04 「恋愛結婚に憧れていたのですけれど・・・」
三日後ーー
王宮に呼ばれたフルスティ兄妹は王姉殿下、国王陛下立ち会いのもとで改めて竜人族のお方たちとお話し合いである。
ジョージもジョンも髪を染めていたらしく、本来の色に戻していた。ジョージは山吹色で、ジョンは紺色だ。人族ではあり得ない色合いである。
瞳は元々の色だったらしく、パーティーで見かけた通りだ。ジョージが緑色で、ジョンは青。尤も、普段は前髪やメガネで隠していたらしく、友人と言っていたオリヴェルも知らなかったようだが。
二人とも改めて自己紹介で本名を明かした。ジョージがカナデ・リュウト、ジョンがイオリ・ミカゲだ。
最初にイオリが重々しく口を開いた。
「この度は誠に申し訳ない。少々、取り乱して、醜態を晒した。オリヴェル殿にも無礼を働き、いかようにお詫びしても足りぬ。かくなる上はーー」
「いえ、ドゲザもハラキリも結構です。妹が嫌がりますから」
竜人族の文化に詳しいオリヴェルが釘を刺すと、イオリが固まった。最上級の謝罪を封じられるとか、許す気はないのかと絶望しそうになる。
「貴国では『郷に入りては郷に従え』と言いますよね? 我が国では謝罪の言葉だけで十分ですので、過度の体罰はお控えください」
「クリスタ嬢は暴力が嫌いだったね」
カナデの言葉にクリスタがにこりと微笑んだ。『また、やらかしたら、容赦せんぞ』と副音声が聞こえる笑みだ。
「謝罪は受け入れましたので、和解成立で。では、私どもはこれにて御前を失礼させて」
「待ちなさい。まだ、話は終わっていないのよ」
王姉に止められて、兄妹は内心で舌打ちした。これ以上、関わりあいたくないなあ、という雰囲気を醸しだしているのにスルーとか、さすが王族様だ。
「まずは、伊織の暴挙について。誤解なきように申し開きさせていただきたく」
カナデが切りだしたのはそもそもの発端、イオリがクリスタを抱きしめた件だ。
婚約破棄の宣言直後でまだ手続きはしていない。クリスタは書類上はまだ婚約中であった。そこでいきなり何の関係もないイオリが人目を憚らず抱きしめるとか、クリスタを貶める行為と言われても仕方ない。
不幸中の幸いで、イオリの自害未遂騒ぎのほうが注目度は高く、まだ社交界で噂になっていないのだけが救いだ。
「番に出会えた魂の共鳴でいささか情緒不安定になり、理性が働かなかったと思われる。決して、邪な思いでなかったことだけはご理解いただきたい」
「はい? つがい?」
兄の渋い顔にクリスタも同調しそうになって、何とか淑女の笑みをキープする。
家族会議で祖母から最悪の場合を想定されたが、まさかそれが大当たりとか。人生って本当に何が起こるのかわからないものね、とつい現実逃避したくなる。
番とは人族以外ではメジャーな概念だった。
魂の半身、生涯より添い遂げる運命の相手のことらしい。番を引き裂くのは死のみ、とか言われるほど重い。
番と出会ったならば、例え婚姻を結び子を設けた相手でもあっさりと鞍替えされるという。人族には信じられない暴挙なのだが、番は同族の中でのみ現れる。人族には関係ない話と昔は思われていた。
この世界に住む五種族のうち、排他的な天族と魔族は自大陸から滅多に出てこないから姿を見ることは稀だった。ただ、好奇心が強くフレンドリーな獣人族は人族との交流を求めて一定数人族の大陸に移り住んでいた。
そして、竜人族は200年ほど前に突然の天変地異で自大陸が消滅してしまった。
人族が暮らす大陸では平野部に人口が密集している。密林地帯や険しい渓谷地方などは手付かずの未開地だった。竜人族はその未開地に移り住み、100年ほどは気候に身体を慣らしたり、国造りや国内の諸々の整備などで全く他と交流がなかった。ようやく、ここ100年で他国と外交官や商人が行き来する間柄となった。
そうして初めてある事実が判明した。
異種族間では子孫を残せないのだが、人族だけが例外で他種族と交配可能だった。獣人族と人族との子供が竜人族との間に子を為せた事例があり、人族を介せば異種族でも交配できるとわかった。
