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番だなんて人違いです  作者: みのみさ


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16/27

16 「番判明で婚約を知らせるにはちょうどよい機会だったのに残念ね」

 クリスタは週明けに届いた招待状に思いきり顔をしかめた。

 カタリーナ・アランコからのお茶会の招待状だ。

 次の休日にカグヤの歓迎会を開催するのだが、目的は着物ドレスのお披露目だろう。公なお茶会ならば、通常は一月前の招待が普通なのだが、今回は短期留学のカグヤの都合に合わせたものだ。さすがに公爵家も急な誘いなので、都合が悪い場合は断ってくれても構わないと一言添えている。

 問題はパートナー同伴と招待状に記されていることだ。

 婚約解消したクリスタはオリヴェルにパートナーを頼むしかないが、不仲のカタリーナ主催のお茶会に兄と参加とか。カタリーナが何か仕掛けてくれば兄は黙ってやられはしないだろう。いや、むしろ嬉々として過剰反撃しそうで頭が痛かった。かといって、断るのにちょうどよい口実もないのだ。

 クリスタは急な体調不良による不参加を狙うしかないか、と今から憂鬱になっていた。


「わたくしも招待状がきたわ。でも、あいにくとその日は従兄の結婚式なのよねえ」

「わたくしも妹の婚約者やそのご家族と顔合わせがあるのよ。お相手は地方から来てくださるから予定変更は無理なの。せっかく、カイタラ商会への顔繋ぎのご縁で呼ばれたのに残念だわ」

 ランチタイムでエリサとマリカが肩を落としている。

 学園内では伯爵家以上で何かと公爵家と繋がりのある家が招待されていた。エリサたちと同じように急な予定変更はできずに不参加な者はがっかりしている。逆に参加可能でも浮かない顔をしているのはミヤビとコトネだった。


「クリスタ様、ごめんなさい。わたくしたちのパートナーはお兄様に頼むしかありません。とても残念ですけど」

「ええ、申し訳ありません。せっかく、お二人がパートナーになれる機会だったのに」

「え、お気になさらないでください。わたくしは兄に頼みますから」

 クリスタが慌てて首を横に振った。

 コトネもミヤビも婚約者は自国にいる。王国への同行者でパートナーを務められるのはイオリだけだ。

 イオリは両手に花状態で二人をエスコートするので、護衛はいつものようにオサフネ姉妹になるという。

 主人たちの背後に控えていた姉妹が頭を下げてきた。


「クリスタ様、申し訳ありません。我々が男装してエスコートしてもよかったのですが、さすがに護衛が若君一人だけになるのは手薄になりますから」

「他の者は公爵家に招かれる身分ではありませんので、代理はいないのです」

 竜人族の一行はある富豪が手放した豪邸を購入して滞在していた。同盟締結後には大使館にする予定のかなりの広さと豪華さの邸宅で、龍穴のある自然公園にも近い。竜人族には居心地のよい場所だ。

 イオリたちが留学生時代に目をつけていた物件で、支えてくれる侍従や使用人なども竜人族の国から連れてきている。邸宅を警備する兵士も相応の人数を揃えてあるが、身分は下級貴族までで王国のマナーは今一つらしい。


「若君も残念に思っておられました」

「いえいえ、本当に大丈夫ですので」

 フブキの報告にクリスタの笑顔が少々ひきつった。公爵家主催のお茶会でエスコートされるとか、完全に婚約者扱いだ。

 ヒルダが番候補から外れたのでクリスタが番に決定した。まずは信頼関係を構築しようと婚約の申し込みはまだだが、周囲には時間の問題だと思われている。

 家族会議ではできるだけ時間を引き延ばす作戦だ。

 祖父は予定よりも帰国が遅くなっていて、まだマルコへの制裁が済んでいない。次の婚約は制裁後と公言しているから、焦らしてこちら側の都合がいいような婚姻時の取り決めをするつもりだ。


 イオリとは少しずつ打ち解けている、と思う。

 この前のナデナデで一気に距離が縮まったわけでもなかった。イオリとの逢瀬には必ずオリヴェルが付き添うから二人きりになる機会がないし、そもそもお邪魔虫作戦でいい雰囲気になることもない。

 尤も、イオリは保護者付きにはもう慣れて、オリヴェルの前でも癒しが欲しいと堂々と言いだしたり、すっかりマイペースだ。クリスタの前に遠慮なくナデナデしてくれと頭を下げるので、『将来の義兄がしてあげるよ』とオリヴェルが実によい笑顔で割り込む。

 ナデナデというよりもわしゃわしゃとぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたが、イオリもめげなかった。クリスタに髪を直して欲しいと甘えてきて、またオリヴェルが櫛を持ちだして『お義兄様が梳かしてあげるよ、嬉しいだろう?』と攻防を繰り広げている。

 クリスタにしてみれば大型犬のじゃれあいのようで、何をやっているのだかと少々呆れ気味だ。

 実はちょおっとだけ構われなくて寂しいと思っているが、二人には内緒だ。兄と婚約者(予定)のどちらに構って欲しい⁉︎ などと面倒くさい言い合いに発展しそうな気がするから。


「わたくしには兄がいるから大丈夫ですわ」 

(それに体調不良で欠席するつもりだし)

 クリスタが内心を押し隠して宣言すると、残念なモノを見る視線が集中した。

 オサフネ姉妹はこっそりとアイコンタクトだ。今日はイオリが扉の外側の警護で、きっと、彼の耳には今の言葉が届いているだろう。

 オリヴェルに負けた、と落ち込みそうな兄が簡単に予想できる。コトネも兄が面倒くさくなりそうで頭の痛い思いをしていた。




「ふうん、そこそこ出席率はいいようだ」

「やはり、物珍しいもの。皆様、興味津々なのよ」

 オリヴェルが周りを見渡して呟くと、クリスタが軽く肩をすくめた。

 アランコ家のお茶会はガーデンパーティーだった。

 ぐるりと一回りすると四季を感じられる配置の見事な庭園で、休憩用のテーブルセットがあちらこちらに用意されている。参加者は歓談しながら自由に庭園内を散策したりお茶をいただいたりと自由な形式だ。

 カタリーナとカグヤは色違いの着物ドレスで現れた。カタリーナが青でカグヤは赤だ。対照的な色で目立っている。装飾品も着物に合わせた竜人族の物で、カンザシという髪飾りや帯留めに根付けと王国にはない精巧な造りで人目を引く。

 令嬢だけでなく、紳士やご婦人にも大人気でカタリーナとカグヤの周りは人だかりでいっぱいだった。


「殿下がお妃様に贈りたいらしくて、よく観察してくるように言われたのだけど」

「すぐに贈りたいなら、装飾品のほうが手に入りやすいと思うわ。装飾品なら少量だけど、以前から取引されていたのですって。マリカが言っていたわ。

 竜人族の文芸作品に出てくる小物や装飾品を扱っている商会があるのだって。コッコラ家はお得意様だからマリカに声を掛ければ紹介してもらえるわよ」

「それは良いことを聞いたなあ。殿下に吉報を届けられるよ」

 オリヴェルがほっと安堵の息をつく。


 第一王子は婚姻前のやらかしでまだ奥方との仲は微妙だ。現在進行形で修復中である。長期計画の後継問題のために側近一同で関係改善に努めているとか。ようやく、新人教育が終わったオリヴェルも駆りだされてお茶会の情報収集を命じられたために欠席できなくなった。

 クリスタにしてみれば強制参加で全くやる気がでない社交なのだ。

 

「お久しぶりね、クリスタ様。今日はお兄様とご一緒なのね」

「イーリス様、お久しぶりです」

「ホルソ公爵令嬢もおいでだったのですね。卒業以来ですが、お元気そうで何よりだ」

 声をかけられて振り向くと、懐かしい顔だ。兄妹が挨拶を返すと、イーリスがほほほと優雅に微笑んだ。

 王国で公爵家はイーリスのホルソ家とカタリーナのアランコ家だけだ。分家として王族を支え、時には諫言を用いることもある。ホルソ家とアランコ家は王家の良心の天秤役でバランスをとる役目だった。表面上、二家は付かず離れずと絶妙な距離の付き合いをしていた。次期当主のイーリスとカタリーナは不仲だが、だからと言って家の役割を放棄するほど愚かではない。


 アランコ家の催しを見届けにきたのだとイーリスは優美に扇子を動かした。

「急な開催にしては盛況ね。同盟の話は広く流れているし、竜人族との縁を繋ぐのにちょうどよい機会だもの」

「ええ、それに広告塔の公女様はお美しく学園でも人気がありますし」

「先ほど挨拶をしたわ。公女様は少々マナーがおぼつかないようだけど、まだデビュタント前のお年らしいし、仕方ないわよね」

 イーリスが目を細めて寛容に頷く。彼女はカグヤを実年齢よりも幼いと思っているのか、クリスタは思わず淑女の笑みがひきつった。


 王国では15歳から18歳までの間にデビュタントを済ませる。婚姻できるのは成人の18歳以上からだが、諸事情により成人と同時に入籍することがあるので、婚姻相手を探せるようにデビュタントは早めに済ませるのだ。

