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ウチは妖怪お悩み相談室  作者: 森野 熊漢
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ウチは妖怪お悩み相談室2

続きました。

今から一週間ほど前……くらいならいい感じなんだろうけど、実は昨日のこと。ゴールデンウィークに突入する直前の夕方。

俺は家に向かっていた。学校が終わったと同時に家に帰っていたのだが、再び学校に向かったわけである。特に部活に所属しているわけではない、というか部活に入る暇がない。一人暮らしなので夕飯は自分で用意しないといけないし、週に何日かはバイトも入れているからだ。

なら何故こんなことをしているかというと。


「くっそ、宿題何て出すなよな、ったく」


恨み節を吐いてはいるが、単純に俺が学校に宿題として出されたプリントの束を忘れてきただけだった。

いや、俺は悪くない。宿題と宿題を出す学校が悪いんだ、とか酔っ払いの親父みたいなことをぶつぶつ呟きながら歩いていると。


「……………………」


電柱のそばでしゃがみこんで震えている、白い女性が見えた。

今思えば、無視しても良かったと思う。だが、この時はやけに気になってしまい、


「……あの、どううかしたんですか」


気が付けば、声をかけていた。

その女性はびくっとしたかと思うと、逃げ始め……ようとしたところで、俺が先回りして止めた。

というか、逃げるスピードが尋常じゃないほど遅かったため、歩いて軽々と追い抜けただけなんだが。


「え、あ……う……」

「…………」


なんというか、正面に回り込んで、初めてしっかりと顔を見て。


「ほ、本当に大丈夫です!?」


びっくりするくらい真っ白な顔色に驚いた。


「大丈夫、です……。ちょっと、寒いだけ、なので……」

「寒い……?」


5月に入ったばかりだから、それほど寒くはないはずなのだが。


「あの、平気ですので、気になさらないでください」


気にするなっていう方が無理なくらい、ガタガタ震えながら言われても正直困る。正直痛々しい。


「えっと、ここから俺の家近いから、とりあえず温まっていくか?」


またもや気づけばそんなことを口走っていた。今思えばあり得ないことを言っている。


「いえ、いいです」


ばっさりと即答。だが、


「あ、でも……温かいコートなんかを……貸していただけたら……」

「コート?」

「はい、私、ここで、人を待っているので……その人が来るまでの間だけ貸していただけませんか?」


なるほど、だから拒んだのか。いや、それ関係なく普通は拒むな。


「わかった。ちょっと待っててくれ」


言い残し、ダッシュで家へ駆けた。カバンを放り、クローゼットから冬物の分厚いジャンバーを引っ張り出し、それを抱えて先の場所に戻ると。


「………………」


またも女性はうずくまっていた。そして何かぶつぶつ呟いている。


「まったく文菜も酷いです。場所がわからなくなるからって私を目印にしたうえ、その場を動かないようにさせるとか言う理由でどてらまで取っていくなんて。私が風邪を引いたらどうするんですか。子供じゃないからそんなにフラフラ動き回ったりしないというのに……」


離れているため、何を言っているのかは全く分からなかったが、恨み節を吐いていそうというのだけはわかった。

とりあえず、ジャンバーを渡すために近づく。すごく近づきにくいけど、そのために持ってきたのだから致し方ない。


「持ってきたけど、大丈夫か?」

「ああ、文菜のせいで私もうダメみたいですね……。ああ、こんなところで凍死だなんて残念です……」


いや、五月に雪山でもないのに凍死はないわ。


「ほら、ジャンバー」


言いながら羽織らせてあげると。


「む、なんだか温かく……ああ、これが花畑……おばあちゃん……」

「ええ!?」


何故死後の世界を見ているような発言をしているのだろうか。


「え、まだ? そう、わかった、戻る……」


そうつぶやいたかと思うと、くわっと目を見開いた。


「……大丈夫、ですか?」


恐る恐るきいtめいる。


「ええ、おばあちゃんがまだチーズフォンデュ食ってないなら死ぬなーって」

「なんでチーズフォンデュ……」


すごく微妙な理由で現世に留まったらしい。


「ジャンバー、すごく温かい……」


呆然としている俺をしり目に女性は呟きながら立ち上がった。


「あ、もう寒くない?」

「ええ、とても暖かいです」


にこりと、微笑みながら答えてくれた。さっきまでのつらそうな表情から一変しての笑顔だっただろうか、不覚にも少し見とれてしまった。


「そ、それならよかった」


少し恥ずかしくなったので顔を背ける。


「本当にありがとうございます。……ええと」


何やら彼女は言葉を詰まらせた。何やらもじもじし始めたので首をかしげていると。


「名前……教えていただいても……よろしいですか?」


と、すごく小さな声でぽつりと言った。

ああ、そういえばお互いにまだ名前も言ってなかったっけ、と今更ながらに思う。どうせこの瞬間だけの間柄だから、教える必要も教えてもらう必要もないと思っていたのだが。


「あ、ご、ごめんなさい」


そんなことを考えていたら唐突に謝られた。


「人に名前を訊くときはまず自分から名乗れっておばあちゃんが言っていました。さっき」

「さっき!? あの死の淵を彷徨っているような感じの時に!?」


割と余裕あったんだなって思ったりしていない。


「えっと、冷華です。冷たいに難しいほうの華と書いて冷華です」


不思議なことに苗字を名乗らなかった。


「い、いえ。そうですあまり苗字は呼ばれるのが好きじゃないので教えたくないというかなんというか」


気になったので訊いてみたところ、さっきまでのゆっくりした話し方が嘘のような早口で返ってきた。なんだかここまでわかりやすいと逆に可哀想になってくるので追求しないでおくけど。