もともと人族と友好関係だった獣人族では割と知られていた話で問題にならなかったが、竜人族では異種族との交わりに嫌悪する声があがったりとか、まあ色々と複雑だったらしい。紆余曲折あったが、とりあえず人族とは友好関係を結んだ。
最強の種族と言われる竜人族はその気になれば大陸の覇者となれたが、神のお告げによると他種族への侵略行為は神の逆鱗にふれるらしく、人族は隷属化を免れていた。
竜人族は人族とはほどほど友好的に接するが、敵対すれば容赦がない、というスタンスだったはずだ。
それが何の因果か、人族から番顕現とか、冗談にしてはタチが悪い。
オリヴェルがはっきりとそう告げると、イオリがどよんとわかりやすく落ちこんだ。
「オリヴェル。私たちとの友愛は卒業と共になくなるような、そんなうっすいぺらぺらなモノだったのかい?」
「ジョージやジョンとの間に確かに友情はありましたが、高貴なる皇族様や公家のお方とはまったく全然さっぱりこれっぽっちもございませんので」
不敬ととられかねない発言を笑顔でかます兄にクリスタは拍手をしたくなった。
オリヴェルは伝言ゲームで彼らの正体を知っていたが、卒業パーティーで初めて知った、という態度だ。友人なら隠し事しておいて言う事あるだろ、と無言の圧をかけている。
「あー、その、すまなかった。騙すつもりではなかったのだが」
「私たちは身元を明かせない事情があったのだ」
「・・・左様でございますか」
「頼むから、オリヴェル。その怖い笑顔やめて。マジで謝るから」
「オリヴェル殿。普段通りに接してくれないか? 背筋が凍る」
竜人族のお二人が何だか青い顔しているのは気のせいでしょうか・・・、とクリスタは遠くを見る目になった。
兄よ、貴方は普段友人にどう思われているの、と思いきりつっこみたい。
「それで、フルスティ嬢がミカゲ公子の番と言う話なのだけど、マルコ・クレモラ伯爵令息との婚約は見事に解消になったわね。
公子からの申し出を受けるのに支障はないはずだけれど?」
王姉が脱線しそうな会話を強引に軌道修正してくださった。そうしてくださらなくてもよかったのだが、とため息をつきたい。国王は姉の言葉に無言で頷くのみだ。またもや、置物と化している。
クリスタは婚約破棄の可能性を示唆されてから婚約解消準備は抜かりなく進めてきた。卒業パーティーと同時に終了するよう手筈を整えてあり、次のお相手の選定も済んでいたところだったのだがーー
「そのお話ですが、本当にわたくしがお相手なのですか?」
「え、まさか、自覚ないの? 伊織の瞳を琥珀みたいと称しておいて」
「お恥ずかしながら、確かに見惚れておりましたわ。だって、とても目に麗しいご尊顔だったのですもの。観賞用としては一級品でございましたわ」
「観賞用・・・」
クリスタの社交用の鉄壁な笑みにイオリがうなだれてしまったが、こちとら命がけだ。番なんて認めるわけにはいかない。
カナデがさり気なくイオリに肘鉄をくらわして、彼ははっとしたようだ。すぐにきりっと表情をひきしめた。
「君の祖母は他国の貴族だが、実は養子だろう? もとは孤児だったと報告を受けている。我が国の血筋の可能性がある。君が番でも不自然ではない」
クリスタはにこりと微笑んだ。
この三日間、敵はただのんびりと過ごしていたわけではなさそうだ。すでに我が家の身上調査はお済みですか、と皮肉ってやりたくなる。
竜人族では番に出会うと人形にも関わらず、竜化した瞳に変化するらしい。どんな色の瞳も金色に変化すると言うが、クリスタと出会ったからとは断言できないはずだった。
「あの場にはわたくしのほかに給仕のメイドもおりましたが、彼女の家系もお調べに?」
「え?」
「・・・いたか?」
カナデもイオリも首を傾げているが、いたのだ。クリスタはゆっくりと口角をあげた。
「まあ、竜人族ではそれほど身分に強いこだわりはないとお聞きしてますのに、たかがメイドなど眼中になかったと?