 カグヤは15歳でデビュタントしてもおかしくないお年頃だ。王国ではその年でマナーが至らないと一人前の令嬢扱いされないのだが、他国の留学生だから見逃されている。イーリスがカグヤの実年齢を本当に勘違いしているのか否か、ツッコむ勇気はクリスタにはない。


「公女様を見ていると、聖女様を思いだすわ。

 アニタ様も喜怒哀楽のはっきりした方だったし、異性相手でも警戒心がなかったもの。護衛が付き添っているのも同じ状況ね」

 イーリスが人混みに囲まれている二人をしみじみと眺めている。

 確かにカグヤは感情の取り繕いが上手くない。すぐに顔にだすので感情表現が豊かだ。カグヤの笑顔に見惚れた男子学生がヒスイに睨まれてガクブルになる姿は学園ではよく見る風景である。


「公女様の護衛は婚約者の方だそうです。孤月家の公子様で、仲睦まじい様子が女子生徒の憧れの的になっていますわ」

「噂は耳にしたわ。仲がよいのは結構だけど、いささか非常識ではないかという意見もあるそうよ。一応、護衛と護衛対象の立場なのだから、時と場所は弁えてほしいという意見がね」

「護衛はそばにいるためのカモフラージュでしょう。あれだけの美少女だ。常にそばにいて不埒者を牽制するのが狙いなのでは?」

 興味なさそうな声がして、振り向くと見覚えのある男性がいた。オリヴェルとクリスタは同時に口を開いた。


「アーロン!」

「アーロン様?」

「あら、二人ともお知り合いなの?」

 イーリスが首を傾げるが、知り合いどころではない。祖父の学者仲間のお孫さんで幼馴染で、クリスタの文通相手で次の婚約者だった相手だ。アーロンは伯爵家の次男で王宮文官を務めている。

「久しぶりだね、二人とも。元気だったかい?」

「ああ、アーロンはどうしてここに? 公爵家と付き合いはないだろう?」

「今日はわたくしのパートナーなのよ。彼は婚約者候補で付き添ってもらったの」

 オリヴェルの問いに答えたのはイーリスだ。思わず、兄妹は顔を見合わせてしまった。

 番騒動でクリスタとアーロンの縁は流れた。領地に戻る前に直接話し合って了承は得られている。彼は竜人族の番では仕方ないと納得してくれたのだ。

 それ以来、初めて顔を合わせるが、まさかイーリスの婚約者候補になっているとは思わなかった。


「アーロンは我が領地の遺跡に興味があって、子供の頃にはよく我が家を訪れていたのです」

「ええ、祖父が先代のフルスティ伯爵と友人だったので。私も祖父にくっついて遊びに行ってたんですよ」

「まあ、そうだったの。

 ・・・そういえば、クリスタ様は番だと判明したのでしょう。ミカゲ家の公子様はパートナーにならなかったの? お姿が見えないけれど」

 イーリスが周囲を見渡して怪訝な顔になる。クリスタはにこりと淑女の笑みを浮かべた。

「それが竜人族の中でミヤビ様とコトネ様のエスコートをできる相手が他にいなかったそうで。イオリ様がお二人をエスコートしたのですが、すぐにコトネ様の気分が優れないとお帰りになったのです」

「番判明で婚約を知らせるにはちょうどよい機会だったのに残念ね」

「いえいえ、婚約はまだですので」

「え、そうなのかい?」

「きゃあっ」

 いきなり悲鳴がしたかと思うと、そばを通りかかったメイドが何かに蹴つまずいてこけた。

 彼女が運んでいたお盆がひっくり返ってグラスが転げ落ち、飲み残しのワインが飛び散った。ちょうど、クリスタとアーロンの後ろ姿にワインの雫がかかった。匂いが強いものだったらしく、酒に弱い者なら酔いそうな匂いが辺りに漂う。