「そ、それよりもあなたのお名前は……?」

「ああ、天条 司です」

「……字は?」

「いや、別にそれはどうでもよくないです?」

「そうですか……ええと」


さっきの意趣返しをしたけど、すんなり引っ込まれた。


「天条さん、ジャンバーありがとうございました」

「はい、どういたしまして」


まっすぐお礼を言われたので、俺もまっすぐ冷華さんの目を見て返す。正直照れくさいから、言い終わってからすぐ目をそらしてしまったが。


「そろそろ帰ってきてほしいんですけど……あっ」


何かに気づいたらしく手を振り始めた。手を振る先を見ると、同じく手を振りながらこちらに歩いてくる集団がいたわけだが、何故だろう。一人だけものすごい形相でこちらにダッシュしてくる奴がいるんだが。


「あんた冷華に何してるわけよ!」


それどころか何か叫び散らかされてるわけだが、どうしよう。もう俺帰っていいよな。


「文菜、止まって」

「っ! 冷華!? 急に出てこないでよ、危ないでしょ!?」


急に出てこられて危ない速度で一体どこに向かって突っ込もうとしていたのかは聞かない方が優しさなのだろうか。とりあえず身の安全を確保するために少し離れたところに立っておくことにした。若干睨まれたけどまあ気にしないのが吉だな。


「とりあえずお待たせ」

「お待たせ、じゃないでしょ。人の着物奪っておいて!おかげで凍死しちゃうところだったのよ!?」


冷華さんがたいそうご立腹だった。


「まったく。文菜のせいで、天条さんにも迷惑かけちゃってるんだから」

「ごめんごめん、ほら、返すからもう怒らないで、ね?」


文菜と呼ばれた女性は抱えていた分厚い着物を手渡すと、冷華さんは素早くそれを羽織、脱いだジャンバーを丁寧に畳んだ。それと同時に冷華さんの他の友人たちもようやく到着した。


「もう……それで、どうだったの?」

「どうもこうも、ペット禁止だとかなんとかでダメ。どこも断られたわ」


冷華さんの問いに答えたのは、何やらサングラスをかけた女の子。ちなみに俺より身長は小さい。


「結構粘ったんだけどね。ヒゲツがやっぱりネックになっちゃった」


長身の年上っぽい女性が言葉を続ける。ヒゲツというのはペットのことらしい。改めて見てみると。


「…………………」


明らかにそこらでよく見る飼い犬とは何かが違う生き物がそこにいた。え、これをペットと呼んでいるの、この人たち? 明らかに存在感が違うんだけど?


「……犬、なのか?」

「え? ヒゲツは犬ですけど?」


思わず漏らした呟きを冷華さんが拾って答えてくれたが、これは犬じゃないでしょう。犬ではないですよって、何かしら主張してるんですけど。

まず身体が一般的な犬よりもでかいし、メモなんか鋭いし牙もアレだし。

ギリギリペット要素出しているのは、リードが付いていることくらいなんだが。


「どうする? 今日はもう時間帯的にもキツイよ?」


サングラス女子が肩を落とし、「そうね」と、文菜も呟く。


「野宿するとか、他には……」


そこまで行ったとき、俺とガッツリ目が合った。


「…………」

「…………」


数秒の沈黙。たった数秒の間にすごくイヤな予感がした。

……この時、逃げるという選択肢が出てこなかったことは果たして吉なのか凶なのかは今でもわからない。


「ねえ、あんた……」


文菜が俺をじっと見つめながら言う。


「あんたの家、一晩泊めてくれないかしら」

「……は?」


思わず聞き返してしまった。一体この子は何を言い出すんだ。


「いいの? だめなの? どっちかはっきりして」


もの凄い勢いで詰め寄られたんだが、俺は悪くないよねえ?