このような茶番など起こさずに、最初から政略結婚のお申し込みをされたほうがよろしかったわ。家格的に我が家は断れませんもの」
「政略結婚などではない!」
憤慨するイオリにクリスタは思わしげなため息をはく。
「わたくし、武のクレモラ家に知性をもたらすための政略的な婚約でしたの。せっかく、解放されたからには、恋愛結婚に憧れていたのですけれど・・・」
「私は君の番だ、私と恋愛すればいい」
「お名前しか知らないお相手とどう恋愛しろと?
第一、わたくしたち、卒業パーティーが初対面ではありませんでしょう。王宮のお話し合いでお会いしてますわ。会話も交わしましたね。
その時は何もなかったのですもの。わたくしがお相手なんて、何かのお間違いでしょう」
「あの時はメガネをしていたから!」
容姿端麗な竜人族では見ず知らずの相手から言い寄られる事が多いので、分厚いメガネで顔立ちを隠していたと説明された。視界が狭められていたから番だと見抜けなかった、と言われても、クリスタには笑止千万だった。
「まああ、貴方のほうはそうかもしれませんが、わたくしには何の阻害もありませんでした。わたくし、初対面で何も感じませんでしたのよ?
祖母が竜人族の血を引いている可能性があるなら、わたくしもそのはず。番に何の反応もないなんておかしいでしょう」
「それは、君の人族の血のほうが濃いからだろう」
「その辺りははっきりとしたことは言えないな。まだ、同族の番と血筋の番との相違は詳しくわかってないんだ」
カナデの援護射撃に兄がため息をついた。
「妹には幸せになって欲しい。それは両親も同じ想いだ。次の相手はクリスタの望む相手にしようと話していたのにな」
言外に候補外と告げられてイオリが端正な顔を歪めた。番だからと婚姻を申し込むならば、政略結婚と受けとられるのは大いに心外なはずだ。
「恐れながら、王姉殿下。領地の両親に婚約解消について知らせをだしましたが、その他については伏せております。心配をかけたくなかったので。
その両親が事の顛末を知るのはまだ先です。まずは両親と話し合いをさせていただけませんか?」
領地までは馬車で五日ほどかかる。公的にはまだ知らせは届いていない。両親は何も知らないことになっていた。
本当は家族会議ですでに把握済みだが、フルスティ家特有の特殊能力を公開する気は兄妹にはなかった。
「そうね、つい焦ってしまって申し訳ないわ。貴女の次の婚約が決まっては困るから、急かしてしまったの。許してくださる?」
「畏れ多くも勿体ないお言葉、もちろんでございます」
兄妹は揃って頭を下げた。
焦ったのは王姉ではなく、番だと主張するイオリだろう。だが、そこにつっこむ気は二人にはなかった。
そもそも、竜人族の皇族とそれを支える三公家の一角、ミカゲ家の公子がどんな目的で身元詐称してまで学園に留学してきたのか、わざわざ貴重な魔法薬の製法と引き換えの裏事情とか、面倒くさいことに関わりあいたくはない。
まずは両親と話し合うためと領地への帰参の許しを得た。
王族にも皇族にも何の言質もとられることなく、二人は無事に領地へひっこむことに成功した。
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今回の名前は王国側はフィンランド語の人名辞典からで、竜人族側は日本語です。作者のインスピレーションで決めております。王国が舞台の時はカナ表記、竜人族国の時は漢字表記にします。