27 「旦那様なんだから、イオリ様で合ってますよ」
きゃっきゃっと幼い子供の声がしていた。お茶会の会場である四阿に案内されたクリスタはすでに到着していたメンバーを見て顔を綻ばせた。
イーリス主催のホルソ家でのお茶会だ。クリスタ以外の招待客が揃っている。
「皆様、遅くなって申し訳ありません」
「いえ、時間ちょうどだわ。気にしないで」
「そうそう、わたくしたちが楽しみにしすぎて早く着いてしまっただけだから」
イーリスに続いてフローラも笑顔で迎えてくれた。ユリアナもこくこくと楽しそうに頷いている。婚姻後すぐの懐妊で今は三人の子持ちであるユリアナとは卒業後初めての再会だった。
イーリスたちが卒業して五年が経っていた。彼女たちはすでに婚姻して子供もいるが、クリスタはまだ婚約状態で数日後が結婚式だ。
全員出席の返事をだしていたが、イーリスの懐妊がわかって予定変更になった。
アーロンと婚姻したイーリスはなかなか子宝に恵まれなかったが、待ちに待った吉報だ。念願の公爵家第一子で、念の為に大事をとってクリスタの結婚式には欠席になったから、急遽開かれたお茶会である。
フローラもユリアナも子供連れで参加を促されて親子で連れ立ってきていた。イーリスが今後の参考に幼児と触れ合ってみたかったのだ。クリスタも久しぶりに会うユリアナの子供に興味津々だった。結婚式ではゆっくりと話す暇もないだろうから、イーリスがお茶会を開いてくれたのはありがたい。
ユリアナの三人の子供は末子が母に抱かれてうとうとしているが、上の姉たちは元気いっぱいだ。侍女が相手をしていて、庭いっぱいのお花にはしゃいでいる。そばで地面にお絵描きしている男の子はフローラの息子だ。
「まあ、貴女によく似ているお子さんね。三人目は男の子だったわね?」
クリスタがユリアナの腕の中を覗き込むと、彼女は愛おしそうに我が子を撫でた。相変わらず無口な友人に代わって文通していたフローラが説明する。
「この前、一歳になったそうよ。王都に連れてくるのはまだ早いと思ったそうだけど、旦那様の祖父母が王都に来る用事があったから面倒を見てくださるとかで、一緒に連れてきたのですって。
旦那様のご実家では女の子ばかりだから可愛がられていると聞いたわ」
「娘さんたちはユリアナ様よりも旦那様に似たのかしら、大きな目で可愛らしいわね」
イーリスが女児たちを眺めて目を和ませた。
ユリアナは一重のタレ目でおっとりとした感じだが、娘たちはぱちっとした二重でキラキラとした目をしている。明るい空色の瞳は父親譲りらしい。
「イーリス様もご懐妊おめでとうございます。欠席は残念でしたけど、こうしてお茶会に招待していただいて却ってよかったですわ。
皆様とゆっくりとお話しできますし、お子様とも会えましたし」
「つわりはそうきつくはないのよ。体調もいいのだけど、婚姻四年目でようやく授かったでしょう?
