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06 「番とは魂の半身とも呼ばれる存在だ」

 奏と伊織が奏の妹、雅の宮を訪れると、女子会が行われていた。

 雅と輝夜と伊織の妹の琴音(ことね)の三人だ。琴音は奏の番で婚約者でもある。


「奏様、お帰りなさいまし。少しでも早くお会いしたくて、雅様のお誘いにのってしまいました」

「ああ、問題ない。この後はすぐにでも、君に会いに行こうとしていたところだ」

 奏は琴音の片耳のアメジストのピアスにそっと触れた。彼女の瞳と同じ色で、奏のプレゼントだ。念話術の魔法陣を刻んであり、留学中でも琴音と会話が可能だった。奏と琴音で片方ずつ分け合って身につけていた。

 一気に奏と琴音の間で甘い、甘すぎるオーラが濃厚に満ちて、他の者は胸やけしそうな顔になった。


「伊織、わたくしも貴方に会いたくて」

「君に伝言がある。お父上が重大、かつ緊急な用件があるそうだ。すぐに帰宅したほうがいい」

「まあ、何かしら。もしかして、婚姻に関することかしら?」

 頬を染める輝夜は愛らしい少女だが、ここで真実を打ち明けると絶対に面倒なことになる。奏も伊織も久遠家の侍女を呼びだして早く帰宅するように促した。

 彼女の姿が完全に見えなくなってから、雅が小首を傾げた。


「何か、ありましたの?」

「ああ、面倒事と厄介事と祝い事の集大成だ。伊織に番が見つかった。人族の貴族令嬢だ」

「まあ、ご先祖様に我らが同胞が?」

「おそらく。彼女の祖母が貴族の養子になっているが、もとは孤児だ。身元がしかと辿れないが、可能性は濃厚だろう」

「お兄様、おめでとうございます。これで艶花から逃れられますわね」

 琴音がにっこりと嬉しそうに微笑んだ。艷花とは輝夜を揶揄した隠語だ。

 幼馴染の輝夜を義姉にするのは気が進まなかった。彼女は琴音を義妹になるから己より格下と無意識に思いこんでいる。

 琴音が皇太子妃となっても、絶対に輝夜は琴音に対する態度を変えないだろう。臣下に侮られる隙になりそうな彼女との付き合いは今後の課題で頭痛の種だったのだ。

「翡翠様はお喜びね。伊織様につっかかってくることはなくなるかしら?」

「そうでないと、困る。翡翠(アレ)は本当に鬱陶しくて」

 伊織は心底から嫌そうにため息をつく。


 輝夜に惚れてる翡翠は年下の少年相手に本気で剣の勝負を申しこんできたりと色々とやらかしてくれたのだ。まあ、そのおかげで伊織の剣術は同年よりも上達が早く、奏の護衛役を任じられるほどになった。奏と一緒に三年も故国を離れて煩わしさとは無縁の日々を送れた。

 おまけに懸念だった番が見つかったのだ、翡翠の横恋慕には感謝してやってもいいかと思える。


 番に出会ってしまえば、他は心に響かなくなる竜人族だが、番と出会わなければそれはそれで構わない。番との間の唯一無二なんて絶対的な想いでなくても、淡い恋心で家族になるのは充分アリだ。

 穏やかな家族愛での繋がりが増えて番同士の婚姻が減ると出生率が下がった。竜人族では一夫一妻制で、跡継ぎに恵まれないからと離縁することはない。子は授かりもの、という認識だから、養子をとって後を継がせればよいとの考えだ。

 しかし、竜形をとる機会が減って郷間の移動も減り、番との出会いが少なくなると少子化が進み、跡継ぎの養子をとるのも難しくなった。子のいる縁者を巡って名家が争う事態になった。

