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05 「番にフラれるとかあり得ない珍事だと聞いているが?」

竜人族国のお話です。

「伊織!」

 謁見の間に向かっていた奏と伊織は足を止めて振り向いた。三年ぶりに会う幼馴染が駆けよってきていた。


 皇族を支える三公家の一つ、久遠(くおん)家の一人娘である輝夜(かぐや)だ。竜人族一の美貌と謳われた亡き母によく似て美しい少女だ。艶やかな黒髪に金の瞳で異性からの人気は高い。

 お付きの者を置き去りにして着物の裾をからげる姿は幼い頃ならお転婆ですんだが、成長した姿では少々問題ありだった。

 この三年間、人族の主要三カ国に留学していた彼らは高位貴族令嬢の振る舞いを見慣れていた。彼らより3歳下で15歳になる輝夜の立ち居振る舞いは貴族令嬢に比べるとお粗末なものだった。


「ああ、会いたかった! 伊織、お帰りなさい。見てちょうだい、この新衣装。貴方のために誂えたのよ」

 輝夜は幼馴染たちに追いつくと、くるっと華麗に回ってみせた。

 やけに嵩張っていた着物の裾がふわっと広がって、人族の令嬢のドレスのようだ。

「着物ドレスというの。我が国の衣装に人族のドレスを組み合わせたものよ。人族の商人が開発して、この春から売り出すの。わたくしの家が支援して広める予定なの。どうかしら?」

「・・・確かに久しいが、輝夜。世間話の前にすることがあるだろう?」

「まあ、相変わらずねえ、伊織は。無粋なのだから。貴方のためにオシャレした貴婦人に向かって言う事があるでしょう?」

「・・・あー、お邪魔したくはないのだけど、久遠家公女、輝夜姫。ここは宮廷だからね。

 御影(みかげ)家公子、伊織が私人ではなく、公人の立場を優先するのは当然だよ?」

 皇太子からの言葉にも関わらず、輝夜は愛らしく小首を傾げるばかりだ。


 皇太子の奏に挨拶もせずに無視とか、宮廷人ではあり得ない暴挙なのだが、輝夜は全く理解していなかった。未だ幼馴染感覚らしい。奏個人の離宮ならば、私人の付き合いで済むが、この場は皇帝がおわす宮殿なのだが。

 ようやく追いついたお付きの侍女が青くなって謝罪すると、輝夜を引きずるように連れていった。


「伊織! (みやび)様のところに遊びに来たのよ、後で・・・」

 懲りない輝夜の声が遠ざかっていき、二人は同時にため息をついた。

「雅のところに顔をだすつもりだったのに。行きたくないけど、行かないと拗ねられるし。どうしたものかな」

「頑張れ」

「おい、何一人で逃げようとしている。輝夜の目当てはお前だろう。行かないと自宅に押しかけられるぞ」

「居留守を使う」

「・・・それが通じる相手か?」

 奏の懐疑的な言葉に伊織はげんなりとした。昔は妹のように接してきたのだが、長じるに連れて困った相手になり苦手になっていったのだ。

「お互い成人するまでに番が見つからなければ、婚姻する予定だったろう? だから、輝夜は恋人っぽく振る舞っていたんじゃないか」

「見つからなければ、という前提条件だった。今はそれが崩れた。第一、私はその条件を満たすべく行動したが、輝夜はしていない」

 伊織が苦々しく端正な顔を歪めた。


 竜人族の国には三つの(さと)がある。郷と言っても、人族の小国より大きい規模だ。ドラゴンの姿も持つ彼らには広大な棲家が必要なのだ。

 郷はそれぞれ公家(こうけ)と呼ばれる家が治めており、皇帝は三つの郷の中心地に都を築き、竜都に居を構えていた。天空都市とも呼ばれる都は断崖絶壁の上にある。竜形になれる竜人族以外は自力で到達するのは難しい地形だ。

 竜人族の公式記録では番の最大の年齢差は20歳だ。そのため、番を得たい者は成人の18歳までに各郷を巡り、番探しをするものだ。番に近づけば、何かしら感性にふれるものがあって無意識のうちにでも引きよせられる。

 クリスタのように目をあわせて初めてわかる例は今までなかった。おそらく、人族の血が混じっているせいだろうが、番を間違える事は絶対にない。


 伊織は留学前に番探しを終えていた。もし、今後家庭を築いた後に番が現れても、竜人族では番との絆は何よりも優先されるものだから、公家同士の縁組でも離縁は認められていた。しかし、輝夜は伊織しか考えられない、と番探しをしていなかった。

 先代皇帝のおふれで番探しは未婚者の義務になっているのだが、輝夜は成人までまだ時間があるからと甘やかされていた。

 竜人族の高位女性、公女として育った輝夜は幼い頃に母が亡くなったので不憫がられて我儘が通りやすかった。誰も彼も自分の言うことをきくものと思っている節がある。それが伊織に嫌厭される理由なのだが、輝夜は理解していなかった。