周りが過保護になってしまって」
「仕方ありませんわ。公爵家の後継の誕生ですもの。慎重になるのは当然ですわ」
まだ目立たないお腹を撫でて苦笑するイーリスをフローラが慰める。
イーリスは無事公爵家を継いでいたが、当主業が忙しくて子供ができないのではと、陰口を叩かれていた。もっとひどいと『実は石女では?』と囁かれたこともある。
それを気に病んでストレスを抱えていたのを支えてくれたのがアーロンだ。
心無い相手には彼もまた『不能だ、種なしだ』と言われたが、きっちりと仕返しはしていた。見せしめに一番声の大きかった相手を没落させてからは噂は下火になった。手を貸した、というか、仕返しを立案したのはオリヴェルで、実によい笑顔をしていたとか。
南国大使館勤務のオリヴェルは時折報告業務で帰国するのだが、その度に何かしらの成果をあげているらしい。尤も、何の成果なのか、詳しいことは怖くて聞けないのだが。
同盟締結後に外交官になったイオリとも友人の誼で色々と情報交換していて、兄の噂は婚約者経由で即座に把握できている。
クリスタは祖母の事情が解決して、イオリと正式に婚約を交わした。イオリが大使館の仕事に慣れるまではと数年は婚約状態だった。
この度、南国とも同盟を結んでそちらにも大使館を置くので、外交官長だった叔父が移動することになり、補佐役だったイオリが正式にこちらの大使館長に任命されて結婚式を挙げることになったのだ。
「あら、すっかり眠ってしまったわね。客室を用意してあるから休ませてあげたほうがよくてよ」
イーリスに勧められてユリアナはスヤスヤと寝息をたてる息子を抱いて一時退出だ。
三人は彼女が戻るまでおしゃべりしましょうと四阿の席に着いたが、すぐにうわわああんと泣き声がした。慌てて声の元に駆け寄ると、ユリアナの娘たちだ。二人とも大泣きして侍女のスカートにしがみついている。
「ぼ、ぼっちゃま、お、おはなしくださいませ」
侍女が震え声をかけたのはフローラの息子だ。彼はカエルを鷲掴みにしてむうと膨れっ面になっていた。
「まあ、エーリク。カエルなんてどこから拾ったの! 女の子に見せるなんて意地悪をしてはダメよ」
「ちがあうもん。イジワルしてないもん」
フローラの息子のエーリクは母に咎められて、ますます顔を歪めて泣きだしそうだ。クリスタが叱るフローラを止めに入る。
「あの、フローラ様。お待ちください。お子様は意地悪をしたのではなくて、珍しいとかかっこいいとか思われたのでは?」
「え、カエルを?」
「ええ、ミヤビ様やコトネ様のお子様も活発な男の子で。よく昆虫を捕まえては周囲に見せびらかしています。彼らはよく捕まえたねと褒めてもらいたいのです」
竜人族の大使館は年末から新年にかけて十日ほどお休みにするのでその間に里帰りする。
イオリと婚約者のクリスタも一緒で少しずつミカゲ家に馴染んでいる最中だ。通常、公家や皇族の子供は五歳のお披露目まで外にでることはないが、親戚付き合いなら問題ない。皇太子妃になったコトネや分家に降嫁したミヤビとも交流を深めている。コトネが皇家に嫁いでからはミヤビとも親戚になったので、彼女の子供ともども付き合いがあった。
フローラがついしかめ面になる。
「まあ、エーリク。あなたもそうなの?
女の子でカエルを好きな子はそうはいないわよ。自分が好きなものでも相手も同じだとは限らないのだから、そこは気をつけなさいな」
「だってえ、こんなおっきなカエルなのに?」
エーリクは不満そうに唇を尖らせた。この大きさは珍しかったから、喜ぶと思っていたらしい。
クリスタは苦笑して子供たちを見つめた。
子供の手で鷲掴みするほど大きなカエルを急に目の前に突きつけられて女の子たちはかわいそうだったが、エーリクにも悪気はなかったのだ。
侍女が子供たちをあやしている間にお茶の席に子供たちの分も用意された。まずは美味しいお菓子で機嫌を直してもらう算段だ。
フローラもエーリクを宥めて謝らせることに成功した。ぐずりながらも子供たちはお菓子に手を伸ばしている。まだユリアナは戻らないが大丈夫そうだ。
クリスタたちもお茶をいただいて、フローラが話を振ってくる。
「クリスタ様は婚姻されてもまだしばらくは王国に留まるのでしょう?」
「ええ、南国に大使館ができましたが、あちらが落ちつくまではイオリ様が手助けしなければなりませんから」
「それでは、またこうしてお会いできる機会がありますわね。お子様が生まれたら、またご一緒いたしましょうね」