 メイドは真っ青になって平伏した。

「も、申し訳ありません! お客様、お怪我はございませんか?」

 すぐに他のメイドも現れて割れたグラスを片付け始める。

「お客様のお召し物の汚れを落としますので、こちらへどうぞ」

 クリスタとアーロンはメイドの案内で客室に向かった。別々の客室に通されて着替えさせられる。

 衣装を綺麗にするまでこちらでお寛ぎください、とテラスのテーブル席に案内された。パラソルが設置済みですでに上品な婦人が席に着いていた。


「我が家のメイドが粗相をして申し訳ないわ。どうぞ、お茶を召しあがってくださいな」

 アランコ公爵夫人だ。病弱で社交はあまり行わないと噂されている通り、顔色があまりよくない。

 クリスタもアーロンも恐縮して礼をとる。

「お誘いいただきありがとうございます」

「お手数をおかけします」

「いえいえ、粗相をしたメイドはわたくしの遠縁の娘なのです。行儀見習いで預かっているのだけど、お客様にご迷惑をおかけしてしまって。本当にごめんなさいねえ。

 お召し物を綺麗にするまで、わたくしとお茶をしてくださると嬉しいわ」

 夫人が微笑んでお茶を勧める。クリスタとアーロンは素直に厚意を受け取ることにした。

 しばらく、和やかに歓談していると、メイドが呼びにきた。元の衣装の汚れを落として綺麗にできたのだ。


「お詫びに焼き菓子を用意させましたのよ。我が家の料理長自慢の品ですの。どうぞ、お持ちくださいな」

「まあ、ありがとうございます」

「ええ、美味しいお茶をご馳走様でした」

 クリスタとアーロンが席を立つと、夫人が見送ってくれる。メイドに案内されたクリスタは室内に入る前に何かにつまづいた。倒れかける身体をとっさにアーロンが抱き止めてくれる。


「おっと、クリスタ嬢、大丈夫かい?」

「ええ、アーロン様。ありがとうございます」

「まあ、お怪我はないかしら?」

 夫人も心配して側に寄ろうとするが、パラソルから出ると日差しに目が眩んだようで身体がふらついた。

「奥様、大丈夫ですか?」

「公爵夫人、ご気分が悪くなったのでは・・・」

「ちょっと立ちくらみしたようだわ。お騒がせしてごめんなさいね、日陰で休めば治るから心配なさらないで」

 メイドが夫人に駆け寄ったので、クリスタとアーロンはそのままメイドに任せることにした。慣れた者が介抱したほうがよいだろう。二人で着替えた客室に戻ることにする。


「クリスタ嬢は大丈夫かい? 日差しが少し強かったけど」

「ええ、アーロン様。わたくしは大丈夫ですわ」

「その、不躾かもしれないが、君の婚約は大丈夫なのかい?

 番だと聞くわりに公子様との縁組はまだなのだろう?」

 アーロンが心配そうな顔になる。クリスタは苦笑いだ。

「祖父がまだ帰国していないので、保留中になっているのです。祖父は婚約破棄宣言に憤っていて『制裁せねば気が済まん!』と言うので」

「ああ、先代なら言いそうだよねえ」

 アーロンも苦笑いになった。祖父が友人同士で子供の頃から面識があるから先代の性格は把握している。


「君との話が流れたのは残念だったけど、なかなか次の婚約の話を聞かなかったから心配していたんだ。番候補として、エスコラ男爵令嬢の名もあがっていたし」

「ええと、ヒルダ様は可能性があるからと様子見していたのですが・・・」

「ああ、噂で聞いてるよ。異母妹がやらかしたって。まさか、竜人族の番詐称とか。

 破滅願望があるとしか思えなかったよ」

「ヒルダ様にはとばっちりで申し訳なかったのですが、後継問題で揉めていたから却ってセイセイしたと清々しかったですね」

「ケチがついた爵位を継ぐよりもよかったんじゃないかな。同盟関係の高位貴族から睨まれるとか、胃が痛くなるよ」

「アーロン様はイーリス様とご縁が結ばれそうですか?」

「うーん、候補が他に二人もいるからどうかなあ? よかったら、クリスタ嬢からお薦めしてくれないか」

「今頃、兄が売り込んでいそうですけれど」

「ああ、うん。オリヴェル殿ならやりそうだ」

 二人は顔を見合わせて微苦笑する。客室に着いたので、また後でと挨拶を交わした。


 二人が庭園に戻ると、そろそろガーデンパーティーはお開きになる頃だった。オリヴェルはイーリスと談笑して待っていた。

「クリスタ、染みは落ちたようだな」

「ええ、綺麗にしてもらったわ。お詫びに焼き菓子も頂いたの」

「私も頂きました。イーリス嬢、よろしかったら一緒に頂きませんか?」

「まあ、よろしいの?」

 アーロンの誘いにイーリスが嬉しそうに頬を染める。どうやら、二人の仲は良好なようだ。

「それでは、そろそろお暇しましょうか」

「ええ、クリスタ様。また、今度フローラ様とご一緒にお茶会しましょうね」

 イーリスの笑顔のお誘いに恋バナの予感がして、クリスタの顔がひくつく。きっと、イオリとの進捗状況が気になるのだろう。

 クリスタはほほほと乾いた笑いで頷いた。

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