最終章 モブメカは異世界転生する
試作型マグナクルスであるガンレイヴには、試験的に『人の想念を感知するシステム』が搭載されており、戦場ではパイロットがダイレクトに敵機の位置を感じ取れた。
だがそれは同時に戦場に満ちる人の負の思念を機体が取り込むということであり、ガンレイヴの中に溜め込まれた数多の負の思念は、異世界で『呪い』となった。
『呪物化』とは、大量の怨念によって『呪いの武器』が自然発生する現象だった。
レンティアがガンレイヴに乗っていなかった理由は、この世界に来たときに彼女はガンレイヴが『呪い』に蝕まれていることを感じ、このままでは自分も『呪い』に飲み込まれてガンレイヴの一部にされてしまうことに恐怖を抱いて逃げ出したからだ。
その後、レンティアはマーナによって拾われてラトルナ村で生活するようになったのだ。
いずれ破壊するつもりだったレンティアにとって、乗り捨てたはずのガンレイヴが自ら動き出すようになったのは全くの予想外だった。
そして『呪物』となった『黒鴉の騎士』デスレイヴンから大尉の声が聞こえてくる。だがそれは大尉ではなく『呪い』で大尉の精神を乗っ取ったデスレイヴンの声だ。
デスレイヴンは大尉ではなくレンティアでなければ器は満たされないと言ってくる。
『呪物』となったデスレイヴンにとってレンティアは自らを完全な存在にするために必須となる『パーツ』であり、自我を獲得したのちも彼女を求め続けていた。
自分を取り込もうとするデスレイヴンに、レンティアは心を押し潰されそうになる。
だがガントは笑う。あの機体がレンティアを縛る呪いなら、あれを破壊すればレンティアは解放される。勝てばいいのだと、屈しかけるレンティアを励ます。
そして最終決戦開始。
だが、デスレイヴンの性能は大尉のガンエグゼスをもはるかに凌駕し、もはや腕前や先読みでカバーできる範囲を完全に超えてしまっていた。
さらには蓄積したダメージもあり、フォルトBはデスレイヴンの攻撃を一発くらっただけで全身から煙を上げ、動けない状態になってしまう。
明かりが消えたコックピット内で、徐々に迫るデスレイヴンの気配を感じるガントとレンティア。ガントは最後まで守るつもりで彼女を抱きしめる。
その腕のぬくもりに、レンティアは彼の本気を感じ取り、自分のせいでこんなことになってごめんなさいと謝る。だがガントはまだ諦めるときではないと語る。
彼は己が乗る愛機を信じていた。戦場での十年間、苦境は幾度もあった。だがそれを乗り越えられてきたのは自分が乗るこのフォルトBが常に応えてきてくれたからだ。
内心では限界であることを理解しつつ、この程度の逆境、と、ガントは鼻で笑う。
デスレイヴンがフォルトBの胸部ハッチをこじ開けにかかろうとする。
軋む音を聞きながら、ガントはレンティアに「生きるぞ!」と叫び、レンティアもまたガントに「生きるわ!」と叫び返す。その瞬間、モニターに文字が映し出される。
――are you ready?
その意味を察したガントが「GO!」と吼えると同時、コックピット内に光が戻る。そしてフォルトBが再起動して、デスレイヴンの頭部を拳を叩きこむ。
『OKOK! 大いにOKですよ、マスター! ラスボス気取りの真っ黒ペイント陰気ザコ野郎に我々こそが真の無理ゲーであることを教えてやりますよ!』
と、いきなりはっちゃけるイオルン。
だがその声には、明らかな感情の響きがあった。そこでレンティアは直感する。
ガントが乗るフォルトBが『神器化』を引き起こしたのだ。マーナが言っていた『あなた達ならきっとできる』という言葉は、このことを示していたのだ。
マーナは、マグナクルスの機体素材であるFSSA合金が、オリハルコンに極めて近い特性を持つ金属であることに気づいていた。
フォルトBという『強い器』、そこに搭載されたイオルンという『知性ある意思』、そして十年来一緒に戦い続けてきたガントとイオルンの間にある『深い絆』。
三つの条件は全て揃い、ここにフォルトBは伝説の魔法武器『神器』として覚醒した。
フォルトBがデスレイヴンに向かって魔法を放つ。
それは、レンティアがフォルトBを介して使用したものだった。その威力は数百倍にも増幅されて、デスレイヴンに大きなダメージを与えていた。
ガントはレンティアに「いいな?」と尋ねる。
レンティアは「私はもう、道具にも部品にもなりたくない」と告げる。
そしてガントはうなずいて、エネルギーを収束したフォルトBの右拳でデスレイヴンのコックピット部分をブチ抜いて、そこに大きな風穴を開ける。
デスレイヴンは『呪い』をまき散らしながら、二人が見ている前で爆散する。
こうして、レンティアは西暦世界から続いた呪縛から解放された。
戦いが終わったのち、ガントとレンティアはラトルナ村を旅立つことにした。
大尉のようにレンティアを狙う者はこれからも出てくるかもしれない可能性があるからだ。だが旅立つ直前まで、村の人々はレンティアを案じ続けた。
今の彼女にとって、ラトルナ村こそはいずれ帰るべき自分の故郷だった。
村をあとにしたのち、レンティアは「本当にいいの?」と尋ねてくる。彼女が撃墜した戦友のことを言っているのだろうと気づいたガントは「ああ」とうなずく。
彼はレンティアに「大尉達は最終兵器が使われる前に撃墜されてたはずだ」と語る。それを思い出して、ガントは希望を抱くようになった。
レンティアが撃墜した戦友も、こっちの世界に来ているのではないか。もしもそうなら、ガントがレンティアを恨む理由はなくなる。レンティアもフォルトBの手の上でうなずく。
彼女の腰には、マーナの形見であるミスリルの剣が差されていた。