「まあ、それはよいわね。またお子様とお茶会にお誘いしますわ。絶対に来てくださいね!」
フローラが気の早い発言をしてイーリスもいい考えだとばかりに笑顔で頷いた。
イオリはクリスタの懸念であるフルスティ家の後継問題が片付くまでは王国勤務にすると約束してくれた。
オリヴェルは念願通りに南国勤務になり、即婚姻したが、予想通り子供はまだいない。兄は妻が元気ならそれでいいと公言しているので、しばらくは様子見だ。妻の体調は短期間ならばこの国でも元気でいられるようになったが、まだまだ健康とは言い難い。彼女の体調次第では帰国できない可能性もあって、伯爵位はクリスタが継ぐか、両親がクリスタの子供を養子にとって継がせるかのどちらかで検討中である。
祖母のアンネは元家族と手紙のやり取りでお互いの誤解をといていた。お互いに次男のことで責任を感じて罪悪感を抱えていたのだ。自己嫌悪に陥っていたから、打ち解けるのに時間がかかり、再会できたのは昨年だ。身体の不自由なアンネに長旅は無理なので、養母と長男に王国まで旅をしてもらった。
お互いに顔を合わせて腹を割って話し合い、ようやくスッキリしていた。特に養母はこのまま寿命を迎えていたら、死んでも悔やみきれなかったところだとずっと後悔していたようだ。
祖母は彼らと文通を交わす約束をして別れた。頑強な竜人族といえど、年齢的に長旅が何度もできるほどではない。彼らと顔を合わせる機会はこれで最後だろうと悟っていた。
数日後、クリスタが準備を終えて家族と挨拶を済ませると、花嫁の控え室で友人たちからお祝いを受けた。今日は幼児たちを大人しくさせるのが難しいので子供たちは全員お留守番だ。
竜人族との同盟を各国に示す機会だと各国の要人も招かれた挙式である。
「イオリ様は身内だけの式でもいいと言ってくれたのだけど、さすがにそうもいかなくて」
「そうでしょうね。公子様は皇太子妃のコトネ様の後ろ盾でもあるのですもの。将来の御影公夫人のお披露目を兼ねてもいるのでしょうし」
エリサの言葉にクリスタはひくりと頬をひきつらせた。
「まあ、エリサってば、今から緊張させないで。何か失敗してしまったらと怖くて仕方ないのに・・・」
「そんな心配は無用だと思うわよ? 公子様はようやく義兄からの邪魔が入らないと感涙していたのでしょう。どんな失敗をしても呆れたりはしないわ、きっと笑顔で切り抜けてくださるわよ」
フローラの言葉にユリアナが頷いて、エリサやマリカもなぜか納得顔だ。
オリヴェルの妨害に比べれば何事も大したことではないと宣言されてる気がする・・・。
兄よ、クラスメイトにどう思われているのよ? と、遠くを見る目になりそうだ。
クリスタが内心で虚ろな笑いを響かせていると、ノックと同時に一人の出席者が顔を出した。南国の獣人地区代表のオスカーだ。
「おお、これは華やかだ。皆様、お綺麗ですね」
「あら、ベルゲン様。何かありましたか?」
「イオリ様には大変お世話になったので、お礼とお祝いをと思いまして」
頭を下げるオスカーはようやくエリサに怪我をさせた慰謝料の支払いが終わったところだ。彼は問題解決まで南国大使館に身柄を押さえられていて自由に動けなかった。逃亡防止で監視人付きの借金生活だ。
尤も、実家の権力で高賃金の仕事を斡旋してもらえたようで、罪人の懲罰労働よりはマシな暮らしだったらしいが。
番を感じとったオスカーがこれまで大人しくしていたのは竜人族の意向だった。番と誤認した相手を傷つけるとか、ただでさえ番を受け入れ難い人族の心象をこれ以上悪くするなと圧をかけられたのだ。
クリスタから人違い説で拒否られたイオリからの差し金でもある。
今後、同胞が人族の番を見つけることがあるかもしれないのに、オスカーの暴挙(見ず知らずではなかったから、自分のことは棚にあげている)で番の概念に悪印象を抱かれてはたまらない。
「本日は誠におめでたく、末永い祝福をお祈りいたします。おかげさまで私もやっと番を探しに行けます」
シャキッと直立不動になるオスカーはイオリの教育的指導で立派な紳士に見えるように成長した。エリサがジト目になっていて、マリカも不審者を見る目になっているが、彼の態度だけは立派なものだった。
「・・・ありがとうございます。ベルゲン様のお幸せをお祈りしてますわ」
クリスタは素知らぬふりで返事をした。
実はオスカーの番と思われる刺繍職人はすでに王都から姿を消していた。彼女は新婚ですでに既婚者だった。無理矢理新婚家庭を引き裂く悲劇を見過ごせなかったし、エリサのお気に入りでもある。
