神だった。


 なんだよ、こんなまわりくどい罰の与え方をしやがって。

 最初から『神』以外の奴らが『禁忌の魔法』に触れられないようにしたらよかったじゃないか。

 仮にも『神』とか、大層な名前を付けられているのに、そんなこともできないのか。


 言っても仕方のないことを心の中で叫び続けた。

 声には出していなかったが表情から察したのか、師匠は黙って近くにいてくれた。


 そして、ある一つの結論が出た。


 先生、やっぱり僕は諦められません。


 『神』にできないなら、僕がやる。

 僕が成功させたのは時間を止める魔法だ。

 これを使って老化を止めることができれば、永遠の時間を生きることができる。

 “不死の呪い”を活かすことができる。

 膨大な時間を魔法の研究に費やすことだってできる。

 もう呪いは受けたのだから、これからはいくら『禁忌の魔法』を犯しても関係ない。

 これには『神』も頭を抱えるだろう。

 実にいい気味だ。


 そして、いつか『神』に会えたら絶対にぶん殴ってやる。

 『死』という、一生に一度しかできない経験を僕から奪ったことも文句を言ってやろう。


 顔を上げると師匠と目が合った。

「何か思いついた顔だね?」


 僕は自分の考えと思いを師匠に語った。

 協力してほしい、とも言った。

 無意識に涙がこぼれていた。


 師匠は微笑んで言った。

「それでこそ私の弟子だね」


 師匠、何かしてくれましたっけ?

 僕は年甲斐もなく泣き笑いしながらそう言った。

お読み頂き、ありがとうございます。

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