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【WEB版】エレメントエンゲージ ―精霊王の寵姫たち―【第1巻発売中/第6部まで完結】  作者: 雨宮ソウスケ
第3部

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第1話 嵐の夜に

 今日は騒がしい夜だった。


 それもそのはず。

 何故なら今宵は嵐だからだ。

 彼が寝床にしているこの島も猛威に覆われている。


 洞窟の外では雨風が吹き荒れていた。

 しかし、彼は気にしない。

 騒がしく少々寝苦しい程度だ。朝には納まっているだろう。

 仮に暴風でこの洞窟が崩れようが、何の痛痒もない。

 寝床を変えればいいだけの話だ。


『―――くああ』


 彼は大きく欠伸をした。

 と、その時、気付く。

 騒がしいのは雨風だけではない。

 精霊たちも騒めいていた。


『…………』


 双眸を細めて少し興味を抱く。

 世界を織りなす現象には精霊たちが必ず関わっている。

 そもそも『精霊』という名称自体、古の神々が去った千年ほど前から呼ばれ始めたモノだ。神代(しんだい)では『事象の天魄(てんはく)』と呼ばれていた。

 かつての呼び名の通り、すべての事象の根源たる存在なのである。


 従って、今宵の嵐もそうだ。

 しかし、騒めいているのは風と水の精霊だけではない。

 あらゆる精霊が共鳴するように騒めいていた。

 漠然とした意志しか持たない精霊にしては珍しいことだ。


『…………』


 彼は顔を上げた。

 ズシンズシンッと巨躯を動かして洞窟の外へと出る。

 雨風が彼の巨躯を打つが気にも掛けない。

 ただ鎌首を上げて遠くを見やる。


 ここより遥か遠方だ。

 彼の双眸には、そこに集っていく精霊たちの姿が視えた。


『……ふん』


 不意に彼は鼻を鳴らした。


『……面白い』


 人語でそう呟き、青い両翼を広げた。

 飛翔する。

 風も置き去りにして天へと昇る。

 嵐を突き抜けて、月と星だけが輝く雲上へと到達する。

 そのまま彼はさらに加速する。


 余波で雲海が揺れた。

 目指す地は、精霊たちが集う場所だ。

 船でならば数日かかる遠方も、彼ならば瞬きを数回繰り返す程度の距離だった。

 文字通り、瞬く間に彼は目的の場所に到着した。

 その場にて滞空(ホバリング)し、眼下の雷を孕む雲海を見下ろした。

 この下に莫大な精霊たちが集まっていた。


 だが、余計な雑魚ども集まっているようだ。

 精霊の力も感じ取れない魔獣どもだ。


『……邪魔だな』


 そう呟き、彼はアギトからブレスを吐き出した。

 あらゆる動きを止める氷結のブレスだ。

 それは雲海を貫き、大海原へと突き刺さった。

 海は瞬時に凍り付き、雑魚たちは意識することもなく氷像となって絶命した。

 同時に嵐も吹き飛とんで、これで少しは静かになった。


(さて)


 彼は雲海の下へと降りていく。

 そして、


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!』


 自負を込めて咆哮を上げた。

 自身が海を凍らせて作った氷の大地を見やる。

 そこには一人の人間がいた。

 ――いや、正確には二人だ。

 人間の雄が人間の雌を抱いて宙に浮いている。

 だが、彼の瞳には人間の雄の方しか映っていない。

 その人間の周囲には莫大な数の精霊たちが集まっていた。


(ほう……)


 彼は双眸を細めた。

 そして、ゆっくりと氷の大地に降り立つ。

 すると同時に一筋の雷が大地に落ちた。

 そこから一頭の獣が現れる。

 雷を全身に纏う、四足の白い獣だ。


雷天魄(らいてんはく)……雷精の化身か)


 彼は即座に判断する。

 白い獣は牙を剥き出しにして彼を牽制している。

 その間に、人間の雄が氷の大地に降りた。

 腕に抱いていた雌も地に降ろす。


 人間の雌は雄に何かを叫んでいた。

 恐らく逃げるべきだとでも言っているのだろう。

 人間の雄はかぶりを振って否定している。

 まあ、当然だ。

 その気になれば、音さえも置き去りにして飛翔できる彼から逃げられるはずもない。

 人間たちが生き延びる道は彼と戦い、勝つことだけだ。


 人間の雄は雌の肩を叩く。

 そして雌をその場に置いて、こちらに向かってくる。

 二人で戦わないのは雌の方が無手だからか。

 だが、雌の参戦の有無は彼にとってはどうでもよい。

 雷精の化身を従えて、剣を抜く雄の圧の前では些事たることだ。

 しかも、


(……ふむ)


 剣から立ち昇る邪氣に少し驚く。

 恐らくは神殺しの魔剣。

 それもこれほどの邪氣となると相手は相当なる厄災――名のある(あく)(しん)か。


『面白いな』


 彼は言う。

 魔剣を携えた雄は少し驚いた顔をした。

 人間の雌の方も唖然とした顔をしていた。

 彼が人語を喋るとは思っていなかったのかも知れない。


「……何が面白いんだ?」


 人間の雄が問う。


『いやなに』


 彼は告げる。


『数多の精霊を従えた悪神殺(あくしんごろ)しとはな。ウヌは今代の万象の王か?』


「……? 何を言っているのかよく分からないが……」


 人間の雄は眉根を寄せた。


「言葉が通じるのなら有り難い。オレとしては無用な戦いはしたくないのだが」


『そうもいかぬ』


 彼は答える。


『仮に万象の王――いや、人の時代に合わせるのなら「精霊王」と呼ぶべきか。ヌシが精霊王であれば(われ)とて敬意を払うべきだが、ウヌは人でもある。神代(しんだい)より竜は人に試練を与えるものなのだ。こうして出会った以上、我も試練を与えなければならぬ』


「……本当に言っている意味がよく分からない」


 ますますもって眉根を寄せる人間の雄に、


『これは竜種の宿業……まあ、習性だとでも思え。何より悪神殺(あくしんごろ)しの英傑が相手では腕試しをせずにはおれんわ』


 そう告げて、彼は咆哮を上げた。

 そして、


『我が名はグルードゥ。古青竜エンシェント・ブルードラゴンのグルードゥなり』


 名乗りを上げた。

 もはや戦いは避けられないと悟ったか、人間の雄も、


「ライド=ブルックスだ。D級冒険者だ」


 そう名乗り返した。


「この状況だ。立ち向かうしかないのは分かる。だが」


 ライドと名乗った雄は、後方にいる人間の雌に目をやった。


「彼女は見逃してくれないか? 武器さえ持ち併せていないんだ」


『……良かろう』


 グルードゥは答える。


『ヌシが精霊王ならばあの娘は寵姫か。いずれにせよ、自分の雌を守りたいと願うのは雄の本能であり矜持よ。それぐらいは配慮しよう』


「……そういった関係ではないんだが、受け入れてくれるのなら有り難い」


 ライドと名乗った雄はそう返す。

 まあ、多少の認識違いなどグルードゥにとってはどうでもよい些事だ。

 いずれにせよ、これで互いの意志は確定した。


『では悪神殺(あくしんごろ)しよ』


 牙を剥きだして、グルードゥは竜尾を氷の大地に叩きつける。

 大きく広げた両翼は烈風を巻き起こした。

 そうして、


『このグルードゥの試練。見事打ち砕いてみせよ!』


 青き古竜は雄々しく吠えるのであった――。




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