怪我をさせられた恨みもあってエリサが手引きして家族ごと領地に匿ったのだ。その代わりに刺繍のオーダーメイドをこなしてもらっているとか、ちゃっかりとしているのだが。
オスカーの動きには監視がついていたので、もし万が一にでも領地に向かうことがあれば妨害や隠蔽工作する手筈は用意周到に整えてある。
オスカーには気の毒だが、番と出会えなくても死ぬことはないのだ。刺繍職人の夫婦二人が不幸になるよりも、彼一人のほうが犠牲は少ない。番は諦めてもらって帰国を促す予定だった。
「それでは、クリスタ様からもイオリ様によろしくお伝えください。よろしくお願いします」
深々と頭を下げたオスカーが身を起こしたら、ガシッと頭を鷲掴みにされた。
「なぜ、親族でもない貴様がここにいる? 花婿よりも先に花嫁姿を目にするとは本当にいい度胸だな」
「いいいい、いたっ! 頭が潰れるう、ご挨拶しただけですよ。この後すぐに番に会いに行くから」
「ほう、私の結婚を祝福するよりも大事だと言うのか? 貴様の番はまだ判明していないのに」
「手がかりがあれば十分です。後は匂いを辿って」
「五年も前の匂いがまだ残っているわけないだろう。いい加減、帰国しろ。目障りだ」
「いくら、竜人の言うことでも聞けませんね」
「お前の実家からは強制帰国させると話がついているが? 実家に迷惑をかけた認識はないのか。
番を探すのは後始末は全て終えてからにしろと言ってあるだろう?」
「公子様、お式の前に争いはやめてくださいませ」
「そうですわ、何か壊してしまっては大変ですもの」
友人たちが苦言を呈して、ユリアナも激しく頷いている。冷気を漂わせていたイオリがはっと我に返った。
「クリスタ嬢、申し訳ない。この犬っころは始末しておくから」
「始末しないでください、祝いの日に不吉ですわ」
「ええ、わたくしどもにお任せくださいな」
「さあ、ベルゲン様。わたくしたちをエスコートしてくださいませ」
「紳士ならば当然ですわよね?」
「は、はいいいっ」
オスカーは友人たちに手を差し伸べられてエスコートという名の連行だ。最後尾のユリアナから手を振られて一行は退場した。
一気に静かになった室内でイオリはクリスタと向き合った。
「クリスタ嬢、その、とても綺麗だ。あの犬っころに先に見られたのはこの上なくものすごく残念だが、あやつの記憶は消去しておくから」
「物騒な真似はしないでくださいね?」
「・・・ああ、一応は善処する」
イオリが渋々と答えて、クリスタはくすりと笑みをこぼした。
「ところでイオリ様、いつまで『クリスタ嬢』なのですか? わたくしは今日から貴方の妻になるのですよ?
既婚者に令嬢呼びはないでしょう」
「そ、そうだな。それでは、クリスタさんで」
「他人行儀ではないですか?」
「えーと、ではクリスタ様でどうだろうか?」
「令嬢呼びより遠ざかってますよね⁉︎」
「い、いや、そのう・・・」
イオリは迫るクリスタから視線を逸らしてしどろもどろだ。
「いや、君も様付けだし」
「旦那様なんだから、イオリ様で合ってますよ」
「旦那様!」
イオリが喜びの声をあげて、ジーンと感動してふるふるとしている。相変わらずポジティブだ。
「イオリ様、夫婦になるのだから、わたくしのことはクリスタと呼んでください」
「そ、そうだな。それなら、く、くりすたは私をいおりと呼んでくれ」
いささか舌足らずになるイオリが可愛かった。クリスタは満面の笑みで頷いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告も助かります。これにて完結です。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
個人的意見ですが、番は運命の相手だと思っていたので、番=ヤンデレには?と思っておりまして。
ヤンデレは自分に自信がない腑抜けが相手にツケを押しつけてるだけでない〜と思ってできたお話です。
天音と翡翠と伊織たち三組の番のお話を楽しんでいただけたら幸いです。
明日の10時30分より新連載始めます。
『かわいそうだって言うなら、あんたが代われば?』という現代物です。ヒューマンドラマで投稿します。
【あらすじ】
隣のクラスの太田美沙から交換日記を押し付けられた西野めぐみ。めぐみが断ってもしつこい太田には何やら思惑があったようで⁉︎
実は本当にあったお話。実話なんですよねえ、こういう人って本当にいるんですよ。
興味があったらご覧くださると嬉しいです。