 先王の時代にそれが問題となり、成人までに郷間を巡って番探しをするのが義務づけられた。


 誰にでも必ず番が現れるわけではなかったから、番探しを一度でも行えば義務は果たしたとみなされる。

 もし、想いあう相手がいて番と出会いたくなければ、早めに番探しをするのが常識だった。公式記録のように親子ほど年が離れているのはごく稀な例で、大半は数歳差くらいだ。郷間を一周して出会わなければ番はいない扱いになる。

 翡翠は輝夜と出会った10歳の時に番探しを始めた。5歳の輝夜に一目惚れしたのだ。だが、輝夜はすでに伊織を気に入っていたから、翡翠と輝夜と伊織の三角関係は長らく続いた。

 最終的に、愛娘に弱い久遠公が前提条件ーーお互いの成人までに番が見つからなければーーを提示して、伊織が留学する直前に輝夜との仮婚約が成立していた。


「お兄様の出会いはどんなふうだったのですの?」

 琴音が興味津々で問いかけて、雅もワクワクした顔をしている。

 少女たちは恋バナが楽しみで集まったのだ。琴音と奏の遠距離恋愛を話題にするつもりだったら、伊織に番顕現とか。こちらのほうがおもし・・・、もとい、興味深い。

 渋る伊織の代わりに奏が詳しく教えると、少女たちは目を丸くした。番に拒否られるとか、竜人族ではあり得ない。

「お兄様、背骨折りをしかけたのが、やはりいけなかったのですわ。人族は我らほど頑丈ではありませんのよ?」

「いや、技をしかけたのでは・・・」

「お相手の兄君をふっ飛ばすのも悪かったと思います。お友達だったのでしょう? さすがにドン引きしますわよ」

「う、あの時はいささか冷静さを失っていたというか・・・」

「大嫌いと言われて、カトラリーナイフで自害しようとしてたし、動揺しすぎだろ?」

「まあ、ナイフが壊れてしまいますわ」

「乱暴者だと余計に引かれたのでは?」

 琴音と雅の言葉に伊織はうなだれた。

 竜人族は人形の姿でも十分頑丈だ。カトラリーナイフでは傷もつかないどころかナイフのほうが曲がる。

「しかも、恋愛結婚に憧れてたって言われたんだよな。『私と恋愛すればいい』とか言ってたけど、伊織に普通の女人を口説き落とせるとは思えないよね?」

 奏の言葉に少女たちは大きく頷いた。


 伊織は顔面偏差値は高いのだが、情緒面は著しく乏しかった。

 奏が琴音に何の花を贈ろうかと悩んでいたら、花瓶の花をひきぬいて『これでいいだろう』と言ったり、初デートの記念に何か贈ろうとすれば『新作のケーキを気に入っていたぞ』と消え物を勧めてきたりと、乙女心を解さない残念イケメンだ。


「お兄様、人族が番を受け入れるには時間がかかると言われています。兄君と仲良くしていたくらいで嫉妬していたら愛想をつかされますわよ。

 ただでさえ、好感度が低いのにマイナスに振り切られたら、挽回は難しくなります」

「ええ、ここはまずはお友だちからで好感度アップを目指したほうがいいですわ」

「お友だちなんて! 私の番なのに・・・」

 伊織は妹たちのアドバイスに絶望の顔になる。奏がやれやれと肩をすくめた。

「今のお前は『お友だち』にすら、なれていないぞ。まずはスタートラインに立たないと、恋愛が始まるどころではないだろう?」

「そ、そんな・・・」

 ショックを受ける伊織は女性陣から情緒教育として人族で流行りの恋愛小説を渡された。指南書にして励め、と笑顔で見送られて、果てしなく落ち込んだ。


 輝夜は父から言われたことを理解できなくて、いや、したくなくて、固まっていた。

 久遠公は痛ましそうな顔で愛娘を見やる。

「輝夜、認めたくない気持ちはわかるがな。こればかりは仕方がないのだ」

「・・・お、お父様。伊織に番なんて嘘でしょう? まさか、わたくしと伊織の婚約がなくなったりしませんわよね?」

「留学先で見つかったそうだ。人族の伯爵令嬢だ、祖母に我らの血が流れているらしいぞ」

「そんな紛い物が番ですって? 絶対に何かの間違いだわ!

