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07 「恩恵というよりもまるで呪いみたい」

 クリスタとオリヴェルは我が家に到着した途端、挨拶もそこそこにサンルームに集まることになった。玄関ホールで出迎えてくれた両親が保養地で静養中の祖母が待っていると告げてきたのだ。

 祖母は車椅子での暮らしを余儀なくされている。若い頃の怪我がもとで左半身が麻痺していて、ろくに動かせないからだ。かろうじて、首より上が動かせるので会話には不自由しないが、後遺症で冷えは大敵の身体になっている。

 オリヴェルの卒業式に出席するつもりだった両親は祖母の体調不良でとりやめていた。


「おばあ様! お加減はよろしいの?」

 クリスタが心配そうに祖母に駆け寄る。跪いて祖母の手をとり、幼い頃のように見上げた。

 白雪のような髪に新緑の瞳の祖母はふふっと少女のように笑った。

「お帰りなさい、クリス、オリー。わたくしは大丈夫よ、心配させてしまったわね。ただの風邪だったのに、お医者様が大袈裟に伝えてしまったみたいで」

「母上が呑気だから心配になるのですよ。何はともあれ、お前たちも着いたばかりで疲れているだろうが、情報共有は急務だ。座りなさい、お茶でも飲みながら話そう」

 父に促されてクリスタは席に着いた。事前連絡で家族会議の準備はしていた。すでに人払いはしてある。

 母が手ずからお茶を淹れてくれた。


「さあさあ、我が家自慢のハーブティーで落ちつきましょう」

「母上のお茶を飲むとほっとするよ。ああ、これ、お土産です。お茶菓子にどうぞ」

 オリヴェルが王都から持参した一流店の焼き菓子を差しだした。母が顔を綻ばせる。

「あら、オリー、気が効くわねえ。さすが、王太子殿下の側近ね」

「殿下はまだ立太子前ですよ。母上、気が早いです。それよりも・・・」

 オリヴェルが王姉に招待された会見の詳しい内容を話すと、両親は気難しい顔になり、祖母は呻くように呟いた。


「ああ、そんな。御影家の公子だなんて・・・。まだ上級貴族までなら、なんとか躱しようがあったのに」

 公家の下には上級と下級貴族が連なる。王国の身分で考えると、上級は伯爵以上で、下級が子爵以下だ。

「ミカゲ家は外交官の一族のはず? これを機会に友好関係で政略婚を申し込まれたら断れない・・・」

「まあ、すでに書面だけでも交わして次の婚約者がいても、ですの?」

 父の嘆きに母が首を傾げた。

 クリスタの婚約破棄、又は解消は当然のことと受け止めていたから次のお相手は内定している。正式にマルコとの縁が切れたら、婚約を結ぶ話になっていたのだ。

 オリヴェルが難しい顔になった。

「パーティー後に殿下の使いが来て、次の婚約は待つように言われたから、その言い訳は通らない。それよりも、おじい様と連絡はつかないのですか?」

「ええ、さすがにまだよ」

 祖父は二つ隣の国に出向いていた。

 祖父は考古学者で古代遺跡の調査中だ。古代遺跡があるのは人里離れた山奥や辺境の地が多いので、通常手段での連絡では時間がかかる。


 クリスタたち兄妹が領地の両親と連絡をとれたのは祖母の血筋の能力によるものだ。

 念話術の魔法陣を刻んだ魔法石を媒介に遠方と連絡がとれるのだが、父一人で作動させるのは難しく祖母の手助けがいる。クリスタとオリヴェルでは二人揃ってなんとか術を作動させることができるくらいだ。それでも、王都と領地で連絡を取り合うことは可能だった。


 クリスタの婚約は祖父がクレモラ家の先代と友人同士の縁だ。

 クレモラ家は代々高名な騎士を輩出している武家で、配偶者も騎士が多い。はっきり言ってしまえば、脳筋の家系だ。小難しい事は苦手だと書類仕事などは苦にしている。

 フルスティ家は領地に古代遺跡があって、観光資源にしていた。遺跡内の見学や発掘品の展示を行う博物館を建て、レプリカを土産物にしたりと商売根性逞しく利用している。当然、身内には祖父のような学者関係者が多く、文官業務は得意だ。


