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2話

「今日残業してたの?」


 ビールジョッキに片手をかけ、顔を少し赤めた村山が訊いてきた。


「まあな」


 結局村山の誘いに甘えて、会社から徒歩5分ほどの居酒屋に村山と足を運んでいた。『マル酒の場』と書かれた店。どうやら村山の行きつけの店らしく、自慢げにおすすめしてきた。


 店内は土曜日のこの時間ということもあってか、非常に賑わっていた。定員がバタバタとキッチンとホールを行き来している。


 酒が届くや否や、リーマン、大学生がビールを掲げて「乾杯!」「もう一杯!!」などと騒いでいた。その喧騒は、蚊帳の外の俺にでもハッキリと聞こえるほどの声量。不思議とこの煩雑は嫌いではなかった。


 村山の方に視線を移すと、村山は少しキョトンとした目で俺を見ていた。


「どうした?」

「いやー、羨ましそうな目で見てたから……」

「あの大学生ノリをか?」

「うん」


 村山はそう言うと、焼き鳥にかぶりついた。

 熱かったのかふーふーと、息を吐きながら少しづつ咀嚼している。


 なんの意図があって聞いてきたのか、分からないが、俺があういうのとは疎遠だと思っているのだろう。性格上思われるのはしょうがないとは思うが。


 その姿を見ながら、俺は残っていたビールを呷り、再び村山のほうに視線を向けた。村山をようやく焼き鳥1本を食べ終えたようで、串を皿に置いた。


 大学生に戻った気分だった。といっても前で言ったとおり、大学では村山とはあまり仲が言い訳でもなかった。サークルも違えばグループも違った。ましてや、学部人数が600と多く卒業してもまったく知らない人もいるくらいだった。


 村山とサシ飲みをするのは思い返せば2度目。

 学生時代よく分からないが、先輩が酔いつぶれて先に帰ったせいで2人になったことがあった気がする。記憶は確かでは無いがそんな気がする。


「おーい

 おーい

 さとうぉー」


「お、おう。なんだ」


 気づくと、村山をこちらをじーっと見つめていた。


「最近ぼーっとしてるよねよく」

「そうか?」

「うん」

「自覚はないんだけどなー」


 そう言ってビールを呷ろうとしたが、飲み干したせいで空っぽだった。頭をぽりぽりとかきながら、忙しなく足を動かす定員に追加のビールを注文した。


「どうしたの最近ぼーっとすること多いけど」


 ぼーっとしている自覚はない。


「まあ、そうだな」


 俺は食べかけの枝豆に手を伸ばして、少しを間を置いてから口を開いた。


「ぼーっとしてるつもりはないけど、仕事量が多いから疲れてんのかもな」


 そう言って枝豆を口に放り込む。

 痒くもないのに、首筋をかきながら村山を見た。

 村山は「あー」といって、口を鋭くした。


「佐藤よくエロメガネバーコードから仕事押し付けられてるよね」


 そう言って村山はさっき頼んだビールジョッキに口を付けた。「ぷはぁ」と、村山のいい飲みっぷりを見て、取り分けられていた焼き鳥を口に運ぶ。

 時間が経っていたから、焼鳥は冷めてはいたが、猫舌の俺には丁度いいくらいの温度になっていた。


「あのエロメガネバーコードやたら佐藤へのあたり強いわよね」


「まあ、そうだな……」


 なんて言うか困って、ビールジョッキに手をかける。


「期待されてるんじゃないか」


 結局、心配させたくないと一心に心を支配されて、一番無難な回答をした。


 目を上げると村山と自然と目が合った。

 どこかしら、むすっとした表情を浮かべながら、残りのビールを煽って一言こう言った。


「私あのエロメガネバーコード嫌いだわ!!」


 言ってやったぞ、といいたげな表情で持っていたビールジョッキを机の上に強く置いた。

 むすっとしたその表情は会社では見られない表情で新鮮だった。


「すいません!おかわりお願いします!」


 村山は、ビールジョッキをかかげて、定員に追加の注文をした。

「はいはーい」とばたばたと足を動かしながら、ハンディで注文をしてキッチンのほうに注文していた。


 居酒屋にきて20分も経たないが、村山はもう四杯のビールを飲んでいた。こんな忙しくせわしない行動をしている村山を見ていると、不意に笑みが零れた。それを見た村山はなんで笑うの、とでも言いたげな不満な表情を浮かべていた。


