第23話 制圧戦②
「「「うおおおおおおおおおおお――ッ!」」」
怒号が空気を揺らす。
場所は第三層の廊下だ。
我先にと武器を構えて海賊たちが突っ込んでくる。
二十人はいる集団だ。
対する相手は一人だった。
右拳を廊下につき、重心を低く構えるアロである。
アロと、ティアと、レイ。
第三層に降り立った三人は、それぞれの役割のために別行動をしていた。
レイは幹部及び頭目を倒しに。
ティアは恐らくここにあると思われる脱出口を潰しに。
そして、アロは派手に暴れて第三層を混乱に陥らせる陽動の役割だ。
「――ふ!」
アロは地を蹴って加速する!
そして先頭の海賊の顔面を殴りつけた!
獣人の剛腕で弾かれた海賊は砲弾となって狭い廊下を飛んだ。
「ぐぎゃ!」「うわああああッ!」「くそッ!」
ほとんどの海賊を巻き込み、悲鳴や怒号が上がる。
その混乱に乗じて、アロは海賊どもの懐に飛び込んだ。
一瞬で四人を壁まで吹き飛ばす。
さらに頭上に跳躍。天井を蹴って次の獲物へ。
そこは硬質な煉瓦造りの要塞の通路。
しかし、アロの戦い方は、まるで森の中のゲリラ戦を彷彿させるモノだった。
狭い廊下でありながら、アロの姿を見失う海賊がいるぐらいだ。
無事な海賊の数がみるみる減っていく。
そんな時だった。
「下がれ! てめえら!」
廊下の奥から怒号が響いた。
アロが見やると、そこには海賊の増援がいた。
だが、ただの海賊ではない。五人いる増援の海賊ども。その内、四人が両手を前に突き出して、火球を宙に浮かせていたのだ。
(精霊魔法か!)
アロは双眸を細めた。
炎弾。第一階位の炎系の精霊魔法だ。
ティアが使えば恐ろしい威力になるのだが、こんな連中の魔力はたかが知れている。
しかし、そこは地の利と数で補うつもりのようだ。
こんな狭い廊下で、五人が一斉掃射すれば逃げ場などない。
アロと戦っていた海賊どもは慌てて壁に張り付いた。
アロへの射線がクリアになる。
「ぶっ放せ!」
リーダーらしき海賊が叫んだ。
同時に五つの炎弾が撃ちだされる!
対し、アロは大きく仰け反って息を吸い、
「―――わおんッ!」
吠えた。
直後、大気が震えた。
炎弾は消し飛び、壁や床は激しく振動した。
そして、海賊どもは強烈な空圧を叩きつけられてその場に崩れ落ちた。
振動が納まった時、そこに立っていたのはアロだけだった。
「他愛もない」
腰を手に、大きな胸を反らしてアロは言う。
神狼ポウチの戦巫女、ここにありだった。
だが、実はこれでもアロは弱体化している。
切り札である神狼化が使えなくなっているからだ。
ライドに敗北して以降、神狼の声は聞こえても、神狼化までは出来なくなっていた。
しかし、それは仕方がない。
敗北の際は、純潔と生涯を相手に捧げるというのがあの時の誓いだ。
まだ主人と結ばれていないとは言え、巫女としての資格は失っていた。
(……そう。私はもう戦巫女ではない)
次の敵を探して走りながらアロは思う。
自分は主人の従者であり、獣王の姉として妻になるべき者なのだ。
それを果たすためにも、こんな場所で苦戦している訳にはいかなかった。
(私は早く主人の元に行かねばならないんだ)
それから、またブラッシングもして欲しい。
一緒に行動していた時、アロはたまにブラッシングをしてもらっていた。
主人は全く自覚がなかったが、あれも特別な行為だった。
心から相手を信頼しているという証明なのである。そもそもブラッシングは獣耳や尾に触れる行為なので、親か番のみにしてもらうことだった。
アロとしては、死んだ母親以来のことだった。
本当にあれは至上の心地よさだった。
(……早く主人に会いたい)
そんなことを考えていた。
だからこそか、
(―――え?)
不意に、アロは足を止めた。
目を瞬かせて、窓の外に目をやった。
ここからは第二層の砦が見える。さらに遠くには、ところどころに煙の上がる第一層の砦も見えるが、今は関係ない。
「え? いや、まさか……」
アロは窓を開けて、鼻をスンスンと鳴らす。
そして、
「……微かにだが、これは……」
困惑する。
無性に第二階層へと行きたくなる。
今すぐ確かめたくなる。
――が、
(いや、落ち着け。私)
アロは胸に片手を置いて、大きく深呼吸した。
今は任務中だ。
それに匂いが薄い。
恐らくこれは残り香だ。本人がいるような匂いではない。
今は陽動の任務を優先しなければいけない。
けれど、
――そわそわそわ。
アロはその場で立ち止まってしまった。
指を組んでもじもじと足を動かす。
確かに残り香程度だ。
けれど、存在を感じられるぐらいには濃い匂いだった。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ確認に行くぐらいなら……。
(ええいッ!)
アロは、両手で自分の頭を強く挟んだ。
それからブンブンと顔を振った。
(しっかりしろ! 私!)
今は任務が最優先だ。
ティアもレイも凄まじく強い。単独行動でもまず負けることはないだろうが、戦場ではどんなイレギュラーが発生するのか分からないものだ。
アロの勝手な行動でティアたちが危険に晒される可能性だってあり得るのである。
(迷うな! 確認は制圧後でもいいんだ!)
責任感を奮い立たせて。
どうにかアロは誘惑を吹っ切った。
だが、その時。
「いたぞ! 侵入者だ!」
新たな海賊どもがぞろぞろと現れた。
アロはそちらを見やる。
二十人……いや、今度は、三十人以上はいるか。
しかも先程の連中のようにいきなり襲い掛かってこない。
戦陣を組み、慎重にアロを観察している。
先程の連中よりもかなり手強そうだ。
奥には、砲台としてすでに精霊魔法師が潜んでいる可能性もある。
雑魚どもと侮る訳にもいかなかった。
「………はァ」
息を大きく吐く。
名残惜しいが、廊下の窓を閉めた。
ここは敵地であり、これが自分の役割だった。
今はその役割に専念すべきだった。
アロは拳を固めた。
陽動の任務を遂行するために。
ただ、その顔は、
「……………」
――ブッスゥっと。
この上なく不機嫌そうではあったが。