 クレモラ家からは歓迎されている婚約だったが、クリスタ本人は気乗りしなかった。

 マルコは一つ年上とは思えない、何事も力勝負で済ませようとする単細胞で、弟のようにしか思えなかった。

 次のお相手は祖父の学者仲間のお孫さんで、年上の文官だった。何度か話をして文通も交わしていた。マルコよりも話が合う相手で気に入っていたのに。


 憂い顔のクリスタに祖母が問いかけた。

「ねえ、クリスタ。貴女は公子と出会って、何を感じたの? 嫌な感じや忌避感はあったかしら」

「何、と言われても・・・。ただ、綺麗だなあと思って。

 瞳が金色に変化して、大きな琥珀みたいだと思いました。ずっと見ていても飽きなそうだなあ、と」

「そう・・・。負の感情は湧かなかったのね。竜瞳が現れたのですもの、貴女が番なのは間違いないはず。

 お断りしても公子は諦めないでしょうね。

 御影家は公女が皇太子殿下の婚約者だそうよ。公子が跡取りで、きっと嫁入りを望まれるわ」

「でも、母上似のクリスタが竜人族の国に行くわけにはいかないでしょう?」

 父が苦々しげな顔になった。


 クリスタは茶髪茶目と色合いこそ平凡だが、顔立ちは祖母の若い頃に似ていて可愛らしい容姿だ。

 祖母の若い頃の姿を知っている相手には血縁者だと一目でわかる。竜人族の国で死亡したとなっている祖母とよく似たクリスタが公子の番として現れたらどうなることか。きっと、祖母の生存に思い至る者がでてくるだろう。それは非常にこの上なくものすっごくマズい。

 フルスティ家存続の危機、まさに緊急非常事態発生である。


「とりあえず、おばあ様のアドバイス通り、人違い説で時間稼ぎできましたが」

「クリスタの婚約は父が調えたものだ。

 もしも、本当に婚約破棄なんぞバカをやらかすならば、マルコを絶対に殴ってやると言っていた。クレモラ家もそれは了承していたのだから、父の制裁後でなければ次の婚約は考えられないとして更に時間稼ぎする。その間に番認定を覆す手段を探すしかない」

 オリヴェルに続いて父が今後の方針を述べた。母が恐る恐る祖母に尋ねる。

「お義母様、番から逃れる手段は何かありませんの?」

「・・・番を分かつのは死のみ、と言われています。それこそ、わたくしのように瀕死状態にならなければ無理でしょう」

 祖母の重い告白にしんと静まり返った。誰もが青い顔をする中、オリヴェルがぼそっとこぼす。


「・・・一服盛るか」

「竜人族は頑丈だぞ? 盛っても効くか?」

「致死量くらいでは効かないかもしれないわねえ」

「ちょ、ちょっと待って! お兄様もお父様もお母様も冷静になって!