 きっと、その人族の娘が伊織に懸想してたぶらかそうと嘘をついているのよ」

 久遠公は困ったように娘を見つめた。

 ショックなのはわかるが、冷静さを失いすぎだ。人族がどうやって竜人族を欺けるというのか、魔力も体力も我らには敵わないのに。


「奏様が証人だ、竜瞳を確認したそうだ。諦めろ、輝夜。

 お前には翡翠殿がおられる。これからは彼が婚約者だ。はしたない行いは慎め」

「イヤよ! わたくしは伊織と「いい加減にしろっ、番が見つからなければと約束を交わしたのはお前だ」

 輝夜は父から怒鳴られて、金の瞳を涙でいっぱいにした。はらはらと涙をこぼすと、いつもは心配して甘やかしてくれる父が苦い顔になる。

「輝夜、こればかりはお前のワガママは通らない。番と引き離したりしたら、伊織殿の心が壊れてしまう。彼を廃人にしたいのか?」

 輝夜はびっくりして涙が止まった。まさか、伊織がそんなに軟弱なわけないと反論する娘に父は疲れたようにため息を吐く。


「番とは魂の半身とも呼ばれる存在だ。出会ってしまったからには絶縁など考えられない。

 番を無理に引き離せば、廃人になるのは歴史が証明している。伊織殿とお前が添い遂げるのは無理だ。

 大体、伊織殿は嫡男で御影家を継ぐ。お前は一人娘でこの久遠家の跡取りだ。お前たちの子供の一人を養子にして久遠家を継がせる予定だったが、今回のことでその問題は解決した。翡翠殿は婿入り可能なのだ。

 我が家のためにも、お前のためにも翡翠殿のほうが望ましいのだぞ?」

「翡翠様はお兄様みたいなものよ。彼を配偶者にだなんて考えられないわ」

 輝夜は強く首を横に振り、艶やかな黒髪が乱れた。

 母譲りの美貌で目に入れても痛くない愛娘だったが、跡取り娘の教育はしっかりとしてある。今はまだ混乱しているだけだ、落ちつけば嫡子の自覚を取り戻すだろうと父親は思った。


 竜人族の国は皇族が暮らす竜都を中心に三つの郷が三つの公家に治められている。

 軍を率いる孤月家、外交を司る御影家、内政を受け持つ久遠家だ。皇族は神職で神に仕え、祭る役目だった。

 竜人族は長子制で女性でも継承権がある。孤月家は長女の花蓮(かれん)が後継で、次子の翡翠は長男でも婿入りの予定だ。

 久遠家にしてみれば、伊織よりも翡翠のほうが輝夜の婿に都合がよい。輝夜の気持ちを優先して伊織との仮婚約だったが、番が見つかった以上、愛娘の懇願でも頷くわけにはいかない。


 番探しが義務付けられたのは出生率の減少が理由だ。

 人族の大陸に移住する際に竜人族の神は信徒に本能を抑制する術をかけていた。ドラゴンの本能のまま自大陸を滅ぼした彼らを人族の神が庇護する人間を脅かすのではないかと懸念したからだ。

 そのせいで種族存続の本能も薄れたようで、番同士以外の婚姻では子供が生まれて家族になると満足する傾向が強い。次子以降を望むのが難しくなるのだ。

 皇族や公家でもその傾向が出ていて、政略婚よりも番を得た婚姻のほうが望まれる。伊織の番が人族の令嬢でも反対の声は少ないだろう。


「一月後に翡翠殿と婚約を正式に結ぶ。それまでに気持ちの整理をつけるのだ。できるであろう?

 お前はこの久遠家の総領娘なのだから」

 父の信頼に輝夜は唇を強く噛みしめて俯くしかなかった。伏せた金の双眸に昏い光が宿るのを目にした者は誰もいなかった。

次回は王国に戻ってクリスタのお話です。

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