第12話 その頃のライドは②
さて。
場所は変わって第二層の来客室。
その頃のライドは、
「……――」
ベッドの上で未だ静かに眠り続けていた。
だが、すでに熱もなく呼吸も安定している。
後は目覚めるのを待つだけだった。
そんなライドを、サヤはずっと傍で見守っていた。
そして同時に考え続けていた。
いかにして今の状況を打破するかをだ。
(よりにもよって海賊島……)
サヤは眉をひそめる。
海賊島の話は出航前に聞いていた。
しかし、まさか訪れることになるとは思いもよらなかった。
正直、危険極まる状況だった。
(けど、どうすればいいの……)
いきなり脱出に向かうのは悪手である。
ここは海賊たちの本拠地。
噂によると、百を超える海賊団がいるそうだ。
その上、このとんでもなく大きな要塞に関する地理も知識もなく、ライドの魔剣はここにあるが、サヤは無手のままだった。
愛刀・霞桜は海の底に消えてしまった。
サヤは無手の心得もあるが、出来れば武器は欲しかった。
(まずは武器。次にこの要塞の地理。後は船だけど……)
特に最後が難しいかも知れない。
この島が海上にあるのは間違いないだろう。
なら流石に小舟で脱出とはいかない。少なくとも帆船が必要になる。
そして帆船はたった二人で操船できるモノではなかった。
(他にも海図もないといけないし、どうすれば……)
と、サヤが頭を悩ませていた時だった。
不意に、廊下の方が騒がしくなったのだ。
サヤが眉根を寄せて、丸まって座っていたバチモフが顔を上げた。
多くの人間が走る男や、怒号のような声も聞こえた。
ややあって騒々しい音は消えた。
サヤは足音を殺して、ドアに近づいていく。
サヤたちは一応扱いとしては『客人』だ。監禁されている訳ではない。
だが、一応見張りはいたはずなのだが、ドア越しに人の気配はない。
サヤは慎重にドアを開けてみた。
廊下を除いてみるが、そこには誰もいない。見張り役もだ。
(何かあったの?)
疑問に思うが、これは良い機会だ。
情報不足の今、何かしらの情報を得られるかも知れない。
「バチモフ」
サヤは部屋の中のバチモフに声を掛ける。
「私は少し調べてくるから。あるじさまをお願い」
『――バウっ!』
バチモフは尻尾を振って元気よく応じた。
サヤは頷き、部屋を出た。
音もなく走る。同時に頭の中で地理をマッピングしていく。
(要塞だけど、凄く不格好。継ぎ接ぎして造ったみたい)
そんな感想を抱く。
事実、廊下の壁一つにしてもいきなり造りが変わっている。
極端な部位は煉瓦造りから木造に変わっていた。
ともあれ、サヤは進み続けた。
すると、かなり大きな広場へと出た。
酒場のような場所だった。事実そうなのだろう。
だが、今そこは大変なことになっていた。
(―――え?)
サヤが目を見張る。
大広場は荒れに荒れていた。
散乱したテーブルに酒。そして怒号を上げる男たち。
しかし、サヤが驚いたのはその中央だった。
「捕まえろ! だが殺すな!」
「いや無理だろこれ――ボへェ!?」
そんな声が上がる。
広場の中央。
そこには男たちを相手に大立ち回りをする少女がいたのだ。
白いドレスを着た凄く小柄な少女だった。
輝くような翡翠色の髪。
とても綺麗な顔立ちで、白いドレスも相まって深窓の令嬢を彷彿させる。
しかし、その動きはとても令嬢のモノではなかった。なにせ、小さな拳の一撃で大の男が壁まで吹き飛ばされているのである。
男たちは武器まで持ち出しているのだが、彼女の動きをとらえきれない。迫り来る男たちを掻い潜り、拳や蹴撃を繰り出していた。
「わっちの兜はどこだ!」
少女はそんなことを叫んでいる。
サヤの頭の中は疑問符だらけだった。
そもそも戦闘の様子もおかしい。小柄である少女のリーチは男よりも短い。武器を持てば尚更だ。だから拳が懐まで届かないケースがある――のだが、
――ドンッ!
触れてもいない男が吹き飛んでいく。
そこでサヤは気付いた。
(あの子、凄い……)
サヤの無色の左目は邪氣や虚鬼の気配のみあらず、通常の氣も視認できる。
だからこそ、サヤには視ることが出来た。
少女が繰り出した細い腕が、大きな氣の腕に覆われていることに。
蹴撃の際も同様だった。彼女の足が氣で覆われているのだ。
(あれでリーチの差を埋めているんだ)
戦士や武闘家が操る氣には大きく分けて二種類ある。
一つは内氣。体内で氣を循環させて身体能力を上げる技だ。
そしてもう一つは外氣。
これは体内の氣を体外へと放出する技だ。氣弾とも呼ばれている。
あの少女が行っているのは外氣だった。
しかし、本来、外氣は体外へ放出するとすぐに消失してしまうのだが、あの子は器用にも体の周辺に留めて、相手にぶつけた後は体内に戻しているのである。
これはサヤにもとても出来ない真似だった。
すると、少女はさらにとんでもない真似をした。
「――ゴウガ流奥義!」
両の拳を腰だめに構える。
「破軍破城大滅壊っ!」
そして右拳を撃ち抜いた!
直後、男たちを巻き込んで凄まじい衝撃が奔る!