「ちょっと何言ってるのかわかんないんですが、なんで急に俺の家に泊まりたとか言い出してるんですかね」

「あんた、私たちの話聞いてなかったの?」


むしろそんな真剣に聞く間柄でもないから、聞かない方が正解まであると思うんだけど。


「まあまあ、文菜は落ち着いて。急に事情も説明しないでそんなことを言うのはどうかと思うよ」

「……土筆」


長身の女性ーー土筆さんというらしいーーが文菜を止めてくれた。


「ごめんなさいね、この子ちょっと強引なところがあるから」

「はぁ」


とりあえず曖昧に返す。いや、内心強引どころか無茶苦茶って思ってるのを濁したんだから睨むなよ。


「そういえば、今更だけど自己紹介しますね。私は土筆。で、あなたに今噛みついていたのが文菜」

「あ、そうですか」

「ちょっと! 噛みついてなんかいないわよ!」


いや、噛みついてるよ。今、ナウ、現在進行形で。空気を読めるから敢えて言わないけど。


「で、このサングラスの子が石美」

「どうぞ、よろしくお願いします」


サングラス少女が丁寧に礼をしてきたので、慌てて俺も「どうも……」と礼を返す。


「で、この子が犬……うん、犬のヒゲツ」

「今軽く犬かどうか迷いましたよね?」

「ん?この子は犬よ、犬。ね、ヒゲツ?」


土筆さんがヒゲツに話しかけるとヒゲツは「ワオーン!」と鳴いて返事した。……犬というより狼っぽい感じがしたのは気のせいだろうか。いや、犬と言っているんだし、気のせいだよな。


「で、この子が冷華です。もしかしたら既にご存じかもしれませんが」

「うん、さっき名前は言ったから。あ、これお返ししますね」


冷華さんはにっこりしながらジャンバーを返してきた。


「こちらはこれで全員です」


この一言をわざわざ言うということで、次は俺にターンを回してきた。なので、俺も仕方なく自k紹介を始める。といっても、名前だけだが。


「なるほど、天条 司さんですね」

「別に覚えなくていいですけどね。じゃあ俺はこれで」

「いやいや、わかってて逃げようとしないでくれませんか?」


ごく自然に踵を返して帰ろうとすると、速攻で土筆さんに肩を掴まれた。チクショウ、これほど自然な流れはなかったというのに。


「はぁ……ええと、なんでしたっけ? 泊めてほしい、でしたか? 一体どういうことです? 話だけなら聞きますけど」

「あんたバカなの? 泊めてほしいから泊めてって言ってるんだけど?」

「その某構文みたいなアレは誰も聞いてないんだよなあ」


おかしい、俺はごく当たり前のことを聞いただけなのに、やたらと馬鹿にした口調で文菜が噛みついてきた。……うん?


「文菜」

「う……ごめんなさい」

「ごめんなさいね、天条くん。ちょっと彼女、突っ走ってしまうことがあるから大目に見てあげて?」

「はぁ、まあそれは今はいいとして。どうして俺の家に泊まるとか言い出したんですか? その子の言い分じゃ全くもってわからないので、きちんとした説明をお願いします」


あえて文菜の方を向きつつ「まったくもって」の部分を強調してやった。


「こいつ……ムカつく……!」


それはお互い様だっつーの。


「私たち、ちょっと訳アリでして。あ、犯罪をしたとかそういうわけではないんですよ!? で、まあ言えというか、どこか一部屋借りるために物件を探しているんですけど」


そこまで言って土筆さんは肩を落とした。


「中々どこも貸してくれなくて。それに、お金にも限りがありますので。今やっと安いところの一部屋を借りれるかどうか、というところなんです」


そこまで言って、俺をまっすぐ見据え。


「そういうわけで、お願いします。家に泊めていただけませんか? 欲を言えば済むところが見つかるまで、と言いたいですが一晩だけでもいいので」


深々と、頭を下げた。


「え、えっと、その」


こんな道端で思い切り頭を下げられるのも、家に泊めてほしいと言われるのにも困る。思わず周りを見てみると、


「お願いします」


と石見さんも頭を下げていて。


「天条さん……」


冷華さんは俺をじっと見つめ。


「ふん……」


文菜はそっぽを向いており。


「グゥ……」


ヒゲツは頭を下げ……って、犬(?)が周りに合わせて頭を下げてるって?

おいおい、犬以下の礼儀のやつが一人いるな?

うん、脳内でそんなことでも考えていないとやってられない。

正直に言うと、困った。別に俺がここで断っても俺は悪くない。もっと言えば、断る方が誠実といってもいいくらいである。だが、ここで「無理ですさようなら」と言って放り出すのも、それはそれで罪悪感が半端ない。一応この人数を泊めることは出来てしまうという状態というのが余計にその感覚を高めてくる。

おそらく普通は絶対にこんなことを考えることはないのだろうけど、俺には悩むだけの理由ができてしまった。


「……はぁ」


大きくため息をつき、結審する。


「わかりました。いいですよ、部屋が見つかるまでの間なら」

「ほ、本当ですか……?」


ガバっと頭を上げ、土筆さんは尋ねてくる。


「ええ、まあ。そこまで聞かされてしまうと、断れないというか」

ふふっ、狙いはそこですから」

「……そうですか」


まあ、彼女たちの安全を確保することで、俺の弱みをなくし、安寧を得るという意味もあるから、気にしない。


「でも困ってたのは本当ですし、理由も本当です。本当にありがとうございます。助かります」

「ありがとうございます、天条さん」


冷華さんが、俺の服の裾をきゅっとつまみながら言ってくれた。


「ふん、さっさと泊めると言えばいいのよ」


文菜はふんっと花をならしながら言うが、どこか嬉しそうにも見えた。だからと言ってふるまいにいらっとしたのは否定できないが。


「じゃあ、さっさと行きますか。近いんですぐ着きますし」


俺が先頭に立ち、帰路についた。

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