第5話 彼女の名は
ホロの言葉から数瞬の間を空けて。
「…………え?」
リタが目を瞬かせる。
それからキョトンとした顔を見せて、
「え? パパを追ってきた二人? それってどういうこと?」
思わずそう呟く。
リタを羽交い絞めにしているライラも、少し手を緩めて眉をひそめた。
「それって私ら以外に親父さんを探してる人がいるっていうことかい?」
誰に対してでもなくそう尋ねた。
リタたちには答えられない。
自分たち以外にリタの父を探している者がいる。
これは誰も考えてもいなかったことだったからだ。
「えっと、本当にどういうこと?」
リタがそう呟いた。
全員が困惑した表情を浮かべていた。
すると、
「えっとな。今から一ヶ月ちょい前ぐらいのことだ」
ホロが説明を始めてくれた。
「この里にライドの義兄貴を探して二人組の冒険者が来たんだよ」
一拍おいて、
「結論から言うと、その人らは義兄貴の冒険者時代の仲間だったんだ。なんでも義兄貴はその人らのパーティーの創設メンバーの一人らしい」
「――――え」
リタが目を剥いた。
ジュリや他のメンバーも驚いた顔をしている。
「二人はまたパーティーを組まないかって誘うつもりだって言ってたよ。けど、そん時にはすでに義兄貴は里を出ていてさ。そんで義兄貴を追うっていう二人に付いて行ったらいいって姉貴に言ったんだ」
「え? ちょ、ちょっと待ってください!」
その時、カリンが手を上げた。
「あの、その人たち、本当にリタちゃんのお父さんの仲間だったんですか?」
神妙な声でそう尋ねる。
リタたちもカリンの方へと注目した。
「……どういう意味? カリン?」
リタがそう尋ねると、ジュリが「……なるほどね」と眉をしかめた。
「カリンが言いたいことって、要するにその二人って実は先生の仲間を騙っていたんじゃないかってことよね」
「は? いやいや、それってなんか意味があんのかい?」
ライラが、キョトンとした顔で言う。
リタの父の仲間を騙るメリットが分からなかった。
すると、
「……いや、グラッセ。仮に父君が黒仮面であると知っていたら話は違うぞ」
ジョセフが少しばかり険しい表情で告げた。
それに対し、ジュリが「ええ。そうよ」と頷いた。
「先生の仲間ならこの里に侵入できるのよ。獣人族相手だと匂いでバレるかも知れないけど、先生の冒険者時代って十年以上も前のことよね? なら、そいつらに先生の匂いがなくても当然だろうし」
「その通りだ。父君がすでに不在であれば、それなりに筋の通ったストーリーを用意すれば詐称することは出来なくもない。しかし、だとしたら……」
ジョセフはホロに目をやった。
「獣王陛下。その者たちは本当に――」
「ああ~、それなら大丈夫だよ」
苦笑を浮かべつつ、ホロはそう返した。
「心配してくれてありがとよ。けど、あの二人は間違いなく義兄貴の仲間だった」
ボリボリと頭をかいて、
「その人らは二人とも女性だったんだが、なにせ、その内の一人は義兄貴に本気のマーキングをされてたからな。姉貴が不機嫌になるぐらいだ。疑う余地もなかったよ」
「……? なにそれ?」
気付けば敬語を使うことも忘れてリタが小首を傾げる。
そうして少しもじもじしながらホロの方を見やり、
「え、えっと、その、さっきから『マーキング』って言葉を何回か聞いた気がするけど、それってなに? なんて言うか、その、心なしか卑猥な語感っぽくって……」
そう尋ねると、何故か三人の妃たちが全員視線を逸らした。
三人ともやや頬が赤くなっている。
「おう。ぶっちゃけその通りだぞ」
一方、ホロは頬をポリポリとかき、少し困ったふうに笑った。
「娘のあんたの前で言うのはどうかと思うが、まあ、あえてはっきり言えば、その人は義兄貴の昔の仲間であり、同時に義兄貴に本気で愛された女だったってことだ」
「「「………は?」」」
リタたちは目を瞬かせた。
ホロは腕を組んで、
「要は何度も一緒に夜を過ごすような良い仲だったってことだよ。かなり不躾だと思ったが、それはその人自身にも確認したよ」
そんでさ、と続け、
「説明すると本気で愛しあった男女には何年経っても相手の匂いが残るんだ。人種は関係なくな。それをマーキング――」
「「――ちょっと待ったあああッ!?」」
ホロの説明を遮って、リタとジュリが叫んだ。
リタはもちろん、ジュリの方も立ち上がっていた。
二人とも愕然とした表情だ。
「ななななななァ!? ななななに!? なななななにその話ッ!?」
「あ、愛しあったって、その人って、せ、せせせ先生と――」
激しく動揺するリタとジュリ。
二人揃ってあちこちと室内をうろつき始めた。
大混乱して二人の瞳はグルグルと回転している。
「リ、リタちゃん! ジュリちゃん! 落ち着いて!」
カリンも、あわあわと動揺していた。
落ち着けとは言ったが、彼女も直球すぎる内容に顔を真っ赤にしている。
何気にライラも耳を赤く染めて口元を抑えつつ視線を逸らしていた。
そんな女性陣に対し、ジョセフは、
「おお。なるほど」