「悪い悪い」

「私、佐藤は笑ってる方が好きだよ」

「そりゃあ、どうも」

「あー、冗談だと思ってるでしょー」

「さあ、どーだろうな」

「なんで目そらすのお」


 まじまじと笑ってる方が好きと言われると、ちょっと反応に困る。別に、女絡みが無さすぎて慣れてない、というわけでは……いやそうか。慣れていないだけだ。


「佐藤くーん」


 逸らした視界にぴょこっと端から村山が顔を覗かせてくる。無理にでも意識させてくるとこ上手いなあ、と思う。


「なんだよ」

「佐藤あの仕事の量1日でやってるのイカれてるね」

「人をバケモノみたいに言うな」

「あながち間違ってないんじゃない?こないだ他の人も言ってたよ、佐藤って仕事の鬼だよねって」


 心外すぎる。もはや人間まで卒業していると思われているとは。あの仕事を1日で終わらせないと帰れないし、終わらせる以外選択肢は俺は持ち合わせていない。


 まあたしかに……あの量はそう思われても仕方ないのかもしれない。正直最初なんて、朝までしてそのまま出勤していた。それに比べたら効率もよくなったし、仕事もすんなりとこなせるようになってきた。


 怪我の功名みたいな、不本意な成長をしているような気がする。


「だいぶ褒め言葉だな」

「とうとうその領域までいっちゃったかあー」

「次から尊敬してくれ」

「尊敬して『しごできの鬼、上山ブレイカー』と呼びます」

「それだけは勘弁してくれ」


 そう返事すると、村山はクスクスと笑顔を浮かべた。表情がほんとにコロコロ変わるヤツだ。感情の起伏が分かりやすいから、なんか掴みやすいような気がする。これがみんなから好かれる所以なのかもしれない。


「だいたいさぁ……」


「おぉ村山じゃないか」


 村山が何かを言おうとしたその瞬間。心臓を握られる感覚に襲われる。心地の悪い声音。


 嫌な予感がした。聞きなれたとはいいたくはない、微妙な低い声。


 鳥肌がたつ。


 特徴的とは言えない声だが、その声の主は俺の脳がしっかりと把握していた。


 恐る恐る視線を移す。


 そして、視界に気味の悪い笑みを浮かべた中年のおっさんが入る。


 嫌な予感は、その瞬間現実に変わった。複雑な感情で、胸はすぐに埋め尽くされた。

 なんでここにいる?そんな単純な疑問はその複雑な気持ちに殺された。


「お疲れ様です」


 村山が頭を下げ、俺も反射的に頭をすぐ下げた。

 目を疑わずにはいられなかった。

 この顔を俺が認識できないわけがない。この憤りを感じさせる顔。


「おお、なんだ。佐藤もいるのか」


 とってつけたように上山は、俺の名前を呼ぶ。明らかに俺の名前を呼ぶ時の声と村山の名前を呼ぶ時の声の抑揚が違う。


『お疲れ様です』


「奇遇だなぁ、トイレに行こうとしたら見慣れた後輩の顔があったからなぁ」


 よりによって同じ店のこのタイミングで一緒になるなんて。折角、楽しい時間を過ごしていたというのに、その感情が一瞬で破壊された。


『最悪』という生ぬるい言葉では、表せない。

 苛立ちとも、憎悪とも違うまるで心臓を握られるそんな感覚。


「な、なんで先輩はここに?」


「いやぁーさぁー。上司がうざくてさぁ、村田に愚痴聞いててもらったわけぇ」


 この女の前だけで見せるねっとりとした喋り方。それに劣情がダダ漏れの鼻の下。憤りを通り越して、醒めた感情すら抱く。


「そうなんですね」


 村山は失笑している。

「嬉しさ」のうの文字も見えない口角。


「村山さぁ、最近調子いいよな~。仕事も早いし、言うこと聞いてくれるし。それに比べて佐藤はさぁ」


 ここで俺に振るのかよ。このニヤニヤとした奇妙な笑みはいつ見ても、負の感情を抱かせる。口を開けば悪口。


「は、はぁ。そうですね。精進します」


「まあ頑張ってるのはいいんだけどさぁ。仕事増やさないでよね俺の」


 だまれ。


 増やしてる原因はお前なんだよ。


 俺の山積みのデスクに置かれてる書類を知っておきながら、自分の仕事を押し付けてきやがって……


 いや許せないのはそれじゃない。


 俺が許せないのはヘラヘラしたこの笑顔と、責任感のなさ。メガネ越しでも目の奥ケラケラと人を嘲笑っているのがわかる。


 俺を下だと決めつけているその笑み。

 女の前だけでみせるそのニターっとした笑顔。


 鬱陶しい。


 そう言ってやりたがったが、現実はそう甘くない。言葉は喉まで込み上げてきたが、そこで止まった。


「村山ちゃん、こんなやつ置いといて俺と飲もうよ」

「いやでも……私いま佐藤と飲んでますし……」

「なあ佐藤?いいよなあ?」

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