 足のつかない薬を手に入れるには時間がかかるでしょう?」

 物騒な会話を慌てて止めに入るクリスタだが、彼女も瞬時にオリヴェル案に対応している。非常に似たもの家族である。

 祖母がやれやれと呆れ気味に彼らを見やった。

「わたくしの事例は何十年も前のことだわ。今では何か新しい事実が発覚しているかもしれない。情報収集して調べてみましょう」

 結局、一番冷静で常識的な意見をだしたのは祖母だった。




 クリスタが図書室で調べ物をしていると、祖母が訪れた。祖母の車椅子は右手だけでも操作できる特別製だ。家内なら一人でも移動可能だった。

「クリス、あまり根を詰めるのはよくないわ。休憩しましょう、食堂にお茶を用意してもらったのよ」

「おばあ様、わざわざ呼びに来てくださったの? 侍女を寄越してくださればよかったのに」

「貴女ももうすぐ王都へ戻るでしょう? 少しでも長く一緒に過ごしたかったのよ」

 祖母はにこりと微笑んだ。


 兄のオリヴェルは第一王子の側近になって外交関係の仕事に就く。就労準備があって、すでに王都へ移動していた。クリスタは学園が始まるギリギリまで粘るつもりだ。

 フルスティ家には考古学以外にも色々な資料や文献が揃っている。代々、研究者や学者が多い家系なので、かなりの蔵書数だ。

 番についての記述を探しているのだが、祖母の実体験以上の情報は見つかっていない。両親も祖父の人脈の伝手を頼って情報収集しているが、有力な情報は掴めていなかった。


「これを片付けたら行くわ。おばあ様は先に戻っていらして」

 クリスタが本を手に取ると、題名を目にした祖母が首を傾げた。

「まあ、創世神話まで目を通しているの?」

「ええ、我らの創造主から何かヒントになるお言葉はないかと思って」


 この世界は草木の一本も生えていない不毛の荒地だったと伝えられている。五人の兄弟神が自立する際に親神から再生を任されたそうだ。

 五人の神様はそれぞれ己の信奉者となる種族を生みだした。

 長兄が竜人族で、双子の次男と三男が天族と魔族を、四男が獣人族で、末っ子が人族だ。

 兄弟神と五種族は仲良く一つの大陸で暮らしていたが、繁栄して人数が増えると多様な価値観が生まれて争いも増えていった。そこで、神様は庇護する種族を連れて他大陸へ移住した。一番数が多くて脆弱な人族だけが最初の大陸に残ったという。

 各地にある古代遺跡は移住前の他種族の遺跡で、居住地や神殿だったものだ。人族はそれらの発掘で他種族の文化や慣習などの知識を得ていた。

 渡航技術が進んで他種族との交流が始まると、実際の体験をもとに学んだ知識が広まっていった。過去と現在の相違性もあって、学者界隈では論争が活発らしい。


 クリスタは書棚に本を片付けながら、祖母へ話しかけた。

「神話では番は種族発展のための神の恩恵とあるわ。人族の神様だけは信徒の自主性に任せたほうがよいとのお考えで反対だったとか。

 だから、人族には番がいないはずだったのに、混血が増えて人族の中から番が現れるなんて。

 神様たちにも想定外だったのかしら?」

「そうね、神も万能ではない証拠だという宗教家もいるそうよ」

「それは番を生みだした時点でわかっていたことではないかしら?

 番は無理矢理引き離されたりしたら廃人になってしまうのでしょう? 

 絶対に病気や事故に遭わない人なんていないでしょうし、もし子供がいたら片親に何かあれば両親揃って失くすことになるのよ。不幸の連鎖じゃない。恩恵というよりもまるで呪いみたい」

「まあ、クリス。呪いだなんて、番を悪く思わないでちょうだい。

 確かに番を失えば正気でいられなくなるけれど、最愛との間に子供がいれば話は別なのよ。愛する者の忘れ形見を不幸にしたい者はいないわ。皆、天に召されて半身と再会した時に誇れるような生き方を選ぶものよ。

 番との子供が欠けた心を支えてくれるから、恋愛感情を持たなくなるだけで正気は保てるの」

 祖母が見当違いだと悲しそうに首を横に振った。クリスタは不満そうに唇を尖らせる。


「でも、子供がいなければ、正気でいられなくなるのでしょう?

 番はパートナーと命運を共にしているじゃない。自分でその道を選んだのならば納得できるけど、番ということで強制的に一蓮托生にされるとか、冗談ではないわよ」

「まあ、強制的にだなんて・・・。解釈違いだわ。

 番と出会うとね、心が温かなものに包まれて満たされるのよ。それまで、不遇な目に遭っていた人でも、どんなに恵まれた人でも、感じることは変わらない。ようやく愛おしい半身に出会えた喜びに打ち震えると言うわ。

 ・・・わたくしもね、そうだったのよ」

「え⁉︎」

 クリスタは驚きすぎて、ぽかんと大きく口を開けてしまった。


 祖母は竜人族の血筋ではなく、本家本元竜人族だ。

 人族にはない空色の髪を黒く染め、新緑の瞳は人族でもある色だからそのままにして、他国人を装っていた。加齢で白髪が増えた段階で脱色して総白髪にしてある。

 祖母は故国で酷い目に遭い、瀕死状態で渓谷に落ちたという。国外の川下で遺跡調査中に道に迷った祖父に発見されて一命を取り留めたと聞いていた。その時の怪我の後遺症で左半身が麻痺して動かせない。

 祖父は拾った命には責任があると祖母に婚姻を申し込んだと聞いている。色気も何もない言葉だ。


 えー、それがプロポーズなの? と聞いた当時には祖父のセンスを大いに残念に思ったものだが。


 祖母は心臓が止まるほどの重篤状態で、救命措置で奇跡的に助かった。死の淵に踏み込んだ影響で番との絆が途絶えたと聞いていたのに。


 祖母は憂い顔で遠くを見る目になった。

「・・・貴女には話しておいたほうがいいわね。わたくしはあの方の隣に相応しくなかったの。

 番優先の竜人族でも首を傾げられるほど、あの方とわたくしには明確な差があったのよ」

 祖母はクリスタに視線を合わせて、過去の出来事を話し始めた。

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