それは壁も砕いて大穴を空けた。
サヤは思わず息を呑んだ。
これぞ正統なる外氣。氣弾だった。
砲撃のような威力も瞠目すべきだが、その技自体にサヤは驚いていた。
(あれ? 今の技って?)
どこかで見た記憶があった。
果たしてどこで見たのか。
思わずそこで考え込んでいると、
「―――え?」
サヤは目を丸くした。
いきなり少女がこちらに走り出してきたのである。
気付けば男たちは全員倒れている。立っていたのはサヤだけだった。
少女はサヤも敵だと認識しているようだ。
「わっちの兜を返せ!」
そう叫んで、サヤにも拳を繰り出してくる!
サヤはギョッとしつつも迎え撃った。掌底で少女の拳を受け流す。
「――むむ!」
初手を防がれた少女は逆三角の眉を吊り上げた。
そして猛攻が始まった。
拳、襲撃、肘に膝。小柄な体を躍動させて襲い来る!
(うわっ! うわっ! うわっ!)
サヤは猛撃を巧みな体術で凌ぐ。
だが、この少女は恐らく生粋の武闘家だ。侍であるサヤが無手で凌ぎ続けるには無理がある。徐々に圧され始めていた。
「――むむむ!」
しかし、少女の方としては防がれ続けたことに苛立ちを覚えたのか、後方に跳んで大きく間合いを取った。
そうして、
「――ゴウガ流奥義!」
再び両の拳を腰だめに構える。
サヤは息を呑んだ。
先程の氣弾でサヤを吹き飛ばすつもりだ。
(かわせない!)
サヤは両腕を交差させて防御の姿勢を取った。
口元を強く結んで衝撃に備える。
……が。
(………え?)
結局、衝撃は来なかった。
代わりに一つの影がサヤの隣を通り抜けていく。
白いドレスの少女だった。
どうやら氣弾の構えはフェイントだったらしい。
サヤが手強いと感じて、少女は無視することに決めたようだ。
サヤとしては別に彼女と戦う理由はない。
しかし、振り返って息を呑む。
何故なら廊下の奥。少女が向かう先にライドがいたからだ。
グルードゥとの戦いでボロボロになったアーマーコートを羽織って、鞘に納まった魔剣を左手に携えている。隣にはバチモフの姿もあった。
彼が無事に起きてくれたことは嬉しい。
だが、タイミングが最悪だった。
白いドレスの少女は、当然のようにライドを敵と見なした。
「わっちの兜を返せ!」
サヤに対してと同じ台詞を叫んで、走る勢いで大きく跳躍して蹴撃を繰り出した!
対するライドの反応は、目覚めたばかりで少し鈍かった。
「あるじさま!」
サヤが声を張り上げる。
――が、
「――――え?」
白いドレスの少女の唖然とした声が零れた。
それは一瞬のことだった。
まだ本調子ではなかったライドは無意識に動いていた。
半身の姿勢となって右の掌底で跳び蹴りを強く打ち払ったのだ。当然、少女は空中で大きくバランスを崩す。そのまま床に落ちるはずだった。
と、そこでライドはハッとする。
「ッ! しまった!」
ライドは咄嗟に魔剣を手離した。
ほぼ同時に地を蹴って、空中の彼女を両腕で拾い上げる。
勢いよく少女を抱え込んだため、ズザザと靴が床を擦った。
そこまでが一瞬の展開だった。
気付けば、少女は抱きかかえられる形でライドの両腕の中に納まっていた。
なお、魔剣はバチモフが咥えていた。
数瞬の沈黙。
そうして、
「……すまなかった。怪我はないか?」
ライドが少女に問う。
彼女は茫然としていたが、反射的にコクコクと頷いた。
「……そうか。良かった」
ライドは安堵の息を零しつつ、
「だが、遊びだとしてもダメだぞ。いきなり人を蹴ってはいけない」
そんなことを言った。
少女は、パチパチと目を瞬かせている。
どうしてライドがこんな台詞を告げるのかといえば理由がある。
彼女は人族なら十一、二歳ぐらいの身長だった。
実際のところは、あくまで背が低いだけであり、その手足や全身の成長具合は決して幼くはないのだが、流石に一瞬では見極めようもない。
要するに、ライドは子供が悪ふざけで蹴りつけてきたと思ったのである。
それを反射的に打ち払ってしまった。
だから、落下する前に慌てて拾い上げたのだ。
「しかも裸足じゃないか。靴をなくしたのか? バチモフ」
ライドは愛犬の名を呼ぶ。
バチモフは魔剣を咥えたまま、ライドの前に移動した。
「すまない。少し手足の力を緩めてくれ」
「あ、うん。分かった」
彼女は素直に頷いた。
無意識にしがみついていた両腕と両足から力が抜ける。
ライドは少女をバチモフの背に座らせた。
「素足だと怪我をするからな。しばらくはバチモフの上に乗っているんだ」
そう告げて、ライドは彼女の頭に、ポンと手を乗せた。
次いで、
「……さて。この子は迷子か?」
小さくそう呟く。
それから、ライドは唖然とするサヤの方を見やり、
「ああ。サヤ。状況が分からないんだ。ここはどこで何があったんだ? この子の両親はどこにいるんだ?」
そんなことを尋ねるのであった。
ライド=ブルックスの冒険は続く。




