第24話 謁見
獣王の謁見の間。
仰々しい呼び名ではあるが、そこは樹上家屋の一つだった。
他の家より少し大き目に造られた家。
部屋はたった一つしかなく会合のための場所のようだった。
樹皮で編まれた敷物の上に片足を立ててあぐらをかき、その少年はいた。
年の頃は十四歳ほどか。褐色に琥珀の瞳。ゆったりとした黒いズボンを履き、トップスには十字に重ねた分厚い革ベルトを巻いていた。
だが、最も特筆すべきは、黄金に輝く獣毛だ。逆立った長い総髪と狼の耳。尾と両腕の獣毛もすべて黄金に輝いていた。
「よう」
少年は不敵に笑って言う。
「俺が獣王ホロだ。よろしくな」
この場に呼ばれたティアとレイにそう名乗る。
この謁見の間には今、四人の人物がいた。
ホロに、ティアとレイ。
そしてホロの傍らに腕を組んで立つアロだった。
「姉貴はもう名乗ったんだな?」
「……ああ」
ホロの問いかけにアロがぶっきらぼうに答える。
獣毛の色はまるで違うが二人は姉弟のようだった。
「私の名はティア=ルナシスです」
敷物の上で正座をするティアが名乗る。
「現在二名ですが、S級パーティー・悠久の風のリーダーを務めています」
「はいはいっ!」敷物の上であぐらをかくレイが手を上げて続く。「ボクはレイ=ブレイザー! 同じく悠久の風のメンバーだよ!」
「へえ~」「S級だと……」
ホロとアロが驚いた顔をする。
S級。すなわち最上位の冒険者である。
パーティーとしては世界でも十三組しかいないと聞いているランクだった。
「S級がどうしてあんな場所にいたんだ?」
そう問い質すアロに、
「まあ、いいじゃねえか。姉貴」
と、ホロが制止をかける。
「事情は追々聞けばな。それより姉貴はもっと聞きたいことがあんじゃねえか?」
「うぐっ……」
ホロの問いかけに言葉を詰まらせるアロ。
ティアとレイは不思議そうに眉根を寄せた。
すると、
「ティアさんだったか?」
「はい。そうです。獣王陛下」
「堅苦しい敬語や尊称はいいぜ。俺はまだまだそこまでじゃない。それよりだ」
ホロは少し身を乗り出して問う。
「あんた、ライド=ブルックスの関係者なんだろう?」
「「―――な」」
ティアもレイも目を瞠った。
アロの精霊数から彼女がライドの関係者ではないかとは考えていた。
しかし、まさか彼らの方から切り出されると思ってもいなかった。
(もしかして)
この二人のどちらかも自分同様に精霊数が視えるのだろうか。
そんな考えがティアの脳裏によぎった時、
「その反応だと当たりみてえだな。しかもレイさんの方もか」
あごに手をやってホロが呟く。
「まあ、レイさんの方は義兄貴の知り合いか仲間ってとこか。けど……」
そこで意地悪そうな笑みを浮かべてアロへと目をやった。
そこにいたのは極めて不機嫌そうな姉だった。
「気持ちは分かるがそう膨れるなよ。姉貴」
「……うるさい」
そんなやり取りをする姉第。
「待って」
一方、ティアは片手を突き出して問う。
「確かに私たちはライドの仲間。けど、どうして知っているの?」
一拍おいて、
「ライドから聞いていたの?」
そう尋ねると、ホロは「いいや」とかぶりを振った。
「ライドの義兄貴からは何も聞いてねえな。まあ、種を明かせば匂いだよ。あんたからは義兄貴の匂いがしたんだよ」
「「――――え?」」
ティアとレイは目を丸くした。
そして二人揃って自分の袖などを嗅ごうとするが、すぐにハッとする。
「ちょっと待って。私たちがライドに最後に会ったのは十年以上も前のこと。流石に匂いなんて残っていないはず……」
「ああ~、確かにそりゃあ匂いなんて残らねえわな。十年か。なるほどな。レイさんの方から全く匂いがしなかったのはそういうことか」
ふむふむ、と一人で得心するホロ。
一方、アロは何故か凄く不機嫌な顔でティアを睨みつけている。
ティアとレイはますます困惑していた。
「え? 結局どういうこと?」
レイがそう尋ねると、ホロは苦笑を浮かべた。
それからティアを見やり、
「ティアさん。率直に聞くが、あんたってライドの義兄貴の女なんだろう?」
「……………え」
身も蓋もないホロの問いかけにティアは硬直した。
「それも一夜限りとかじゃねえ。何度も何度も本気で愛されただろ? 他の男には絶対に渡さねえって感じに強くな」
続くホロに言葉に、ティアのみならずレイの方も固まってしまった。
二人とも顔が真っ赤だった。
「そこまで深く愛された女には男の匂いが刻まれるんだよ。ちょいと匂いの質が変わるって言うか、まあ、とにかくそれは何年経っても消えることはねえ。鼻の利く獣人族の間だとそれでこの女は俺のモノってことで無用な番争いを避けるんだが……」
一拍おいて、ホロは言う。
「獣人族の間ではそれを『マーキング』って呼んでんだよ」
本当に身も蓋もない。
獣人族らしいと言うか、デリカシーが死滅したような表現だった。
ティアは口を開けて愕然としていた。
何かを掴むように両手を前に、膝を立ててプルプルと震えている。
もちろん、顔は真っ赤なままだった。