ポンと手を打って、
「その女性冒険者は、父君のかつての恋人だったということですな」
その一言で、ピタッとリタとジュリの動きが止まった。
そうして、
「ヤダアァ―――ッ!」
リタは思わず叫んだ。
「あたしのパパを盗るなああああああッ! パパはあたしのパパなんだぞッ! どこの馬の骨だああッ! この馬骨女がああああああああああ――ッ!」
天を向かって吠えている。
「その人どうやったの!? 私なんて二人きりの講習の時はいつ特別な講習になってもいいようにいつも本気下着を履いて隙もあえていっぱい見せてたのにィ! エッチはおろかチューさえもしてもらえなかったのにィ!」
一方、ジュリはジュリで崩れ落ちて地に向かって叫んでいる。
結構ヤバめな感じの過去の計画を自白していた。
三人の妃たちも、カリンとライラも何とも言えない顔を見せていた。
「……ぐふゥ……」
ややあって、リタの方も崩れ落ちる。
「……誰よォ、誰なのよォ、そいつゥ……」
地獄の底から聞こえてくるような声を零した。
双眸まで赤く輝いているようだった。
「……いや、その、少し落ち着いてくれ」
ホロが少し気の毒そうにそう告げた。
「いきなりで悪かった。もう少し詳しく説明するよ」
と、申し出る。
すると、リタとジュリが赤い眼差しを向けた。
「お、おう……」
さしもの獣王も頬を引きつらせる。
ホロの胆力であっても底冷えするような眼光だった。
ともあれ、
「えっとな。まず、その人の名前なんだが」
一拍おいて、ホロは彼女の名前を告げた。
リタたち冒険者ならば、恐らく誰もが知るその名前を――。
「ティア=ルナシス。S級精霊魔法師のティア=ルナシスさんだ」
数十秒間の沈黙。
「「「―――――はい?」」」
リタたち全員の目が点になった。
……………………………。
……………………。
……そうして。
その夜。
場所は変わって客人用の寝室。
ベッドは四つ。ここは女性たちのために用意された部屋だった。
ジョセフだけは別室を用意されているのだが、今はこの部屋にいた。
そしてベッドの上。
その内の二つに魂が抜けた屍がいた。
それぞれのベッドの上で真っ白になって正座しているリタとジュリだった。
残る三人は本当に困惑した顔をしていた。
「これは流石に予想外すぎたね……」
「……うん」
ライラの言葉に、カリンが頷く。
「正直、今日だけで情報過多なぐらいだよ。なにせ、親父さんがあの悠久の風の創設メンバーの一人で、しかも元カノが世界最強の精霊魔法師とはね……」
「だが、得心もしたぞ」
あごに手をやり、ジョセフが言う。
「あの時、ルナシス氏とブレイザー氏が我が校に訪れたのは、父君を勧誘に向かう道中だったということだったのだな」
その後、ブルックス道具店に到着し、リタの父の現状を知ったということだ。
そうしてこの里にも訪れ、アロを仲間にして再び旅立ったのである。
リタの父の足跡を追って、だ。
「(アロさんの件が完全に霞んじゃったね)」
「(まあ、確かに)」
小声で語り掛けて来るカリンに、ライラは苦笑を浮かべた。
スタイル抜群でしかも凄い美人というリタたちの新たな恋敵の話は、最も古い恋敵の出現によって完璧に塗りつぶされてしまった。
まあ、それも仕方がない。
なにせ、相手はあのティア=ルナシス。
ジュリにとっては憧れでもある伝説級の精霊魔法師だ。
リタに至っては直に会っている。
あの幻想じみた美貌を目の当たりにしているのである。
魂が抜けてしまうのも本当に仕方がなかった。
「……まあ、良かったじゃないか」
ライラが気まずげに言う。
「親父さんはちゃんと恋も愛も経験してたってことだろ。リタを育てるために完全に青春が潰れてた訳じゃないんだ」
「……………」
リタは反応しない。ジュリの方もだ。
ライラはかぶりを振って、カリンは溜息をついた。
ジョセフさえも呻くような顔をしている。
そうして、そのまま夜が更けて。
翌朝、リタとジュリが、正座したままカリンたちが起きるまで全く動いていなかったことにはギョッとしたが、何はともあれ。
リタたちは、初めてティアたちのことを知ったのである。
ただし、ホロにも伝えきれていないことがあった。
例えば、ライドの大切な者に与えられる精霊の加護について。
そして、ティアのインパクトのせいで話しそびれたレイの想いもだ。
ましてや、ティアとレイとアロの三人が一夫多妻を許容していることなど伝える切っ掛けさえもなく、リタたちにとっては未だ知る由もない事実だった。
まあ、いずれにせよ、今はとにかくダメージが大きい。
リタとジュリが『打倒! ティア=ルナシス!』を掲げて完全復活するのは実に三日も経ってからのことだった。
「元カノごときが今さらパパの嫁になれると思うなよ!」
「世界最強だろうがぶちのめしてやるわ!」
大剣と、竜骨の杖を重ね合わせるリタとジュリ。
こうして。
愛娘一行は、ますますもってライドの背中を追う意欲を高めるのであった。
なお、その頃、ティアが思わず悪寒を感じたかどうかは定かではない。




