01 「政略結婚で個人の意思で望んだ婚約ではないのですから」
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「君との婚約を破棄する!」
「貴方との婚姻なんて有り得ません」
「私との愛は諦めてくれ」
「すまない! 俺は真実の愛に目覚めてしまったんだ」
大広間に入場した途端、一人の少女を囲った四人の男たちが一斉に己の婚約者に告げていた。婚約者のエスコートもしないで何やってんの⁉︎ と周りはドン引きしているが、当人たちだけはわかっていなかった。
人族最大の王国、アホネン国の最高教育機関、魔術学園卒業の記念パーティー会場である。
「うわあ、馬鹿じゃないの? 他の牡の匂いひっつけてる牝に首ったけとか、僕らでは信じられないね」
「仕方あるまい。人族はそんなに鼻がきかないからな」
「嗅覚は劣っても、目と耳が正常に働いてたら、気付きそうなモノだよ?
あの娘、老若男女来る者は拒まずの精神で、彼らだけ特別扱いってわけじゃないでしょ。唯一無二の僕らとは相容れないけど、人族は構わないのかな」
「目も耳も悪いんだろう」
壁際で北の小国からの留学生となっている男子学生二人が囁きあっていた。かたや興味深げに、かたや冷ややかに、と周りの下位貴族たちとは一線引いていた。
他の者は様子見と少しずつ婚約破棄ショーに近づいている。今後の進退に関わる情報収集に余念がなく、さすがに己が身分を弁えていた。
それに比べて、この二人は衣装こそ華美ではないが、見る目のある者には上質とわかる正装姿でこれまで押し殺していた高貴なオーラ全開で見物に徹していた。
何やら怒声が響いたかと思えば、四人の愚者どもの婚約者が婚約破棄をあっさりと受け入れたことで愚者どもが騒いでいた。
それを囲まれている少女が宥めているのだが、この少女、見た目は薄紅色のふわふわしたウェーブの髪に新緑の瞳でほんわか美人で癒し系だった。
何でも、一年前に突然癒しの力に目覚めて人族の教会で聖女認定されたらしい。生まれが没落寸前の男爵家で名ばかりの貴族だったが、聖女となるからには最低限貴族としての行儀作法を身につけねばならぬと、この学園に放りこまれた、という。
平民と変わらぬ暮らしをしていたのに、突如貴族らしくしろと言われても無理だ。学園長から指導を頼まれたのは、同学年になるこの国の第ニ王子と婚約者だったが、いつの間にやら王子と友人たちが世話役になっていた。
繰り返すが、学園長は貴族として指導しろ、と言ったのであって、貴族としてお世話しろ、と言ったのではない。
だが、表情豊かに鈴の音のように可愛らしくコロコロと笑う少女に王子たちは絆されていった。己の婚約者を放ったらかしにして、少女に入れこむほどには。
「うーん、これ、うちの責任にならないよね?」
「当たり前だ。解毒剤は渡したし、注意事項もきちんと述べて忠告もした。第一、我が国からの贈答品を勝手に口にしたのはあいつらだ。我が国にはもう何の責任もない」
冷ややかに分厚いメガネを外した黒髪の学生は端正な顔立ちを苛立たしげに歪めた。対する友人兼主もまた長く伸ばした焦げ茶の前髪を掻きあげて美しい顔を久しぶりに明らかにした。
「そうだね、第一王子と護衛騎士はもう神の実の影響はなさそうだし。彼らだけってことは・・・」
「あまりのエグさ、マズさに耐えられなくて、途中で解毒作業を放棄したのだろう。命に関わることではないしな。深刻にはなれなかったんじゃないか」
「んー、でも、ちゃんと、後遺症というか、作用が残ってるとマズいって忠告はしたよね?」
「したさ。次期教皇お墨付きでな、甘くみてる奴らが悪い」
二人は顔を見あわせて、かたや面白そうに、かたや面倒臭そうに、断罪劇と呼ばれる茶番を高みから見物することにした。
「おやめください、アルト様、ヘンリ様、クラウス様、マルコ様」
ほんわか美人アニタが周りの男たちに懇願するが、男どもは全く聞いてくれなかった。
「かわいそうに、アニタ。もう大丈夫だよ」
