神「子羊の皮を被った悪魔を、飢えた獅子の群れに放り込んだった」
思えば、幼少の頃から僕の人生は孤独と波乱に満ちていた。
別に、自分の人生が波乱万丈だと自負するつもりはない。だけど、少なくとも順風満帆だなんて到底言えないような人生ではあった。そもそも、僕の人生は幼少の頃から世間一般とはかけ離れていたと思う。
幼少の頃、小学生に上がるより前から僕は他の子どもに比べてほんの少し大人びていた。知識量もそこそこあったと思うし、運動能力だって他の子どもに比べたら多少は高かったと思う。それが劇的に変わったのは小学生の頃、まだ9歳だった頃だ。
同じクラスの子供と喧嘩をした。理由はほんの些細な事だったと思う、けど理由なんてこの際はどうでも良いだろう。事実として、この日の喧嘩を切っ掛けにして僕の人生は劇的に変わったのだから。
同じクラスの子供と喧嘩をした。結果、僕はその子を無傷で叩きのめしてしまった。果たして、それがいけなかったのだろうか?先生が駆けつけてきて喧嘩の理由はともかく一方的に相手をぼこぼこに打ち負かした僕を責め立てた。責め立てたのだが、結果として先生を僕が言い負かしてしまった。
言い負かしてしまったのが尚更良く無かったのだろう。この日以来、僕は露骨に他の人達から避けられるようになった。
喧嘩をしても誰も勝てない。口喧嘩でも誰も勝てない。そんな人物に、一体誰が近づくというのか。
そんな僕を、誰が言ったのか「子羊の皮を被った悪魔」という呼び名で呼ばれていた。
白いもこもこの髪の毛に、周囲に比べても比較的幼い顔立ちをしているからそう呼ばれたのだと僕は考察しているけど。正直、僕はこの呼び名に納得していない。
いや、流石に悪魔って酷くない?まあ、別にどうこう言うつもりは全くないけれど。
そして、そんな毎日が続いて。高校三年生になった春の事だった……
・・・ ・・・ ・・・
「やあ、おはよう。玄戸明日華くん。私は神、云わば世界の管理者だよ」
「…………はぁ、その世界の管理者様が僕に何か用ですか?」
いきなり、目を覚ました瞬間僕の目の前に神を名乗る人が立っていた。見た目は男とも女とも言えないような、中性的な顔立ちをしている。恐らく、性別なんてものはこいつには存在しないんだと思う。
けど、それにしてもいきなり神は無いよな?いきなり世界の管理者だなんて言われても、正直困るというか何と言うか……
まあ、別に良いや。
「露骨に信じていないね?まあ、別に構わないけどさ。ともかく、僕は神だよ。別に信じて貰わなくても結構だけど、其処は僕が神だと仮に定義して聞いていてくれ」
「ああ、まあはい?」
「君には、今から異世界に召喚されて貰う」
召喚?異世界転移とかじゃなくて?
「えっと、異世界転移とかじゃなくて。召喚ですか?」
「うん、そうだね。実は、君のいる地球ではない別の世界で今、とある国が召喚儀式を行っているところなんだよ。その召喚儀式というのがね、僕が承認する事によって別の世界から不特定の人物を召喚するというものなんだよ」
「はあ、つまり僕はその不特定の誰かに選ばれたという事ですか?」
だとすれば、ずいぶんとまあ運の無い事だと思う。
しかし、其処は神様だった。中々に意地の悪いというか、はた迷惑な意地の悪さを滲みだしたような笑みを浮かべて言った。
「いや、君を召喚の対象に選んだのは僕自身だ」
「……えっと、何で?」
「簡単な話だ、面白そうだから!」
「……………………」
「じゃあ、話も其処までで異世界ライフをどうか楽しんでおいで。じゃあね」
そう言って、神は僕を突如開いた空間の穴へと突き落とした。いや、酷くない?
・・・ ・・・ ・・・
「えっと、まあ事情は上手く呑み込めないけど召喚に応じた玄戸明日華です?」
そう言って、僕は目の前に居る猫耳にしっぽのようなモノを生やした少女とお姉さんに挨拶した。
挨拶をしたのだけど、何故か目の前に居る少女がぽけーっとした顔で僕の顔を見ている。何処か、熱に浮かされたような表情だった。けど、まあ気にしないようにしよう。
お姉さんに脇を小突かれ、少女ははっと正気に戻ったようだ。慌てて、僕に問いを投げ掛ける。
「えっと、貴方が私達の国を救ってくれるのですか?」
「えっと、詳しい話は聞いていないから分からないけど。どういう事かな?」
「あ、は……はいっ!今から説明をしますっ!」
そう言って、猫耳の少女(恐らくはライオンとかの獣人だと思う)は僕に状況の説明を始めた。
どうやら、今この獣人国という国は侵略戦争の被害に会っているそうだ。相手は、人間の国で戦争の目的は豊な作物と土地らしい。つまりは、領土的野心という奴か。
まあ、ともかく今この獣人国は滅亡の憂き目に会っているそうだ。だからこそ、こうして生存の為に希望を籠めて召喚の儀式を行っていたのだろう。
まあ、何だ……
「大変だね?」
「えっと、それだけですか?」
「いやまあ、それ以外にどう言えば?」
「いえ、まあその通りですけど……」
少し落ち込んだ様子のライオン少女。そんな少女の姿が思わずおかしくなったのか、僕は思わず苦笑を浮かべてしまった。
まあ、別に良いか。これもまあ人の情という奴だよな?別に、そんなもの僕には無いけどさ。
「まあ、良いよ」
「……へ?」
「だから、良いよ。君の国を救ってあげる」
「ほ、本当ですか!」
いや、其処まで身を乗り出して驚かんでも。まあ、確かに気持ちは理解出来るけど。
「いや、別に其処で嘘を吐く必要は無いと思うよ?」
「っ、ありがとうございます‼」
そう言って、ライオン少女は僕に向かって飛びついてきた。うん、少し小振りながらも中々育っていると思うのはまあ不可抗力だろう。
傍に立っていたライオンお姉さんも、苦笑を浮かべながらも楽しそうに僕達を見ている。
そして、そのままライオン少女は僕を床に押し倒して……ん?押し倒して?
「……えっと、何をしているの?」
「えっと、この程度で対価を支払いきれるとは思っていませんが。でも、私なんかで良ければ」
「お?良いね。じゃあ私も混ぜて貰おうかい?」
そう言って、ライオン少女とライオンお姉さんは揃って衣服を脱ぎ始めた。その表情は、飢えた野獣そのものだった。いや、待て。待て待て。
これは流石にマズイのでは?いや、食べられるっ!
「あ、いや。ちょっと待って!少し落ち着いて!いや、お前ら話を聞いて!あっ……」
こうして、僕はライオンの獣人二人にある意味食われてしまった。食われる最中、思考の片隅で僕を此処へ送り出した神が腹を抱えて笑っているような気がした。
うん、ともかくだ。飢えた獅子って怖いね?