「ああ、報告が憂鬱になってきた。輝夜が大人しく聞き分けそうにない気がする」

「頑張れ、応援している」

「だから、なんで他人事なんだ! お前に関することだぞ?」

「いざとなったら、国をでる。クリスタと一緒なら、どこでも構わない」

「うわあ、フラれたやつのセリフとは思えない。痛々しいぞ」

「まだフラれてない! ・・・暴力を振るわなければ、嫌われない」

「・・・好きと嫌いじゃないは、同じではないからね?」

 うぐっと言葉に詰まった友人兼護衛に奏はやれやれと肩をすくめた。


 異性に関心などまるでなく、家の利益になるからと仮婚約を受け入れていた留学前の伊織と同一人物とはとても思えない。番と出会った途端、番第一主義に宗旨替えだ。

 6歳で番を得た奏にも心あたりがあるから、あまりからかえないが。  

 番と出会うと温かな想いに満たされて、心がいっぱいになるのを感じる。出会う前には戻れないのだ。もし、無理にでも引き離されたりしたら、きっと心が欠けてしまう。

 伊織は留学の報告義務がなければ、帰国なぞしなかったものと思える。とりあえず、クリスタのほうも領地の両親に話す必要があって離れたが、伊織はまたアホネン王国に出向くつもりだ。


「まあ、これで輝夜は孤月(こげつ)家と婚姻だ。翡翠(ひすい)に目の敵にされることはなくなる。それだけはラッキーじゃないか?」

「そうだな。翡翠(アレ)は本当に鬱陶しかったからな」

 奏が心底からの安堵を漂わせた友人の肩を労って叩くと、二人は謁見の間へと足を進めた。


「そうか、予想していた通りか・・・」

 奏の父である皇帝が重々しく頷いた。

 奏と伊織は皇帝からの密命を受けて三年前から人族の国へ留学していた。

 最初は最寄りの北の小国で人族の常識や生活様式を観察して問題がないか確かめた。翌年には獣人族が数多く住む街のある南の大国へ出向き、最後に人族最大の王国だ。

 三か国とも竜形のエネルギーとなる龍脈が通る地形だったが、龍の気が噴きでる龍穴があるのは最後のアホネン王国だけだ。本命だけにアホネン王国へは特別に魔法薬のレシピと現物を友好の証として贈った。それがもたらした騒動による棚からぼたもちで伊織は番を見つけたが、その話は後回しで龍穴に関する情報のほうが重大だった。


「龍穴のあるところはかなり大きな自然公園となっていて、誰でも立ち入り可能ですが、龍の気は弱い。やはり、我らが郷以上の土地はありません」

 奏の報告に三公家の当主たちも落胆を隠せない。

 竜人族は他大陸への移住を神によって禁じられていた。それは彼らが自大陸を滅ぼしたからだ。


 200年前、竜人族の大陸は天変地異に見舞われたのではなかった。

 きっかけは些細なことだったが、ある二頭のドラゴンが争い始めて周囲を巻きこんだ大戦争に突入したのだ。他種族には口外無用の話だが、竜人族では誰もが幼い頃から教えられていた。二度と同じことを起こさないようにと自戒をこめて、親から子へと語り継がれてきた。

 竜人族の神は他の神と交渉して、この人族の大陸への移住許可をもぎとった。大戦争で竜人族の人口が三分の一にまで減っていたからこそ可能であった。

 人族の神は未開地への移住を認める代わりに人族への脅威となる行動は慎むようにと条件をだした。当初は大陸の覇者とならんとする暴れん坊がいたが、神からのお告げで禁じられれば大人しくなるほかない。


 竜人族は自大陸では竜形で過ごす者が多かった。

 自大陸には龍脈が縦横無尽に大地を走り、龍穴もそこかしこに存在していた。だが、人族の大陸では郷の三か所のみ。一応、宮廷を建てた都にも小さな龍穴があり、弱い気が満ちていたが、常に竜形を維持できるほどではない。

 竜人族は普段は人形でエネルギーの消費を抑えるようになった。しかし、悠々自適、勝手気ままに自大陸で過ごしていた時代を懐かしむ者は一定数いた。そこで、他の龍穴の場所を探し密かに調査していたのだが、結果は予想通りだった。

 神は他大陸への移住は認めていない。竜人族は他の神に自大陸を滅ぼした世界最強の種族と恐れられているのだ。

 竜人族はこの人族の大陸の郷で暮らすしかなかった。


「まあ、予測していたことですから、しかたありませんね。ところで、伊織。そなた、この父に報告することはないのか?」

 御影家の当主で伊織の父がにやっと笑みを浮かべると、久遠公は苦い表情で、孤月公は涼しい顔になる。

「ありますが、個人的なことですので、この場では・・・」

「当家と久遠家にも関わることだ。この場ではっきりとさせたほうがよいだろう」

「そうだな、番にフラれるとかあり得ない珍事だと聞いているが?」

「まだフラれてません!」

 伊織が奏にしたのと同じ返答をすると、皇帝を始めとした二公家当主が大爆笑だ。


「・・・本当に番だったのか? 何かの間違いでは?」

「それはあり得ません。確かに金色(こんじき)の竜瞳が顕現しました。証人は私です」

 娘に激弱の久遠公の言葉に奏が反論する。久遠公は深々とため息をついた。

「輝夜になんと言い聞かせればよいのか。娘は、本当に君を好いているのだぞ?」

「番が見つからなければ、という前提条件でしたし、輝夜は番探しをしていない。彼女も番を得れば理解するでしょう」

「伊織殿が降りた今、我が息子が輝夜姫の婚約者候補筆頭ですが?」

 孤月公が楽しげに加わってきた。

 彼の息子の翡翠は20歳になる青年だ。幼い頃から輝夜一筋で、番探しもすでに終えていた。伊織との縁がなかったらと名乗りをあげていたのだ。

「言い聞かせるのは親の務めだな。健闘を祈るぞ」

 皇帝からからかい混じりの励ましをうけて、久遠公はがっくりと肩を落とした。

今回の人名は漢字表記です。

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