「君を貶めた落とし前はきっちりとつけるから」
「心配することは何もないからね」
「ああ、大船に乗ったつもりでいてくれ」
男たちはか弱い聖女様を守る騎士気分でいたら、思いきり水をさす声がかかった。
「ご本人が何もなかったと仰ってるわよ。貴方たちの妄想はなはだしい勘違いで、せっかくの祝いの場を台なしにするとか、どう責任をとるおつもり?」
「黙れ! この性悪女が、どのツラ下げて」
「あら、やだ、怖いわ〜。第二王子ともあろうお方が、か弱き乙女を恫喝なさるなんて」
「お前がか弱いなどと、世の女性に対する暴言だろうが!」
第二王子アルトの罵声に婚約者のイーリス・ホルソ公爵令嬢がよよよと泣き崩れた。
「あんまりですわ、殿下。6歳より12年間も婚約を結んでおりました仲ですのに・・・」
「イーリス様、笑みが隠しきれてませんわ」
フローラ・イコラ侯爵令嬢が冷静につっこみ、無言でユリアナ・キルピネン伯爵令嬢が扇を広げてイーリスの口元の笑みを隠す。クリスタ・フルスティ伯爵令嬢が可愛らしく首を傾げた。
「アニタ様には教会から護衛騎士がついておりますもの。わたくしたちが嫉妬から、アニタ様を虐げるなんて無理ですわ。
第一、嫉妬する理由なんてありませんし。わたくしたち全員、政略結婚で個人の意思で望んだ婚約ではないのですから」
実に爽やかな笑みで言ってのけた。観衆は『うわあ、事実だけど、それ言っちゃう?』と固唾を呑んでやりとりを見守っている。
「その護衛騎士が証言しているのです。アニタ様が虐げられていた、と」
「わたくしたちがやったと証言なさったの? いえ、なさっていないわよね」
確認をとりながらも断定を下したのはフローラだ。ユリアナはこくこくと頷いている。
「確かに特定の個人名はだされていませんが、それは家格を気にしてるからです。貴方がたが彼に権力で脅しをかけ」
「まああ、言い掛かりもはなはだしい、ひどいわ〜」
まるっきりの棒読みで喜色が隠しきれないイーリスが扇をパタパタと仰いでみせた。フローラの婚約者ヘンリ・ハールス侯爵令息が言葉を遮られて不服そうに顔をしかめた。
「わたくしたち、浮気者の貴方がたから解放されて喜んでおりますのよ? アニタ様には感謝しかないのに、虐げるわけありませんでしょう。ねえ、アニタ様、わたくしたち、お友達でしょう?」
「はい、イーリス様。皆様は、アルト様、ヘンリ様、クラウス様、マルコ様をよろしくと言ってくださいましたもの。わたくしを虐げたのは別のお方たちですわ。
アルト様たちはお話を聞いてくださらなくて困りました」
「「「はあああっ?」」」」
見事な四重奏にそれぞれの間抜け顔がおまけつきだ。元婚約者の令嬢たちはくすりと笑みをこぼして優雅な淑女の礼を返した。
「ごきげんよう、元婚約者様がた」
「成人を迎え、学園を卒業したこの良き日にわたくしたちを貴方がたのパートナーという苦行からときはなって下さって感謝しておりますわ」
「どうか、アニタ様と末長く仲よきことをお祈りします」
「・・・(こくこくと頷いている)」
「え、そんな」
「まさか」
「嘘だろ・・・」
「ちょ、ちょっとま」
「殿下がた、ご歓談中失礼致します。ぜひに、殿下がたとお話ししたいと学園長がお呼びです」
婚約者を引きとめようとした令息たちの前に立ち塞がったのは、第一王子の側近候補オリヴェル・フルスティだ。学園長は王弟であり、アルトの叔父だった。やけににこやかな笑みで手を振る姿が視界に映り、令息たちは青褪めた。
いつもは彼らを守る護衛騎士に連行されるように、令息たちは一人残らずひったてられた。その後にアニタと彼女に名指しされた実行犯の令嬢数名も連れられていき、会場は華やかな勢いを取り戻した。
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今回のお話ではタイトルを各話の会話より抜粋することにしました。こういうのも面白いのでは?と、一度やってみたかった。