レイさえも口元を片手で抑えて視線を逸らし、耳を赤くしていた。
「だから姉貴は不機嫌なんだよ」
ホロは嘆息する。
「いきなり義兄貴の女なんかが現れてさ。なにせ、自分の方ときたら渾身の服従求愛のポーズでさえスルーされたそうだからな」
「――な、なんでお前がそれを知っている!?」
真っ赤になって、アロは弟に詰めよって肩を揺さぶった。
ブンブンと頭を振りながらホロは半眼になって、
「テティとササラから聞いたんだよ。つうか義妹たちに男の落とし方相談すんなよ」
「あ、あいつら~」
弟の肩を離して、アロは「ぐぬぬ」と呻く。
一方、その傍らで、
「だ、大丈夫? ティア?」
まだ顔は赤かったが、少し冷静さを取り戻したレイがティアに声をかけていた。
ティアは大きく息を吐いた。
いきなりで動揺はしたが事実は事実だ。恥ずべきことはない。
マーキングとはまた倫理観が泥酔でもしているのかと問い質したくなるような凄い表現だと思うが、文化とは土地によってそれぞれだ。
これが獣人族の文化というのならば訪れた者は歩み寄るのが礼儀だった。
だから、
「だ、大丈夫。うん。そう……」
ティアは開き直って受け入れた。
「その通り。私はライドにマーキングされた女なの」
胸元に片手を当てつつ、そう告げた。
…………………………………。
……………………………。
……そこから沈黙が続いた。
さらに十秒。二十秒。
誰も何も喋らない。
ただティアにだけ注目していた。
ティアの白磁のような肌が再び赤みを帯びていく。
数秒後には真っ赤に戻った。
そうして、
「………………殺して」
涙目になって顔を逸らし、そんなことを呟くティアだった。
「や、止めてあげて!」
そんなティアをレイがひっしと抱きしめた。
「ティアは本来奥手なんだよ! 当時はまだ二人とも十代だったから勢いが止められなかっただけ! ライドが避妊とか考えなかったのは意外だったけど……」
「いやいや。別にそれに直結する話じゃねえぞ」
ホロが手をパタパタと振って言う。
「ただ本気で愛するかって話だ。十年以上経っても消えねえぐらい義兄貴がティアさんを本気で愛してたって話だ。ちなみにこれは二人の想いが通じてねえと起きねえ。想いや愛にも匂いはあるってことだよ」
「え? そうなの?」
レイが目を瞬かせる。そんな彼女の頬をティアは押しのけて、
「……流石に冒険者だから避妊はしていた」
小さな声でそう返した。
「まあ、ともあれだ」
ホロは言葉を続ける。
「そんな訳で俺たちは最初からあんたらが義兄貴の関係者だって分かっていたんだ。だからこの集落に招いたんだよ」
「そうだったんだ……」
レイがティアを離して得心する。
一方、ティアはパンパンと頬を自分で叩いて気持ちを切り替えていた。
「けど、それはあんたらも同じだったんじゃねえか?」
双眸を細めてホロは指摘する。
「俺たちが義兄貴の知り合いだって察していた節があるって姉貴が言ってたぞ」
言って、ホロは姉を見上げる。元の位置に戻っていたアロは頷いた。
「直感だがな」
「うん。それは当たっている」
ティアが頷いて答えた。
そうしてアロの精霊数のことを告げた。
「そ、そうか……」
その話を聞いて、頬を微かに朱に染めてアロが口元を綻ばせた。
「……私は主人に大切に想われていたんだな……」
胸元に手を当てて喜びを噛みしめていた。
それに対しティアとレイは「「……主人?」」と不穏な言葉に警戒していたが。
「まあ、とりあえずお互いの話をすべきだな」
ホロがそう仕切る。
そうしてまずティアたち側から事情を話し出した。
ここまで来た経緯。ライドが抱えている事情もだ。
ホロもアロも目を丸くしていた。
続けて、今度はホロたちがライドと共に乗り越えた事件を語る。
その話を聞いてティアたちは苦笑を浮かべていた。
「相変わらず、ライドはトラブルによく巻き込まれる」
「うん。そだね」
ティアの呟きに、レイも笑って同意しつつ、
「けど、ラッキーだ。ライドの足取りがある程度掴めたね」
「うん。ここからなら向かった国は限られている」
時期的に恐らく最新の情報だった。
わざわざマキータ王国に戻る必要もなくなったとも言える。
「義兄貴には本当に世話になったんだ」
ホロは言う。
「明日、街道まで送らすよ。今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとう! 王さま!」
レイがにこやかな笑顔で感謝する。
「ありがとう。ホロさん」
ティアも頭を垂れて礼を言う。
「気にすんな。けど一つだけ頼みがあるんだ」
「「……頼み?」」
ティアとレイが反芻する。
ホロは一瞬沈黙した。
それから姉の方に視線を向けて、
「なあ、姉貴」
「……何だ?」
どこか羨望に似た眼差しでティアたちを見つめていたアロが弟の方を見やる。
ホロは少しだけ申し訳ないように口角を上げた。
そして、
「ここまでありがとな。けど、もうそろそろいいと思うんだ」
姉を想う弟はそう話を切り出した。
そうして――。




